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地域の平和は個人の心の平和から ―バンサモロの若者に心理社会的サポートを実施―

#3 すべての人に健康と福祉を
SDGs
#16 平和と公正をすべての人に
SDGs

2026.04.28

「人前で話すことが苦手だったが、参加できてよかった。楽しかった。」(研修参加者より)

フィリピン南部のバンサモロ・ムスリム・ミンダナオ自治地域(BARMM:Bangsamoro Autonomous Region in Muslim Mindanao)では、長年にわたる武力紛争や慢性的な貧困、教育機会の格差といった問題が重なり合い、人々の暮らしと心に深刻な影響を及ぼしてきました。JICAは50年以上、ミンダナオの和平支援を実施してきましたが、今回はBARMMの未来を担う若者への心理社会的サポート(MHPSS:Mental Health and Psychosocial Support)の取り組みを実施しました。個人の心の平和があってこそ、地域の平和が持続的に保たれるとの考えから、「心のケア」に着目しています。

武力衝突後も根強く残るトラウマ

BARMMでは、フィリピン政府とBARMM側で最後に大きな武力衝突があった2001年の全面戦争(all-out war)から25年以上が経過しています。しかし、住民の一部は今でも国軍や警察の姿を見る度に心理的圧迫(何か悪いことが起こる強い予感)を抱くなど、トラウマや感情を抑え込んだまま生活しているとの声が様々なところで聞かれました。こうした現状は、紛争影響地域の住民が国家(政府、自治政府)に対する「信頼」を構築するための大きな阻害要因となっている可能性があり、自治選挙実施後もバンサモロの人々の不安が拭えない状況が継続することが懸念されます。

バンサモロの若者が直面する課題

なかでも若者は、BARMMにおいて支援が届きにくい層の一つとされており、多くの若者が武力衝突を目撃したり、家族や地域での暴力を経験したり、避難と移動を繰り返す中で、教育を中断せざるを得ない状況に置かれてきました。
実際、バンサモロ青年委員会(BYC:Bangsamoro Youth Commission)が実施した調査では、BARMMの若者の4割以上が武力衝突を直接的または間接的に経験しており、多くが心の不調や社会的孤立を感じていることが明らかになっています。特に学校や仕事、地域のつながりから離れてしまった「孤立した若者」は、既存の制度では十分にケアされてきませんでした。
さらに、若者の「自分には状況を変える力がある」という感覚、いわゆる「自己効力感」の低さも大きな課題です。自己効力感が低い状態は、社会参加を難しくするだけでなく、メンタルヘルスの悪化や、将来的な暴力的過激化のリスクとも関係すると指摘されています。

高まるメンタルヘルス支援の必要性

2018年には、フィリピンでメンタル・ヘルス法が制定され、国としてもMHPSSの体制づくりが進められてきており、BARMMでも若者のメンタルヘルスが深刻な公衆衛生上の課題として認識されるようになりました。バンサモロ自治政府保健省(MOH:Ministry of Health)も、若者の自殺リスクが特に高いことを危惧し、早急な対応策を模索しています。
しかし、BARMMでは精神科医が地域全体でわずか数名しかおらず、専門家による支援を十分に行うことが難しいのが現実です。そのため、地域の保健局やボランティアなど、住民に最も近い立場の人々が初期的な支援を担う仕組みが欠かせません。

若者の孤立感を防ぎ、自己効力感を高める

2026年1月、「若者の孤立を防ぎ、社会参加と自己効力感を高めること」を目的として、JICAはBARMMで若者に対するMHPSSパイロット活動を2件実施しました。
専門的な治療だけに頼るのではなく、地域にすでにある若者向けの活動やつながりを土台に、心理教育やピア・サポート(若者同士の支え合い)を組み込むことで、日常生活の中で若者が安心してつながれる環境づくりを目指しました。
パイロット活動では、既にBARMMで若者に対するMHPSSを提供した実績のある2つのNGOの「ワールド・ビジョン(WV)」と「コミュニティ・アンド・ファミリーサービス・インターナショナル(CFSI)」と連携しています。

