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平和への対話と共創―対話の場をつくり、ともに未来を描く―

2014年3月、フィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線(MILF)との間で、バンサモロ包括和平合意(CAB:Comprehensive Agreement on the Bangsamoro)が締結されました。この歴史的合意に至るまでには、公式交渉の場だけでなく、当事者同士が直接言葉を交わし、相互理解を深めるとともに、信頼を育んでいくための「対話の積み重ね」がありました。
その象徴的な出来事の一つが、2011年8月に日本・成田で実現した、フィリピン・アキノ大統領とMILFムラド議長との会談です。長年、直接顔を合わせる機会のなかった紛争当事者が、第三国・日本という場で向き合い、率直な意見交換を行ったこの会談は、相互の信頼醸成を促し、その後の和平交渉を大きく前進させる転換点となりました。JICAはこの会談実現を含め、中立的かつ信頼できる「対話の場」を提供することを通じて、ミンダナオ和平プロセスを側面から支えてきました。
和平は「合意した瞬間に完成するもの」ではありません。CAB締結後に合意内容を実行に移し、新たな自治政府を立ち上げ、異なる立場や経験をもつ人々が同じ未来像を共有していくには、引き続き対話を重ね、課題を言語化し、解決策を共に考える場が不可欠です。
JICAは、開発協力の実施主体としてミンダナオに関わるだけでなく、和平の担い手同士が集い、学び合い、共創するための「対話のプラットフォーム」を提供することで、 CAB 後の和平プロセスを支援してきました。
以下では、その代表的な取り組みとして、CAB締結直後に開催された2014年の広島・ミンダナオ平和構築セミナー、2024年のCAB締結10周年記念国際シンポジウム、2024年の女性・平和・安全保障( WPS:Women, Peace and Security)国際会議を紹介します。

広島から発信した「平和の対話」―2014年 ミンダナオ平和構築セミナー―

バンサモロ包括和平合意が締結されてから約3か月後の2014年6月、JICAは、フィリピン政府およびMILF双方の賛同を得て、「ミンダナオ平和構築セミナー(COP:Consolidation for Peace for Mindanao)」を日本・広島で開催しました。このセミナーは、CAB締結後初めて、和平交渉から「実行・定着」のフェーズへと移行する中で実施された、国際的にも重要な対話の場でした。
開催地として選ばれた広島は、言うまでもなく、日本における平和の象徴です。戦争の悲劇を経験し、復興を遂げてきた広島から世界へ平和を発信することは、ミンダナオの和平を国内外に示すうえでも大きな意味を持っていました。

セミナーには、アキノ大統領、MILFムラド議長をはじめ、フィリピン政府関係者、バンサモロ和平交渉団関係者、国際機関、有識者など、ミンダナオ和平に関わる幅広いステークホルダー約100名が参加しました。公式交渉の枠組みを超え、政治、行政、治安、社会経済開発など、和平合意を現実のものとするための具体的課題について、率直な意見交換が行われたことが、本セミナーの大きな特徴であり、実行フェーズに必要な信頼醸成の土台にもなりました。
議論では、①バンサモロ地域の社会経済開発、②新たな自治政府の樹立と制度設計、③治安の正常化という三つのテーマが取り上げられました。紛争当事者に加え、国際社会の関係者も交えた対話を通じ、和平合意の履行に向けて「何が課題で、誰がどの役割を担うのか」を共有する場となりました。

セミナーには、アキノ大統領(当時)をはじめ、MILFムラド議長、デレス和平担当大統領顧問(当時)、フェラー比政府和平交渉団長(当時)、イクバルMILF和平交渉団長(当時)、湯崎広島県知事(当時)、JICA田中理事長らが参加し、和平交渉の当事者と和平プロセスを支援してきた関係者が一堂に会する、和平合意の履行に向けた重要な機会となった。

また、セミナーの成果として「広島宣言」が採択され、CABを支持するとともに、バンサモロにおける包摂的な社会経済開発や、新自治政府設立に向けた国際的な連帯の重要性が確認されました。この宣言は、和平を単なる政治合意にとどめず、地域社会全体の変化につなげていくという共通認識を示すものでもありました。
JICAにとってこのセミナーは、開発協力機関としての知見と、中立的な立場を生かし、当事者同士が同じテーブルにつき、未来を共に描くための「対話の空間」をつくる試みでした。
広島で交わされた対話と合意は、その後のバンサモロ自治政府設立や、和平プロセスの着実な前進を支える土台の一つとなっています。

3日間のセミナーで、バンサモロの未来に向けた忌憚のない議論が繰り広げられた。

世界の希望となる和平―ミンダナオ、10年の軌跡と未来―

2024年8月、バンサモロ包括和平合意(CAB)締結10周年を記念して、東京でJICA主催のシンポジウムを開催しました。フィリピン政府とバンサモロ暫定自治政府(BTA:Bangsamoro Transition Authority)双方から、ミンダナオ和平の中心人物が一堂に会し、これまでの軌跡とバンサモロの未来に向けての希望を語りました。

自治政府選挙を控え、新たなステップを迎えようとしているミンダナオの和平プロセスにおいて、本シンポジウムはフィリピン政府とBTAの両者の平和への前向きな方針を明確にしただけでなく、今後の日本やJICAに求められる協力の在り方について、当事者の意見を伺う貴重な機会となりました。

