モンゴル国立大学での田中理事長講演

持続的な経済成長を支える高等教育機関の役割 〜活力あるモンゴルの実現に向けて〜

2014年4月15日

冒頭挨拶

ガントゥムル教育・科学大臣、ガルトバヤル学長、ご列席の皆様、本日は、1942年に設立され、モンゴルで最も古い歴史と伝統を有する総合大学である、モンゴル国立大学にて講演する機会を頂戴しましたことにお礼申し上げます。

今回、私はモンゴル政府要人との会談やJICAが支援している事業の視察などを目的に、モンゴルを訪問しております。

昨年以来、日本とモンゴルとの間では政府のハイレベルにおける交流が活発に行われるなど、両国の関係は非常に緊密かつ良好なものになっていると考えております。このように、両国間の関係が活発化している中、モンゴルを訪問出来たことを大変嬉しく思っております。

本日は、「持続的な経済成長を支える高等教育機関の役割」というテーマでお話をさせていただきたいと思います。

日本とモンゴルとの国際協力の歩み

最初に、日本とモンゴルとの国際協力の歩みについてご紹介させていただきたいと思います。

1972年の国交樹立後の日本とモンゴルとの経済協力の歴史は、1977年のゴビ・カシミア工場の建設に始まります。

1990年のモンゴルの市場経済化への移行後、支援が本格化し、以後、日本はトップドナーとして、モンゴルの新しい国造りをご支援してまいりました。

2012年度迄の支援実績の累計額を申し上げますと、無償資金協力は1,026.39億円(約10.2億ドル)、技術協力は365.81億円(約3.6億ドル)、有償資金協力は773.58億円(約7.7億ドル)の合計2,165.78億円(約21.6億ドル)となっております。中でも、無償資金協力は、国民一人あたりの協力額で見ればJICAが支援している国の中でモンゴルは第1位となっています。

これまでの協力について、いくつか例を挙げますと、モンゴルの総発電容量の約60%を占める、第4火力発電所の改修や運営管理等への支援は20年以上続いています。また、中国との国境にあります、ザミーンウドの貨物積換え基地の整備、太陽道路や太陽橋の建設、ウランバートル市の水供給や廃棄物処理、大気汚染対策などの支援も実施しております。

他にも、モンゴル国立大学と一緒に実施しております日本センタープロジェクトや、モンゴル経済の重要な担い手である中小企業向けの中小企業育成・環境保全ツーステップローンも実施しており、多くの皆様にご利用頂いていると承知しております。

私も日本センターや太陽橋を訪問し、皆様に活用されている様子を拝見させて頂きました。日本及びJICAの支援が、現在のモンゴルの経済発展に貢献出来ていることが確認でき、大変嬉しく感じております。

また、皆様は日頃、天気予報をご覧になっているかと思います。ご存知の方もおられるかと思いますが、日本は、2000年に雪害(ゾド)対策の支援の一環として、モンゴル気象庁へ観測用機材の供与や観測技術の支援なども行っており、気象観測技術の精度の向上への協力なども行っております。

教育分野の支援では、これまで初中等教育の充実に向けた様々な支援を実施し、新たな国造りを担う人材育成に注力してまいりました。

中でも、ウランバートル市内で45校、オルホン県で7校、ダルハンオール県で3校、合わせて55校の小学校の建設や改修を実施しております。また、学校の教員の指導方法の改善に向けた協力も行ってきております。

さらに、専門家やボランティアも多数派遣しており、ここにお集まりの学生の皆様の中にも、日本が建設した校舎で学ばれた方、日本人の先生から学ばれた経験をお持ちの方もいらっしゃるかと思います。

モンゴルの現状と課題 〜中所得国の罠に陥らないためには何が必要か〜

私は昨日、モンゴルに来たばかりですが、ウランバートル市内を視察し、最近完成したという高層ビルや、至る所でオフィスや集合住宅ビル等の建設が行われている状況を拝見し、豊富な資源をエンジンとして、近年、高い経済成長を遂げているモンゴルの勢いを目の当たりにいたしました。

2012年の数字ですが、モンゴルの一人当たりGDPは3,673ドルとなっています。国際機関(IMF)のレポートでも、モンゴルは今、アジアで最も経済成長のスピードが速い国の1つであり、豊富な資源を背景に、中期的には経済成長が持続していくと分析されています。