地域の平和は個人の心の平和からーWVとの取り組みー

WVとの活動では、BARMM の都市部に暮らす若者、特に学校に通っていない若者や先住民族(IPs)の若者(10代~20代後半)を主な対象として、2日間の活動を実施しました。
プログラムでは、心の健康を守るためのセルフケアやストレスへの対処法、自分の気持ちを言葉にして表現する練習、そして参加者同士が経験を共有し合う対話の時間を設けました。こうした内容は、専門的な治療ではなく、日常生活の中で誰もが身につけ、実践することのできるレジリエンスを育てるものであり、MHPSSの第1層に位置づけられるアプローチです。BARMMのような専門医が少ない地域では、第1層および第2層の非専門的なサービス提供基盤を整えることが重要です。

図:MHPSS介入ピラミッド
出典:JICA報告書、Inter-Agency Standing Committee (ASC). (2007). IASC Guidelines, Figure 1. MHPSS Intervention Pyramidを基に作成。

安心して自分の気持ちを話すことができる環境をつくる

活動の前後で参加者に対して実施したアンケートでは、特に、「自分の気持ちや考えを安心して共有できる感覚」および「将来に対する前向きな見通し」において、改善幅が相対的に大きく、短期間の介入であっても、参加者の心理的安全性や希望感に前向きな変化が生じたことが示唆されました。

参加者の若者2人(学校に通えていない若者)は、最初は常に手で顔を隠し、他の参加者の前で発言をすることをためらっていました。しかし、最終日の振り返りの時間には、「このような研修に参加するのは初めてで、人前で話すことが苦手だったが、参加できてよかった。楽しかった。」と自分の言葉で話せたのです。周りの若者たちに、「大丈夫!できるよ!」と励まされながら自分の言葉で話すことができた2人の照れながらも嬉しそうな達成感溢れる表情が印象的でした。若者の絆とパワーが見られた瞬間です。

地域の安全な場所・危険な場所をマッピングするアクティビティの様子

「安全な場所」は学校、市民ホール、宗教施設など。「危険な場所」はマーケット、高層ビル(建設現場)などが挙げられました。

地方部の若者を対象としたMHPSS活動―CFSIとの取り組み―

もう一つのパイロット活動では、CFSIとともに、武力紛争や災害の影響を強く受けてきた地方部や、先住民族(IPs)のコミュニティを含む地域において、社会的に孤立しやすい若者を対象としたピア・サポート型MHPSSの地域展開可能性を検証しました。

地方部では、保健医療サービスへの地理的アクセスが限られていることに加え、若者が悩みを外部に相談しにくい文化的背景もあり、心の不調が表面化しにくい状況があります。こうした地域特性を踏まえ、この活動では「専門家による介入」だけに依存せず、若者同士の支え合いを核としたMHPSSのあり方を探りました。

若者を担い手として育てるTOT

まず、地域の若者リーダーを対象に、研修講師育成(TOT:Training of Trainers)を3日間実施しました。
研修では、MOHメンタルヘルス担当職員が講師となり、MOHが作成した研修マニュアルを用いて、地域保健システムにおけるMHPSSの役割や、地方保健ユニット(RHU:Rural Health Unit)など既存制度とのつながりについて解説しました。さらに、ロールプレイやシミュレーションを通じて、参加者自身がピア・サポートを実践する練習を行い、研修修了後に各地域で実施する若者主導のロールアウトセッションの行動計画を作成しました。

CFSIによる若者リーダーへのTOTの様子

若者主導によるロールアウトセッション

ダトゥ・オディン・シンスワット町での若者主体の普及セッションの様子

TOT修了後、参加した若者を中心に、ダトゥ・オディン・シンスワット町、ダトゥ・ブラ・シンスワット町、ウピ町の各地域で、若者主導のMHPSS普及セッションが実施されました。総勢180名以上の若者が参加し、若者リーダーたちが学んだ知識やノウハウが多くの地方部の若者に届きました。