シンポジウムには、比政府大統領顧問、BTA首相、比政府・BTAの政府間連携機構(IGRB)共同議長、比政府・MILFの和平履行パネル(PIP)議長、日本国外務副大臣、JICA理事長などが出席した。

世界銀行の研究調査(2003年)によると、紛争が発生した後に当事者間で和平合意や停戦合意など何らかの合意が締結されたものの、その後5年間で合意が破綻する確率は43.6%。これは、和平を維持することの難しさを示しています。

世界各地で紛争が勃発し、国際社会が不安定化しつつある現代において、ミンダナオの和平が維持され、地域が活性化されていることは、単にフィリピンや東南アジア地域の治安維持だけではなく、世界にとっての希望であり、和平プロセスのモデルケースとも言えるのです。

ムラド・イブラヒムBTA首相(当時)兼MILF議長(左)、ガルベス和平・和解・統合担当大統領顧問(当時)(右)

また、フィリピン政府とBTA両者のトップリーダーたちを日本に招聘し、このようなシンポジウムを開催することができたのは、両者と長年の信頼関係が構築されているJICAだからこその成果です。

詳しくはこちら:
バンサモロ包括和平合意締結10周年記念シンポジウム開催結果について | ニュース・広報 - JICA
バンサモロ包括和平合意締結10周年記念シンポジウム実施報告インタビュー | 海外での取り組み - JICA

WPSが導く持続的和平―フィリピン・ミンダナオの経験―

2000年の国連安保理決議1325号に基づき、「女性・平和・安全保障(WPS:Women, Peace and Security)」の概念が発展しました。WPSとは、紛争の予防・解決や復興の過程において女性の参加を確保し、女性や女児を暴力から保護しつつ、ジェンダー平等の視点を安全保障に組み込む国際的枠組みです。和平プロセスに女性の視点を取り入れることで、教育・生活・地域安定など人間の安全保障に根ざした持続可能な平和が実現しやすくなると言われています。実際に、女性が和平プロセスに参加すると、和平合意が少なくとも2年間維持される確率は20%高まり、さらに15年間維持される確率も35%高まるという研究結果が出ています。

WPSの考え方は、長年の紛争の中で女性が被害を受ける一方で、地域社会の調停や復興に大きな役割を果たしてきたミンダナオにおいて特に重要です。WPSは単なる理念ではなく和平の質と持続性を高める実践的な鍵となっています。

フィリピンは、ジェンダー・ギャップ指数で世界20位(2025年、日本は118位)と、ASEAN加盟国の中でも最もジェンダー平等が進展している国です。ミンダナオ和平においても、女性の参画は重要な要素として位置づけられてきました。実際に、2014年のバンサモロ包括和平合意の署名に際しては、ミリアム・フェラー氏が女性として世界で初めて和平合意に署名し、国際的にも注目を集めました。その後も、和平交渉および和平履行のプロセスにおいて、フィリピン政府およびバンサモロ暫定自治政府の双方で女性がパネルメンバーとして参画し、和平プロセスにおいて、重要な役割を果たし続けています。

バンサモロ包括和平合意署名式典(2014)

2024年10月、フィリピン政府はマニラで「女性・平和・安全保障(WPS)に関する国際会議 2024」を開催しました。全体会合には、90超の国から700人以上が集まり、共同宣言書「The Pasay Declaration on Women, Peace and Security」(パサイ宣言)が採択されました。

この国際会議において、JICAは日本政府と共催のセミナーを実施し、フィリピン政府およびBTAの多くの要人が出席し、総勢 150 名以上が参加する盛況となりました。本セミナーで、日本政府およびJICAはミンダナオ支援におけるWPSの取り組みについて紹介し、WPSを国際ドナー連携して進めることを確認しました。特に、JICAはミンダナオの母子保健の分野でWPSの推進に貢献します。

日本政府・JICA共催のセミナーには、遠藤在比駐日大使、アルバノ駐日比大使、ガルベス和平・和解・統合担当大統領顧問(当時)、ジャジュリーBARMM社会福祉開発大臣、シノリンディンBARMM保健大臣、パンガンダーマン政府間連携機構(IGRB)共同議長兼予算管理大臣(当時)、国際機関代表者等が出席した。

詳しくはこちら:「女性・平和・安全保障(WPS)に関する国際会議2024」において、JICAがフィリピンにおけるジェンダー主流化の促進に対して強力にコミット | 海外での取り組み - JICA

対話の場を創り、和平を促進

このように、JICAは、ミンダナオにおいて、開発事業の実施だけでなく、機を捉えたセミナーやシンポジウムの開催、研修等を通して、ミンダナオ和平関係者の対話の場を創出し、他ドナーとも連携しながら、信頼の醸成を基盤に、平和と開発に向けた共創に、日本政府・フィリピン政府・バンサモロの人々と共に取り組んでいます。2026年5月のフィリピン・マルコス大統領訪日時の面談でも、田中理事長はミンダナオ和平について触れ、和平プロセスの進展の重要性、2026年9月のバンサモロ議会選挙の成功に対する期待、JICA協力の意義について述べました。