フォーラム「科学技術イノベーションを通じたSDGs推進の新常識」でのスピーチ【於:東京大学本郷キャンパス 福武ホール(東京)】

JICAの北岡理事長は2017年12月14日、東京大学で開催されたフォーラム「科学技術イノベーションを通じたSDGs推進の新常識」において、開発協力における科学技術イノベーション(STI:Science, Technology and Innovation)について、聴衆の学生に向けて講演を行いました。

講演の概要は以下の通りです。

大学で学ぶことの重要性

自分はこの大学で勉強し、教授として15年間教えていました。今日はほぼ6年振りにここで講義をするわけですが、大変懐かしく、また嬉しく思います。

よく卒業生の中に、大学のときにあまり勉強しなかったとか、大学での勉強は役に立たないとか言う人がいますが、あまり信用しないほうが良いです。ここで一生懸命勉強したことは必ず役に立ちます。学生が真剣に勉強しようという態度で接すれば、先生は必ず応えてくれます。そうすることによって、大学の持っているポテンシャルが活かされ、いろいろなものが生み出せると思っています。

JICAのビジョン「信頼で世界をつなぐ」

さて、今年JICAは、「信頼で世界をつなぐ」を新たなビジョンとして定めました。相手の国と我々が相互に理解し、協力し合うことで、有効な援助・協力ができると考えており、その基礎になる相互信頼をビジョンに掲げたわけです。

そして、ビジョンの下に、5つのアクションを定めました。その1つが、「革新(Innovation)」です。JICAとして、革新的に常にチャレンジすることを目指そうということです。

STIで革新的な協力を

国際協力の現場ではさまざまな新しい技術が活用されています。例えば、交通渋滞が激しいケニアの首都ナイロビでは、スマートフォンから発信される電波をリアルタイムで捉えて、従来の交通調査では分からなかった、様々な交通情報や特徴が分かるようになりました。

農業分野では、「SHEP」(Smallholder Horticulture Empowerment & Promotion:市場志向型農業振興)と呼ばれていますが、途上国で多い小規模農家が、作って売れるのを待つのではなく、売るために作る農業、すなわち市場志向・販売志向の農業を行うことを推進しています。日本の江戸時代の農業も、小規模農家を基礎に発展しましたが、途上国の開発でも、同じことをやろうという取り組みです。この手法を説明し、広めるためにスマートフォン上で動く無料のゲームアプリを使っています(注)。

母子健康手帳の電子化も進めました。母子健康手帳は日本生まれで、現在、世界40カ国以上で活用されています。そのうち25カ国はJICAが普及を支援したもので、これをさらに広めていこうとしていますが、今年、パレスチナで手帳の電子化を進めました。母子健康手帳は身分証明書としても活用されていますし、電子化することで、どこにいってもデータへのアクセスが可能となるため、難民の母子であっても継続した検診も可能にします。

同じく保健分野で、ケニアでは、長崎大学との間で携帯電話のSMSを使った感染症早期警戒システムの開発も進めています。感染症の流行を早期に封じ込める仕組みで、ケニア保健省によって正式に採用されています。

ザンビアでは、日本の民間企業と提携して、ドローンを使って何ができるかを検討しています。例えば、農村部への医薬品・医療機器の供給等、住民への基礎的保健医療サービスの向上のために、道路インフラに代わる輸送手段としてドローンが重要になりつつあります。

これらの事例は、特別のハイテクというわけではないですが、少しの工夫によって新しい技術を活用することでイノベーション(革新)が生まれ、現場で様々なことに役に立っているという例です。

(注)

パートナーシップで知見を結集し共創する

ケニアのSMSを使った感染症早期警戒システムや、ザンビアのドローンを活用した医療物資の輸送などは、科学技術の研究をしている学術機関、技術を持った民間企業とのパートナーシップが非常に重要な役割を果たした事例でもあります。JICAの新しいビジョンの5つのアクションでは、「共創(Co-Creation)」も強調されています。これは他者との出会いを重視し、異なる立場から学ぶことの重要性を指すものです。

研究機関とのパートナーシップの他の例としては、東大の目黒先生が研究代表を務めているミャンマーの防災案件があります。ミャンマーの大学との共同研究として、衛星画像で都市の拡大の変遷を捉えるなどして、災害脆弱性の変化を予測することを試みています。

日本の中小企業の技術からもいろいろなイノベーションがあります。「すららネット」という中小企業が提供している“eラーニング”教材は、途上国の基礎教育の質を上げることを目指したものです。途上国の基礎教育の現場では、十分な能力を持った先生が足りないという問題があります。教科書を読み上げている先生自身が内容を十分に理解していないこともあります。このような状況では、学校に来る子供の数は増えても、本当の意味で教育を受けた子供の数は増えません。特に算数における小学校低学年のつまずきは非常に大きな問題になります。JICAの理事長になる前、大学で教鞭をとっていた頃に、途上国からの学生の一部に、とても優秀なのに数学の基礎能力が足りない、惜しいな、と言う留学生がいました。STIを活用して基礎教育の質を向上できるのであれば、積極的に取り組みたいと考えています。