一方で、中所得国の罠「Middle-income-trap」という言葉をお聞きになったことのある方も多いかと思います。

これは、一人当たりのGDPが1万ドル前後に到達した後、これ以降の成長が伸び悩み、高所得国に到達出来ない状況を指しております。

例えば、1980年代から90年代にかけて、ラテンアメリカの多くの国々は、自国の天然資源を背景に経済成長を続けました。

しかし、途中で経済成長が停滞し、現在でも、いわゆる高所得国の仲間入りはなかなか果たせておりません。

これらの国々が、中所得国の罠に陥ってしまった要因は複数あると言われており、その1つのポイントが格差を縮小しつつ成長するインクルーシブな成長と言われています。それに加え、天然資源の輸出以外に、他の国との比較において競争力を有する産業を育成出来ておらず、さらなる経済成長を導くための基盤が十分に整備されていないことが要因の1つだと考えられます。

一般的に、国の経済発展の過程において、低所得国から中所得国への移行は、天然資源の開発や海外からの投資受入れ、豊富で安価な労働人口の活用などの要因で達成できると言われております。

近年、アジアの多くの国々は急成長を遂げておりますが、そのアジアの中でも、高所得国の仲間入りをしたのは今のところ韓国やシンガポールなどわずかしかありません。

高所得国への移行に成功した国と、移行が停滞している国との大きな違いはどこにあるのでしょうか。

高所得国への移行を成功させた、韓国やシンガポールなどに共通して見られる動きとしては、国内社会における格差拡大を防ぎつつ、R&Dが民間や大学、研究機関を中心として積極的に行われ、そこからイノベーションが生まれていることです。

そして、イノベーションを活用し、新たな産業が生まれるとともに、既存の産業においても時代のニーズに合致した商品等を製造・販売し、経済規模を拡大させているという点があると言えます。

イノベーションを起こすことが出来る環境を整えること、イノベーションを活用出来るよう、産業の振興・多角化を図っていくこと、これが成功の鍵の1つであり、これを達成するには、優秀な人材の育成と研究能力の強化が欠かせません。

教育と研究、これはまさに大学、高等教育機関の使命に他ならず、持続的な経済成長を達成するためには、高等教育機関の役割が非常に重要であると、私は認識しております。

近年の経済成長によって、モンゴルも中所得国の仲間入りを果たしました。

今後、モンゴルは更なる経済成長に向けて進んでいくことになりますが、いわゆる中所得国の罠に陥ることなく、韓国やシンガポールの成功事例のようなイノベーションを起こし、それを活用出来る産業の振興や多角化を推進する環境をどのよう整えていくべきなのでしょうか。

このテーマにつきましては、既にモンゴル国内でも多くの方が研究されていると承知しております。

また、先月ここウランバートルで開催されたMongolia Economic Forumでも、資源収入の活用方法や産業の多角化に関するディスカッションが行われるとともに、アルタホヤグ首相より、「Year of Production Domestically」という2014年の政策方針が示されたと承知しております。

モンゴルの課題に対するJICAの協力方針

それでは、JICAとしてはどのように考えているのか、JICAがモンゴルへの支援に際し掲げている重点分野に触れつつ、ここで少しご紹介したいと思います。

JICAは、モンゴルへの支援に関し、2012年に3つの重点分野を定めております。

1つ目は、「鉱物資源セクターの持続可能な開発とガバナンスの強化」です。

これは、モンゴル経済の鍵を握る鉱物資源の持続可能な開発を進めるための制度整備や人材育成、資源収入の適正管理に資する制度整備などを支援するものです。

2つ目は、「Inclusive Growthの実現に向けた支援」です。

これは経済発展から取り残される人々を作らないように、産業構造の多角化を見据えた、中小・零細企業を中心とする雇用創出や基礎的社会サービスの向上を支援するものです。

3つ目は、「ウランバートル市都市機能強化」です。

これは、首都であるウランバートル市のインフラ整備と都市計画・管理能力の向上などを支援するものです。

なぜ、ここでモンゴルへの支援の重点分野を紹介したかと言いますと、今申し上げた、各重点分野は、モンゴルがこの先も持続的な経済成長を遂げていくために、取り組んでいくべき「課題」を分析し、それに対応するものとして設定されたものであるからです。

現在のモンゴルの経済成長を支えているのは、モンゴルが誇る豊富な天然資源の開発と海外への輸出です。

先に触れました国際機関のレポートでも、この豊富な資源を背景に、モンゴルは中期的に経済成長が持続していくとされております。

しかし、どんなに豊富な資源でも、無限ではなく、残念ながらいずれは枯渇してしまいます。

また、資源の価格は、世界の政治や経済の状況によって大きく変動し、コントロールが難しいという特徴もあります。

2008年のいわゆるリーマンショックの際には、モンゴルも国家財政において厳しい状況に追い込まれしまったことは、まだ皆様のご記憶にも新しいかと思います。

さらに、資源の開発に際しては、しばしば自然環境に悪影響を及ぼす場合があり、一度破壊された環境を再生するのは容易ではありません。

モンゴルが誇る雄大で美しい自然を守りながら、持続的な資源開発を行っていくこと、そして、資源に過度に依存しない経済構造を構築するために、資源の輸出によって得られた資金を、戦略的かつ計画的に活用していくことが、今後のモンゴルの持続的な経済発展を果たすためには重要だと考えております。

