「One Health-つながっている ヒト・動物・生態系の健康-」(JICA-JIRCAS-国際農業機関(CG)勉強会)

国立研究開発法人国際農林水産業研究センター(JIRCAS)とJICAでは、農業分野における各種研究を実装につなげることを目指す基礎的な合同勉強会を実施してします。

今回の内容はJiPFAの畜産・家畜衛生分科会と深く関連するため、JiPFA会員様も対象にしたオープン開催となりました。

第10回JICA-JIRCAS-国際農業機関(CG)勉強会「One Health-つながっている ヒト・動物・生態系の健康-」

日時

2022年6月23日(木)15:30~17:00(日本時間)

開催方法

オンライン(Microsoft Teams meeting)で開催しました。

講演者

桐野 有美(独立行政法人国際協力機構 経済開発部 農業・農村開発 国際協力専門員)

概要

ケニアの牛乳のカビ毒汚染に関する調査、及び日本の新興感染症である重症熱性血小板減少症候群のフィールド調査の事例紹介を通じ、ヒト、動物、そして生態系の健康が密接につながっており、One Healthでの対応(人獣共通感染症、薬剤耐性菌、食料安全保障を脅かす家畜感染症の制御を通じた安全な食料の安定供給)の重要性について解説しました。One Healthを実現させるために、保健・畜産・農業・環境の各セクターの現場においてマルチセクトラルな対策を講じることの必要性を強調しました。

次に、2022年1月~2月上旬にかけて実施したパレスチナ(周辺地域から多くの家畜や畜産加工品が入るため検疫体制強化が重要)から要請のあった家畜衛生及び公衆衛生に関わる獣医・獣医機関の能力強化に係る案件形成調査、2022年4月に実施したナミビアでの調査(家畜の保有数が伝統的に富・社会地位の高さを示すものであったが、近年の頻発する干ばつにより保有が富からリスクに変更したことにより、若者層を中心に、干ばつで喪失する前に計画的に換金する経済様式の変更を円滑に進めるための畜産バリューチェーン分析や営農改善への協力)を共有しました。

最後に、今後のJICAの畜産・家畜衛生分野の協力の方向性について以下のとおり、解説しました。

  • 直近(2020年~2022年)に限ってみると、食品衛生の協力が高い割合を占めており、食料安全保障に関連した動きと考えられること
  • 開発途上国における畜産振興のあり方
  • 技術協力におけるSHEPアプローチ(畜産物の品質や取引の情報を得ることによる農家自身が畜産経営に対する気づきと自己決定を促す意識改革)(注1)導入の可能性
  • JICAグローバルアジェンダ「農業・農村開発(持続可能な食料システム)」(注2)の家畜衛生分野のクラスター戦略、特に感染症サーベイランスにおいて、分析・解釈に協力の重点を置いてきたことから起点となる探知を強化する技術協力が重要であること

質疑応答

Q1

パレスチナやナミビアでは自分達の栄養改善のための畜産を求めているのでしょうか。それとも畜産農家の収入向上が第一の目的でしょうか。飼料の点はどのように対処していこうとしているのでしょうか。

A1

両国によって状況は異なりますが、自家消費による栄養改善ではなく、収入向上を第一の目的としています。一方、栄養改善のために家畜由来のタンパク質は重要な役割を果たします。栄養改善のためには、畜産セクターが保健セクターや教育セクターとの連携が必須です。

飼料については、両国とも半乾燥地域であるため牧草栽培だけをする余裕がありません。まずは人のための食料を確保する農業が求められます。ナミビアではトウジンビエを栽培し、人が食べない茎や葉を飼料にする事例があります。ただし飼料の貯蔵施設がない等の問題もあります。干ばつ時に水源近くの草地に家畜を移動させるのもレジリエンスを高める手段の一つと考えます。日本にも少ないながらも乾燥地における畜産の研究をされている方々がいるので、その方たちと連携し、畜産のレジリエンスを高める協力を考えています。

Q2

農家の自己決定を促すSHEPアプローチの説明について興味深く聞かせていただきました。一方、家畜衛生分野のクラスター戦略の説明もあり、プロジェクトのゴールとしては国際基準に達する行政の検査体制の強化になると考えますが、検査サービスの受け手となる農家の意向とズレが生じた場合、どのような対応をとられるのか教えていただけますでしょうか。

A2

SHEPアプローチは畜産振興の手段となる可能性について説明しました。家畜衛生分野のクラスター戦略についてはサーベイランスの起点となる探知を強化することをお話しました。ただし探知の部分で農家、あるいはアニマルヘルスワーカーの能力向上にSHEPの自己決定理論を応用できる可能性があるのではないかとの考えが、ご質問を受けて浮かびあがりました。

SHEPは野菜農家を対象に開発された経緯があり、生産サイクルが野菜よりはるかに長い畜産(肉牛の場合、種付けから出荷まで4~5年を要する)においてプロジェクト期間中にSHEPの成果指標をそのまま当てはめるのは難しいです。畜産農家のレジリエンス向上を指標として開発するために農業経済学、獣医疫学の先生方とやり取りに着手したところです。

Q3

今後のJICAの協力として探知が重要とのことでしたが、家畜の異常を早期発見できる人材は高度な経験が必要で育成には時間がかかると思います。農研機構ではAIを用いた研究がされているようですが、開発途上国にも導入する将来構想はありますでしょうか。

A3

DXは畜産部門でも求められていますが、日本国内でもまた普及途上にある段階であり、途上国への導入は慎重にすべきと考えます。日本では人手不足を補うために家畜の健康状況を遠隔でモニタリング、診断するシステムのニーズが高いですが、途上国での畜産従事人口の不足に悩まされているケースは少ないので、DXシステムではなく、人材育成で対応すべきと考えます。

Q4

ワンヘルス・展開予定案件のご説明ありがとうございました。

貴機構では、「栄養」分野は、マルチセクトラルアプローチの推進ということで、様々な情報を発信していただいておりますが、One Healthに関しては、まだまだ実施の多くを担う開発コンサル、特に情報共有が必要となってくる保健側人材において重要性や具体的なイメージが共有されていないのが現状と認識しております。今後の案件形成にもかかりますが、本点、貴機構からの分野横断的な情報発信の推進をしていただけますと幸いです。

A4

貴重なご意見どうもありがとうございました。それを踏まえて対応していきます。

【画像】

質問に回答する桐野専門員。内容は本文の質疑応答をご覧ください。

【画像】JIRCAS側コーディネーターのJIRCAS情報プログラム・プログラムダイレクターの飯山氏(写真左)もJIRCAS若手研究員派遣の一回生としてケニアに派遣されたなど、桐野専門員との共通点があり、ナイロビに拠点を置く国際家畜研究所(ILRI)や国連環境計画(UNEP)が長年、人獣共通感染症等の研究に貢献してきたことについて言及されました。写真右下はJICA側コーディネーターの天目石農業・農村開発第二グループ長。

講演資料