『日・タイ環境協力—人と人の絆で紡いだ35年』
JICA緒方貞子平和開発研究所では、これまで行ってきたJICAの事業を振り返り、その軌跡と成果を分析してまとめた書籍「プロジェクト・ヒストリー」シリーズを刊行しています。本シリーズの第29弾として、『日・タイ環境協力—人と人の絆で紡いだ35年』を刊行しました。
日本はこれまで多くの開発途上国で環境問題に関する技術協力を展開していますが、その本格的なスタートとなったのがタイでした。1960年代から急速に進んだタイの都市化と工業化は、経済発展と引き換えに深刻な環境問題をもたらしました。しかし、当時のタイでは、法制度、技術、人材、資金など、環境問題の解決に必要な要素がことごとく不足していたのです。そうした状況下だった1980年代初頭、後に「日・タイ環境協力の母」と呼ばれることになるタイ環境庁のモンチップ・タブカノン試験研究課長がJICAの研修生として来日。国立環境研究所など日本のさまざまな機関を訪問して知見を得た彼女の熱意が両国を動かし、日本とタイの環境協力が始動しました。
タイ環境研究研修センター創設から始まり、同センターを拠点に環境分析の基盤技術を移転。タイ国内の工場地帯で初めて揮発性有機化合物による土壌・地下水汚染を発見し、タイでの規制導入につながりました。2005年からは、第2段階というべき「政策協力」の時代に突入します。カウンターパートを天然資源環境省公害規制局や工業省にも広げ、タイ東部のマプタプット工業団地での近隣住民の健康被害をきっかけに、大きな社会問題となった課題への解決に挑みました。日本の制度を押し付けるのではなく、タイに合った制度になるよう環境汚染物質排出移動登録制度(PRTR)の設計を支援し、パイロット事業を成功させたほか、産業と周辺住民の共存共栄を目指すタイ政府の「エコ工業タウン」政策への「住民監査」の導入にも貢献しました。
本書は、35年に及ぶ日本・タイの環境協力の歴史を紹介しながら、人と人とのつながりに焦点を当て、日本とタイの関係者たち双方の成長をまとめた物語です。本書を執筆した3人の元JICA専門家たちは、「プロジェクトの成否を決するのは人と人との信頼関係」と強調します。プロジェクト評価の枠組みに収まらない “古い世代の専門家”たちの人情に熱い活動の歩みは、開発協力の在り方を考える上で私たちに大きなヒントを与えてくれます。
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