JICA緒方研究所

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HDCA 2017年次大会で人間の安全保障とケイパビリティ向上について発表—ゴメズ研究員

2017年10月16日

人間の安全保障の概念がアジアでどう受け入れられているか発表するゴメズ研究員(写真:神島裕子)

「格差に挑む—人間開発と社会変革」をテーマとした人間開発とケイパビリティに関する国際学会(HDCA)の年次大会で、JICA研究所のゴメズ・オスカル研究員が研究成果を発表しました。本年次大会は9月6~8日に南アフリカのケープタウン大学で開かれ、初めてアフリカでの開催となりました。

9月7日にはゴメズ研究員が「人権とケイパビリティ向上の実践—可能性の検証」のセッションの共同議長を務め、「ASEAN+3における人間の安全保障に関する認識」と題して、ケイパビリティの向上がこの地域での人間の安全保障の認識とどう関連があるか発表しました。

ゴメズ研究員は、JICA研究所が現在実施している研究プロジェクト「東アジアにおける人間の安全保障の実践」の第一段階の研究結果をもとに発表。本研究では、ASEAN 8カ国と日本、中国、韓国の計11カ国の研究者が、それぞれの国において、人間の安全保障の概念がどのように理解され、また何が人間の安全保障上の主な脅威として認識されているかを調査・分析しています。

各国での調査結果をもとに、ゴメズ研究員はタイ、フィリピン、日本以外の国では、人間の安全保障についての理解が限られていることを説明しました。一方、それらの国々では、認識はないものの人間の安全保障といえる対応を取っている人々が多いこともわかっており、「すでに人間の安全保障は実践されているが、単にそのような呼び方をしていないだけ」と捉えることもできると述べました。理解は限られているが実践はされていることについて、ゴメズ研究員は、人間の安全保障の達成が国家が国家たる所以だからだ、と分析しています。調査結果からも、いくつかの国では人間の安全保障の概念がすでに憲法に含まれていることや、法に基づいて施行されていること、また、人間の安全保障の一つである「人々の保護」に関して国家が中心的な役割を果たしていることが示唆されています。

加えて、保護する主体は国家だという認識が、人々が国家へ頼る傾向を拡大しているとゴメズ研究員は述べました。各国の調査結果からも、福祉政策やセーフティーネット分野において国家を頼りにすること、いわば父権主義に対して肯定的な見方が人々の間にあることが見いだされています。

さらに、このような国家を頼りにする傾向は、人々がエンパワメントをどう理解しているかを如実に示しているとゴメズ研究員は述べました。つまり、個人が国家に保護されることで国家の力はさらに拡大し、個人が脅威に対応する力を付ける必要がなくなるため、ボトムアップのエンパワメントが認識されなくなるということです。調査結果からも、「脅威に直面した個人が、それに対応していく能力をつける」といった一般的なエンパワメントの定義は各国であまり認識されていないことがわかっています。

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最後にゴメズ研究員は、人間の安全保障上の脅威は「開発の遅れ」のほか、極度の貧困地域が公害で汚染されているような「開発による侵害」にも関連していることが本研究で示されたと述べました。開発には、脅威にもなりうるというトレードオフの性質があるため、根本的な問題解決のためには、人間開発とケイパビリティ、あるいは人間の安全保障の観点からも総合的に脅威に対応する必要があるのです。

これらの見解について議論するに当たり、ゴメズ研究員はケイパビリティの実現のためには制度的アプローチが重要であり、それを介して、その国の政府の考え方やその国のエンパワメントがどのような状況にあるか解釈すべきであると強調しました。そして、ケイパビリティを向上させることがそもそも自由主義的な考え方の発展に結びつくのかなど、ケイパビリティアプローチと自由主義の位置づけについて再検討する必要性も強調し、これは世界レベルでの政治的転換が進むにつれて特に重要になるとして、発表を締めくくりました。

その後の質疑応答では、ベトナムからの参加者が「自国では実際にエンパワメントが国家によって行われている。アジア地域でのケイパビリティの向上は他の地域とは違う特殊な事情があるようだ」と述べるなど、さまざまな立場から議論が交わされました。

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