【JICA-RIフォーカス 第43号】山田英嗣研究員に聞く

2018.06.11

空間経済学を開発途上国のより良い政策に役立てる

地理的にさまざまなデータを配置し、そこに環境といった視点をプラスして分析する空間経済学を強みに、「フィリピンとタジキスタンの家計における海外送金に関する研究」や「アジアの都市大気汚染環境改善の方策に関する研究」などに携わる山田英嗣研究員に、その手法を活用する意義について聞きました。

■プロフィール
東京大学大学院経済学研究科修了、パリ政治学院経済学部博士課程在籍。2008年4月から国際協力銀行(JBIC)入行(同年10月JICAに統合)、南アジア部第5課(バングラデシュ担当)、総務部金融リスク管理課を経て、2014年8月から現職。

多様な“つながり”の分析から見えてくるもの

—空間経済学で開発途上国を分析しようと思った経緯は?

小学生の頃、クイズ大会のために世界中の国々のいろいろな情報が載っている年鑑をかたっぱしから覚えたことがあり、それを機に途上国に関心を持ち始めました。なぜ世界には、所得が高い国と低い国があるのか?なぜその差が広がるのか?高校時代に国連の仕事に興味を持って調べたら、採用試験の専門科目に経済学は必ず入っていたので役立つはずと、そんな動機で経済学を学ぼうと決めました。

空間経済学を知ったのは、大学4年生のとき、藤田昌久氏ら経済学者が書いた書籍「空間経済学—都市・地域・国際貿易の新しい分析」(東洋経済新報社、2000年)をたまたま読んだのがきっかけです。その当時までの理論的な成果を集約した同書では、なぜこの世界には、経済が発展し、所得が高く、産業も人もお金も集中している場所もあれば、そうではない場所も存在するのかを、空間的・地理的側面から論じていて、現実社会をうまく描いているように思われて非常に興味を引かれました。数学のモデルとしては複雑になることが多く、しばしばコンピューターで数値計算しないと解けないのも、味があっておもしろい。これ以降、空間経済学にずっと関心を持ち続けています。

空間経済学は、空間と距離、ある地点と地点をつなぐ輸送費などのコストを取り入れて分析する枠組みで、空間の持つ意味を考えることができます。藤田氏の書籍が出た頃は理論的な研究が中心でしたが、最近は実際の途上国のデータを使い、例えば道路や鉄道インフラ、経済特区をつくるとどのようなリターンがあり、どのような影響があるのかというように、さまざまな開発政策の分析がされるようになってきました。私自身は、空間経済学の手法で途上国の開発を分析することは有効だと考えています。どの個人や地域にも必ず存在するつながりを無視せずに考えることで、政策のインパクトやメリット、デメリットをより正確に把握し、より長期的な視点で捉える手助けができるからです。

2017年7月にポルトガルで開催されたieConnect for Impact Workshopで、デリーメトロを紹介した山田研究員(右から3人目)

また、道路網などのインフラ、土地利用の状況、環境汚染の状況、経済活動を反映する夜間光といったさまざまな位置情報が、途上国に関するものでも大変手に入りやすくなり、そうしたデータを処理するためのソフトウェアも発展してきているので、空間経済学の手法を使うことで途上国でも精緻な分析ができるようになってきたと考えています。実際に私も、中国の大気汚染に関する研究や、JICA研究所の関麻衣研究員らと行っているデリーメトロが女性就労に与えた影響に関する研究で地理情報システム(GIS)のソフトウェアを使い、こうしたデータを活用しています。

海外送金に依存するタジキスタン経済の実態を解き明かす

—現在取り組んでいる研究プロジェクト「フィリピンとタジキスタンの家計における海外送金に関する研究」について教えてください。

この研究は、フィリピンとタジキスタンを対象に出稼ぎ移民からの送金が与える影響を多面的に分析し、海外送金に依存している途上国の政策立案に役立ててもらうことが目的です。JICA研究所の村上エネレルテ研究員、村田旭招聘研究員、フィリピン・タジキスタンの現地研究者、世界銀行やアジア開発銀行の研究者らと共同でデータ収集を行い、それぞれが関心のある分野を探求しつつ連携しています。

フィリピンは歴史ある移民送出国。移民への依存度の高い地域を2つ選び、送金を受け取っている家計と受け取っていない家計を対象に、面談による調査を行っています。タジキスタンは、旧ソ連崩壊とその後の内戦を経て特にロシアへの移民への依存が進み、年によってはGDPの半分近くが出稼ぎ移民からの送金で占められているほどです。同国では、世界銀行と共同で行っている800家計への毎月の電話調査や、世界銀行が2013年に実施した全国規模の家計調査のパネル化などを通して、消費や投資のパターン、送金を受け取ってからのお金の流れ、国に残った家族の勤労意欲への影響などを比較し、その違いを明らかにしていきます。

今、私が特に関心を持っているのは、出稼ぎ労働に依存することの空間経済学的なコストです。タジキスタンの場合、海外へ多くの労働者を送り出すことで、かえって自国の市場を縮小させているのではないか。送金によって家計の所得が増えている可能性がある一方、出稼ぎ労働者自身の生み出す需要は移住先に流出してしまいます。この、いわゆる自国市場効果の喪失を考慮すると、現状の移民は社会的に最適な規模を超えている可能性があり、それを検証したいと考えています。さらに、日常的な人々の移動手段について、利用する交通機関や移動のパターン、移動の頻度、目的などが、送金を受け取っている家計とそうでない家計でどう異なるのか比較しています。送金が多ければ交通費に使う予算も多いので移動も多くなるのか、もしくは出稼ぎを送り出している家計は働き手が一人減っているため、逆に家事労働が増えてあまり移動しないのか、比較できると考えています。

—現段階での研究の成果は?