STIを社会の発展に生かすための基盤:社会の変革

日本の大学や企業にはSTIの様々な「種」がそこかしこに転がっています。様々な組織と提携して、そういったSTIの「種」をJICAでも上手く活用していきたいと思っています。

しかし、最先端の技術を外国から持ち込むだけでは、一過性になりがちです。最先端の技術をどうやって、途上国の現場に定着させ、広げていくかと言うところにJICAの仕事があります。私は、歴史学者として、新しい科学技術を受け入れ、イノベーションを生み出す社会には、3つの条件が必要と考えています。

例えば、日本の江戸時代から明治維新にかけての時代をみてみると、江戸時代にも、たとえば南蛮から来た情報など、異質(西洋)との出会いがあり、その後、明治になって様々な変化を社会が受容し、藩がなくなり、四民平等が実現し、こうした新しい技術が一斉に開花しました。その時期には、高峰譲吉などの優れた才能をもった人物は、最初は漢学を、次に長崎で蘭学を、そして英学を勉強して、そのような多様な異質との出会いから大変な発明をしました。外国との接触は非常に重要です。我々(JICA)も途上国と接触することから学ぶことが多くあります。日本は、もう一度開国進取のスピリットでやっていく必要があると考えます。

現代で言えば、女性の活躍は今後ますます必要だと思っています。女性は男性と違った発想をもっていますが、それが社会を活性化させると思います。同じ観点から留学生も重要です。

STIの便益は社会全体のために

日本は、STIの途上国への利用についてもっと様々なことができると思っています。但し、STIを開発協力に活用する際に留意したいのは、科学技術の進歩やイノベーションが一部の人にのみ利益をもたらすのではなくて、社会全体に発展する仕組みをどう作っていくのかを常に考えなくてはならないということです。例えば、AIによって、製造業の自動化が進めば、職が奪われる人が出るでしょう。IT・金融テクノロジーによっては、国民の中で、または他の国との間で、ギャップが広がる可能性があります。また、ビッグデータによって、個人のプライバシーを脅かすというということもあり得ます。こうしたリスクの中で、どうやって社会全体にSTIの便益を広めていくのかが大きな課題です。

この点については、ハイテクではありませんが、「カイゼン」が高く評価されています。絶えざる効率化を目指す「カイゼン」において重要な点は、目標をみんなで共有すること、つまりチームワークということです。色々な国から「カイゼン」を教えてほしい、一緒にやりたいという要望がJICAには届いています。持続的な開発目標(SDGs)のキーワードである包摂性(inclusiveness)というのは、この「カイゼン」のスピリットと非常に深く関係しています。誰一人取り残さずに目標を共有するという点で、包摂的ということです。目標を共有することから、様々なイノベーション(革新)が生まれてきたわけです。こうした「カイゼン」の取組みとイノベーション(革新)とは、別のものと言うわけではなく、同じものだと考えています。

アフリカでは、ルワンダがITハブを目指していますが、ルワンダでは、かつて国民の一割が虐殺されました。現在、ルワンダには、SDGsの達成をアフリカで促進するためのセンター(アフリカ地域持続可能な開発目標センター: SDGC/A)が設立されており、JICAもこれを設立当初から支援しています。ルワンダは、経済の格差はとんでもない結果をもたらすこともありうるということを身に染みて知っており、ITを活用しながら、国内に経済格差が広がらないように注意しています。

JICAの新しいビジョンの下のアクションにもう一つ、「現場」があります。これは、現場の感覚を大事にしようというものですが、STIと、「カイゼン」や「現場」主義は全く矛盾しないと考えています。みんなで共有する目標のもと、現場でSTIをどう活用したら良いのか考えて根付かせ、広めていくという意味で、それらのすべてが必要なのです。

おわりに

最後に、JICAが支援したボスニアのIT教育のプロジェクトを紹介します。ボスニアではイスラム教徒のボスニアック、クロアチア人、セルビア人が別々のカリキュラムを使用しています。これが民族対立の原因にならないように、カリキュラムを統合していくのにはどうしたら良いのか。考えた結果、歴史や文化に関係のない、IT教育のカリキュラムから統合を始めることになり、これをJICAが支援しました。ITは未来志向で、皆にとって必要だということで合意が得られたものです。

技術だけで明るい未来を創ることはできません。しかし、JICAは、新しい技術やイノベーション(革新)の促進と共に、それを実際に使い、更により良い世界にしていくために、現場で色々な人と接触し、日本の経験を、失敗も含めてシェアしていく、そういう立場でいろいろなところで仕事をしています。こういう形で、我々はさらに国際協力を続けていきたいと考えています。

そのために必要なのは、何といってもパートナーです。JICA自身にそれほど技術力やイノベーション(革新)があるわけではないので、大学の役割は非常に重要です。先ほど申し上げた、異質さや現場というのはJICAが提供できます。開発協力におけるSTIの活動に大学が進出すれば、必ずや大学の学問・研究の発展にも貢献すると確信しています。