普及セッションでは、同年代で似た経験を持つ若者同士が対話を行い、安心して気持ちを共有できる心理的に安全な場づくりが重視されました。また、ストレスマネジメントやウェルビーイングに関する簡単な心理教育も行われ、若者同士が互いを支える関係づくりが促されました。

普及セッションを終えて、若者の声

参加した若者たちからは下記のような声が聞かれました。

「セッションを通じて、自分の感情の変化にも相手の感情にも敏感になることができました。」

「話を聞いて、共感を見せることが大事だと分かりました。ちょっとした親切や思いやりが、その人の心の健康に大きな影響を与えることがあります。」

「災難後の心理的応急処置(PFA:Psychological First Aid)における、やっていいこと(よく話を聞く)とやってはいけないこと(話したくない場合には無理に聞き出そうとしない)を学びました。PFAは他者をサポートして、コミュニティが強くなることを助けるために、誰もが実践できるシンプルな手法です。」

「効果的なストレスマネジメントは、衝動的に反応するのではなく、思慮深く行動することを可能にし、私たちが平和や公平性・意思決定への参加のために、より力強い担い手となることを支えます。セルフケアは贅沢ではなく、必要不可欠なものです。それは、生き抜くための力であり、平和への一歩であり、そして自分自身のためのパワーなのです。

心の健康と平和構築

WVと連携したパイロット活動の中で、「平和とは何か」を若者たちが考えたアクティビティ

過去のトラウマを適切に処理することは、平和構築の分野においても重要です。研究では、トラウマを受けた脳は、本来一過性である防衛反応(fight / flight / freeze:闘争・逃走・凍結反応)から抜け出しにくくなり、冷静に思考・判断するのではなく、危険ではない刺激にも「脅威」として反応しやすくなることが示されています。さらに、トラウマへの反応が処理されず、生活条件や心理社会的ニーズが満たされていない家族やコミュニティは、政治的・経済的・文化的・社会的な圧力に対して脆弱であり、それがさらなる暴力の循環につながり得るとの研究もあります。

MHPSSは、こうした負の影響を軽減し、より建設的で持続可能な平和構築の取り組みに貢献し得ると言われています。

自信をもつこと、楽しさを感じられること、心の安全性が守られていることは、当たり前ではなく、人々が平和に生活するために欠かせない要素です。その基盤が整うことで、人は様々なことに向き合い、挑戦し、レジリエンスを発揮できるようになります。

BARMMの平和のために、心の平和を。

紛争影響下などの過酷な状況で生きる人々にとって、心の安定は極めて重要であり、MHPSSはその基盤づくりに寄与する大切なツールです。紛争や暴力の影響を大きく受け、専門的な医療・メンタルヘルス支援体制が十分に整っていないBARMMのような地域では、若者をはじめとする住民が日常生活の中で心の健康を支え合う取り組みを通じて、暴力の連鎖を断ち、困難に対応するコミュニティのレジリエンスを高めることが重要です。

BARMMでは、大きな武力衝突から長い時間が経っていても、心の傷が癒えていない人々が多くいます。そして、家族同士の争い(リド)等の暴力の連鎖が終わらない状況が続いています。JICAは数十年にわたり、BARMM和平への協力を進めてきましたが、より根本からの暴力の遮断と平和を目指して、BARMMにおける母子保健分野の協力において、MHPSSを通じた心のケアを含めることで、人々の心の平和、ひいてはコミュニティの平和を促進する取り組みを開始しています。

JICAはこれからも、BARMMの平和のために、ひとりひとりの心に寄り添いながら、協力を続けます。


関連リンク:
ミンダナオ和平への取り組み | 海外での取り組み - JICA

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