まだデータ収集の段階ですが、タジキスタンの電話調査からは、送金を受け取けとると家計の労働供給が減ることを示唆する結果を得ています。つまり、国にとどまった家族は勤労意欲がなくなり、働かなくなる。当然の結果にも見えますが、労働経済学的には、送金を受け取っている家計は起業をしたり求職活動をしやすくなるのでより働くようになるという説もあります。タジキスタンの場合は、ロシアの方が同じ労働時間で高賃金をもらえるため、この賃金なら働かないという留保賃金が上がっている可能性もあります。以前、タジキスタンの労働省を訪問したときに、国内に雇用を創出しようと公共事業で労働者を募集しても集まらないという話も聞いており、我々が現段階で得ている結果と整合的なエピソードだと思います。

現地調査でタジキスタンを訪問し、人々の暮らしについて情報収集すると新たに分かることも多い

出稼ぎ移民のスキルや移民に必要な金銭的コストの詳細、移民および家計の金融包摂(Financial Inclusion)の状況など、さまざまなデータを集めているので、この研究を通じて2カ国の状況を多面的に把握していければと考えています。

環境改善と経済成長の両立に向け空間経済学による提言を

—「アジアの都市大気汚染環境改善の方策に関する研究」について教えてください。

この研究は、急速な経済成長と都市化に伴い、排出が増加しているPM2.5などの汚染物質について、アジア諸国で排出状況と要因を分析し、大気環境を改善する政策を検討することが目的です。私は中国の大気汚染について、空間経済学の手法で分析しています。

中国の大気汚染がなぜひどいか。その理由として規制の緩さが挙げられますが、中国は広いので、都市ごとに規制のレベルには相当な違いがあります。中央政府も地方政府も、経済的な競争力が低下し、雇用が失われることを恐れて規制強化に踏み切れないのは同じです。では、経済的な発展と環境改善は本当に両立し得ないのでしょうか。環境保全のためのコストが経済発展を遅らせる可能性がある一方、規制を強化することで環境を守るための産業が発展したり、労働者の健康が守られて生産性が上がる可能性も考えられます。空間経済的な予測としては、ある場所で規制を厳しくしても全体のパフォーマンスは下がらないのはありうることです。

そこで、中国全土の約300都市のデータ(環境保護・規制の予算、汚染物質の排出状況、経済統計)や道路ネットワークの情報などを使って中国経済全体のモデルをつくり、各都市の規制のレベルを変えることで、汚染物質の排出と経済的なアウトプットがどれくらい変わるかを理論的にシミュレーションしています。環境改善と経済成長を両立するために、より重点的な規制が必要なのはどの地域なのかを探せば、政策提言につながるのではないかと考えています。また、中国における国内移民障壁の変化や人々の環境汚染に対する意識の変化なども分析に取り入れ、現実的でタイムリーな提言となるようにしたいと考えています。

見えにくいコストやベネティットを明らかにしてより良い未来へ

—これまでの研究を踏まえた気づきと、今後の展望は?

どちらの研究も、見えにくいコストやベネフィットを明らかにしていくことにつながっていると思います。それは例えば、タジキスタンの研究では、家計・労働者本人あるいは政府が見落としているかもしれない自国市場効果の喪失や国内雇用機会の喪失などです。さらに、出稼ぎ移民は労働環境の悪さなどから健康を害して帰国する人が多いということを、出稼ぎ移民を支援しているNGOスタッフから聞きましたが、これも多くの移民が見落としている移民のコストかもしれません。

また、中国の大気汚染についても、おそらく、今まで以上に規制を強化しても経済全体への影響は大したことはないという結果が得られると思います。さかのぼって考えれば、今までの不十分な規制によるコストが非常に大きかったということです。大気汚染は、これまでは子どもや高齢者、呼吸器疾患の人への悪影響は取り上げられていましたが、最近の国際的な事例研究では、実は健康な人が汚染にさらされることで労働生産性が大きく下がることも明らかになっており、この影響も考えればなおさらです。それも含めて環境の負のコストを考えると、今までの環境対策では手ぬるいといえます。

今までの研究を踏まえて改めて感じるのは、政府・公共部門の役割の難しさです。政府が適切に行動しなければ生じてしまうコストや逃してしまうベネフィットが多くあるはずですが、我々がその全てを知っているわけではなく、状況は国・地域によりさまざまです。政府や行政機関は何をすべきか。これは、研究やさまざまな事例を地道に蓄積していくことで、人類として少しずつ賢くなっていくことで改善されるもので、JICAとしても、国際協力を通じて貢献していくべきだと考えています。今後、私がどんな業務に携わっていくときも、空間経済学やJICA研究所で行ったデータ収集の経験をもとに、問題を設定し、データを収集し、アウトプットすることを常に考えて取り組んでいきたいと思います。

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