加えて、資源輸出によって得られた資金を、産業の振興や多角化の促進、そして教育や医療、社会福祉の充実に活用し、現在の、そして未来のモンゴルの人々の生活の更なる向上と、モンゴルの将来の可能性を拡大していくことが必要だと考えます。

ご存知のとおり、鉱業セクターの雇用吸収力は小さいことから、持続的な鉱物資源開発に注力するだけでなく、産業の振興及び多角化による雇用の創出は重要な課題だと考えます。

さらに、今、ウランバートルにはモンゴルの全人口の約半分が集中しているとも言われておりますが、今後も、国の内外から多くの人や物、資金がウランバートルに集まる流れは当面は変わらないかと考えます。

モンゴルの経済をけん引しているウランバートルの都市機能を強化していくこと、具体的には各種のインフラ整備や、深刻な大気汚染の対策などの環境問題の解決に取り組んでいくことは、モンゴルの持続的な経済成長を達成するために必要不可欠な取り組みであると考えております。

今、ここで挙げました課題に取り組んでいくことが、モンゴルの持続的な経済成長の実現、イノベーションを起こす環境整備に繋がるものであり、先ほど申し上げた「中所得国の罠」に陥らないための方策でもあると理解しております。

そして、これらの課題に対応するためには、国家戦略や計画を立案し、推進していく行政官、産業の振興や教育や社会福祉の充実を図っていく産業人材や教員、そして膨大なインフラニーズに対応するためのエンジニアなど人材育成が急務であると認識しております。

JICAは、これら人材の育成を支援するための協力を今後も実施してまいります。

しかしながら、JICAが支援出来ることは一部であり、これらの課題を解決するためには、モンゴルの皆様が主体的に取り組んでいく必要があります。

そして、これらの課題解決を担う優秀な人材を育成出来るのは、モンゴルの高等教育機関であり、まさに、今、ここにお集まりの皆様のお力にかかっていると考えております。

日本の経済成長と高等教育機関 〜人材育成における日本の取り組み〜

先ほど中心国の罠に陥らなかった事例として、韓国やシンガポールを挙げましたが、日本もまたその先行事例です。

そして、日本が中心国の罠に陥らず経済大国へ成長出来た大きな要因の1つは、やはり人材育成に注力してきたことだと考えております。

日本は第2次世界大戦によって、社会や経済基盤の大半を失った後、復興から高度経済成長と呼ばれる時期を経験したわけですが、この間、日本社会や経済の変化やニーズに合わせ、高等教育機関もこれに合わせた教育・研究を行ってきました。

一例を挙げますと、産業界からの要望を踏まえ、エンジニアを育成するため、理工系学部を拡充し、教育内容も公式や理論などを学ぶ座学中心では無く、初期の段階から実験や実習を取り入れる内容へと改編を行いました。

また、製造業などの現場で即戦力として活躍出来る人材を育成するため、中学卒業後から5年間に亘り、工学分野の専門教育を行う、高等専門学校制度を創設しています。

そして、高等専門学校を卒業した人材への経済界の評価は非常に高く、卒業生の就職率も約100%となっています。

さらに、産業界との連携強化を図る「産学連携」も進めており、多くの大学で産学連携を推進するための本部が学内に設置されています。

産学連携の代表的なものは、民間企業との共同研究や民間企業からの受託研究です。

2011年度の実績ですが、日本の国立大学と民間企業との共同研究は12,361件、研究費の受入額は約254億円(約2.5億ドル)に上っています。また、国立大学による特許の出願数も、日本国内での出願数が4,670件、外国での出願数が1,703件となっています。

私はJICAの理事長に就任する前、東京大学の副学長を務めておりましたが、東京大学でも、2010年にアメリカの航空機メーカーと共同研究の契約を結ぶなど、多数の共同研究や受託研究を実施しております。

近年では、専門性の強化を図るため、法律や行政分野におけるプロフェッショナルを育成するための専門職大学院を開設するとともに、特に、最近ではグローバル化に対応するため、海外の大学とのネットワークの強化、海外からの留学生の受入れ等を積極的に取り組んでおります。

OECDの「Education at a Glance」によれば、2000年に全世界で200万人だった留学生が2010年には450万人、2025年には1,000万人を超すとの推計が出ており、大学の国際化、留学生受入に向けた取り組みは日本のみならず、世界的な動きとなっております。

