jica 独立行政法人 国際協力機構 jica 独立行政法人 国際協力機構

第六回JICA海外移住「論文」および「エッセイ・評論」受賞者インタビュー第3弾

2026.02.27

2025年12月に、第六回JICA海外移住「論文」および「エッセイ・評論」「エッセイ・評論」部門の授賞式を行いました。授賞式に参加された小迫孝乃さんと熊谷雄さん(共に優秀賞受賞)に大野館長がインタビューをしました。インタビュー内容を全3回に分けて、ご紹介します。

皆さんもインタビューを読んで、ぜひ第七回にご応募ください!

【画像】

「80年前の出来事が今の自分に繋がっていて、もっと学んでいかなければいけないと思いました。」

大野裕枝館長(以下、大野):2025年は戦後80周年でしたね。小迫さんは、ひいおじい様、ひいおばあ様のお話を調べて行く中で、戦争に関するイメージなど変化はありましたか?

小迫孝乃さん(以下、小迫):この調査を始めてから曽祖父の和助が収容されていたハートマウンテンの収容所に関する本を何冊か読みました。それまでは日系人収容所に収容される日系人を群衆として理解していましたが、和助の存在を知ったあとは、収容される日本人の描写の中に和助が居るような気がして何度も感極まりました。見つかるはずもないのに和助の姿を探しました。これまで「戦争」や「強制収容所」という言葉を知っているつもりになっていたと思いました。同時に和助を通じて80年前の出来事が今の自分に繋がっていることを実感しました。だからこそ後世に生きる私たち子孫はもっと歴史を学んでいかなければいけないと思いました。

【画像】

授賞式後、資料館にて(左から熊谷さん、小迫さん、大野館長)

大野:一人でも知っている人がいると全然違って見えるというのは、戦争の話に限ったことではないですね。熊谷さんも授賞式でのスピーチの際に先人が今に繋がっているというお話をされていましたが、その繋がりを感じたところはどこだったんでしょうか。

熊谷雄さん(以下、熊谷):ペルーは特にそうかもしれませんが、南米は親日の国も多く、現地の人も日本人というだけで、どこか信頼を置いてくれていると思います。日系人の皆さんはとても協力的で、サポートをしてくださる。それは、今までの歴史があるからこそだと思います。渡航した方々が現地での信頼を築けていなかったら、今は違う結果になっていたと思います。現地に渡り苦労されて、それでも信頼できる日系社会を構築してきました。一方で、今年戦後80年となりましたが、ペルーの場合は戦時中、敵性外国人という理由で多くの日本人や日系人が、アメリカ政府に協力したペルーの警察に逮捕され、アメリカへ強制連行、強制収容されたという歴史があります。この歴史はペルーの日系社会においても、我々日本人の中でもあまり伝えられてきていません。当時何が起きていたのか、ペルーの日本人、日系人がされた苦労と、受けた人権侵害について学び、未来に向けて日本とペルーの関係を更に発展させていくためにも、次の世代に伝えていく必要があるのだと思います。

小迫:私の学生時代もそうでしたが、日本史の近現代史にかける時間が極端に短く歴史を知らない人がとても多いと思います。戦争に関してもですが、特に日系人については特に知られていなくて、曽祖父のことを調査していてもピンとくる方が少なかったです。だから世の中に知ってもらうために和助の生涯をハリウッドで映画化されたらなぁなんて思ったりしています(笑)。過去の事実を知ることはとても大切なことなので、小説でも映画やドラマでもどんな形でも知る機会があればといいと思っています。

熊谷:物語はたくさんあります。日本人移民でくくってしまうと教科書の歴史年表の一部なんですが、一人一人に焦点を当てるとその人の人生、家族、それぞれ物語があります。戦争など当時の状況に翻弄されているというのが分かります。

小迫:いまの私たちはインターネットでたくさんのことを知ることができます。ネットに繋がれば時間も距離も超えることができます。実際、私は曽祖父母が生きた時代のことを知ることが出来ましたし、太平洋を超えて日本とアメリカの親族が会うこともできました。また、日本は戸籍からかなりの情報を見つけることができます。ここではいつ生まれて結婚して亡くなったかを把握できます。しかし、その事実の隙間を埋めることが大切だと思いました。その隙間こそがその人の人生だと思いました。戦争や当時を知る人たちが亡くなっているので、その隙間を埋める作業はなかなか思うようにはいきませんでしたが。

熊谷:10年、20年、もっと早く調べていれば、もう少し聞ける人もいたかもと思いますよね。

小迫:そうですね。それでも今ここで調べ始めてよかったと思っています。調査をしながら和助は私が生まれるのを待っていたのかもしれないと何度も思いました。和助は偉業を成した人でもなく、どこにでもいる名もない庶民で、ちっぽけな人生を生きた人だったかもしれません。でも、その人生そのものが1つの歴史でした。かつて多くの日本人が夢と希望を持って世界各地に移民に行き、その場所で努力して働いて生き抜いてきた歴史を今を生きている人たちに知ってもらいたいと思っています。

大野:そうですね。話が尽きませんが、最後に読者の方にメッセージをお願いします。

小迫:インターネットという文明の利器が身近に扱える私たちは、とても恵まれています。私は家に居ながら調査をしてたくさんの情報を得ることができました。自分の祖先がどう生きたのかという歴史に触れることは、ひとつの学びのきっかけになります。もしかしたら想像を超える発見につながるかもしれません。あらゆることに関心を持ちネットを通じて世界に目を向けてほしいと思います。

熊谷:日系人とつながりがない方は、日本人移民や日系人のイメージがあまりできないと思います。今から100年以上前に船で2か月以上かけて、言葉が違う地球の裏側に行き、そこで様々な苦難を乗り越え、多くの努力の積み重ねの結果として、異国の中に社会を形成している歴史があります。同じ日本人として他国に渡った日本人それぞれの歴史を知るだけでもおもしろい物語がたくさんあるので、これを機に多くの人に関心を持ってもらいたいです。

大野:素敵なお話、ありがとうございました。

(おわり)

受賞作品はこちらから

関連リンク

\SNSでシェア!/

  • X (Twitter)
  • linkedIn
一覧ページへ

RECOMMENDこの記事と同じタグのコンテンツ