最近5年間の平均の数字ですが、モンゴルから日本への留学生数は国費留学や私費留学を含め、毎年約1,200名となっております。

また、2011年の日本への留学機会、これは、国民1万人あたりの日本への留学生数のことを指しておりますが、モンゴルからの留学生が世界1位となっております。

日本の大学の先生に、モンゴルからの留学生についてお聞きしたことがあるのですが、日本語を始めとする外国語の習得能力が非常に高く、熱心に勉強する優秀な学生が多いとおっしゃっていました。

これは、留学生ご本人の努力の賜物ですが、日本に留学される前の、モンゴル国内の教育水準の高さの証明でもあると考えております。

モンゴルでは、1990年に民主化した後、翌年の1991年には私立大学の設置を認めるなど、教育機会の拡充に尽力されており、2011年に高等教育機関を卒業された方の63%を女性が占めるなど、非常に開かれた教育を実践されていると理解しております。

教育・科学省を始めとするモンゴル国政府の教育施策や教育機関の教員の皆様のこれまでの取り組みに対し、深く敬意を表したいと思います。

近年では、日本の大学とモンゴルの大学との間の連携協定の締結や、日本の大学のフィールドオフィスがモンゴルの大学に設置されるなど、両国の大学間の連携も活発になってきていると聞いております。

日本の大学のグローバル化のパートナーの1つとして、モンゴルの大学との間での連携がますます促進されることを期待しております。

このように、日本の高等教育機関は、日本の社会や経済の変化に対応するために、日本政府とともに、様々な取り組みを行うことで、時代が必要としている人材育成や研究を行ってきております。

現在も、日本の社会が直面している課題の1つであります、少子高齢化への対応として、社会として様々な制度作りについて研究を進めるとともに、民生用ロボットの研究などを行っており、今も時代のニーズに対応した教育・研究を行う高等教育機関の挑戦は続いております。

このように、人材育成や研究開発を含めた日本の高等教育機関が果たしてきた役割は大きいと考えており、この日本の経験はモンゴルにおいても参考にしていただけるのではと思っております。

結語 〜活力あるモンゴルの実現に向けた高等教育への期待〜

2013年の3月に、総理に就任したばかりの安倍首相がモンゴルを訪問し、エルベクドルジ大統領やアルタンホヤグ首相と会談した際、日本とモンゴルとの経済関係の促進を目指した「エルチ(活力)イニシアティブ」を提案し、ご賛同いただいたと承知しております。

私は、モンゴルがますます活力ある国になるためには、モンゴルの高等教育機関と社会とが一体となり、優秀な人材の育成や産業界の期待に応える研究・技術開発を推進していくことが重要だと考えております。

既に、モンゴル国立大学や科学技術大学を始めとして、モンゴルの国立大学も、モンゴルの急速な経済成長に伴う社会や産業界の新たなニーズに対応するため、取り組みに着手されているとお聞きしており、この取り組みついても敬意を表したいと思います。

JICAは今年の3月に、モンゴル政府との間で工学系高等教育支援事業の実施で合意いたしました。

この事業は、モンゴルの工学系高等教育及び研究能力を更に高めるために、日本の大学と同じレベルのカリキュラムを開発・提供するとともに、日本の大学との共同研究の実施や日本の大学院・大学への留学機会を提供するものです。

合わせて、産業界のニーズに応えるため、日本の高等専門学校への留学も行うことになっています。

このプロジェクトに加え、モンゴル農業大学の獣医・バイオテクノロジー学部への支援や、日本の大学とモンゴル獣医学研究所による科学技術協力への支援も実施していくことにしております。

これらの事業を通じて、モンゴルの高等教育機関の教育・研究能力がさらに向上し、活力あるモンゴルの実現を担う優秀な人材の育成が図られるよう、JICAも協力してまいる所存です。

まだ、世界では、モンゴルと聞くと、広大な草原を想像する方が多いかも知れません。

しかしながら、ウランバートルのこのダイナミックな発展に代表されるように、今まさに、新しいモンゴルが出現しつつあると、今回の訪問を通して実感いたしました。

民主化以降、皆様は様々な困難を乗り越えつつ、教育の拡充などの不断の取り組みを続け、今日のモンゴルを築かれました。

今、出現しつつある、新しいモンゴルを創り上げるためには、これを支える優秀な人材を育成する必要があり、モンゴルの高等教育機関はこの重責を全う出来ると確信しております。

本日、この会場にお集まりいただいた皆様は、モンゴルの高等教育を始めとする教育分野において、政府や教育機関において極めて重要な役割を担っていらっしゃると承知しております。

そして、学生の皆様は、新しいモンゴルを創っていく担い手として、その将来に大きな期待が寄せられている方々だと理解しております。

本日、このような皆様の前で、お話しする機会を頂戴出来たことに改めて感謝申し上げます。

モンゴルの高等教育機関の今後のご発展と、モンゴルの経済成長への貢献を祈念して、私の講演を終わらせていただきます。

ご清聴ありがとうございました。

以上