JICA緒方研究所

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人間の安全保障はASEAN+3でどのように実践されているか?研究の集大成として書籍発刊イベントを開催

2018年10月30日

2018年9月28日、JICA研究所の主催によるシンポジウム「ASEAN+3における人間の安全保障の実践:研究と実務からの提言」が行われました。

JICA研究所の研究プロジェクト「東アジアにおける人間の安全保障の実践」では、2013年から36人の研究者・実務者と協力し、インドネシア、カンボジア、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、日本、中国、韓国において、人間の安全保障の概念がどのように理解、実践されているかを明らかにする研究を進めてきました。本シンポジウムは、このうち“実践”についての成果をまとめた書籍『Human Security and Cross-Border Cooperation in East Asia』の発刊を記念して開催されたものです。

開会のあいさつでは、JICA研究所の萱島信子所長(当時/現主席研究員)が同研究の始まった経緯などを紹介し、「近年、人間の生命・尊厳を脅かす深刻な武力紛争や自然災害が数多く発生し、国際社会が連帯して対応することが求められている。そのため、JICA研究所では設立当初から人間の安全保障を主要なテーマに掲げてきた」と述べました。

基調講演を行ったJICA研究所の田中明彦特別招聘研究員

続いて、同書籍で第2章を執筆したJICA研究所の田中明彦特別招聘研究員(政策研究大学院大学(GRIPS)学長)が、人間の安全保障における理論構築と実践の関係について基調講演を行いました。まず、人間の安全保障の概念は包括的すぎて、政策や研究の指針にならないという批判があることを指摘。そこで本書では、「人権」や「人間開発」、「保護する責任(Responsibility to Protect: R2P)」といった他の概念との関連性に言及するなど、より明確な定義を示したと述べました。また、本書で整理した人間の安全保障の概念をもって分析すべき点は、個人をとりまく「社会システム(Social system)」、それを含む「生態システム(Living system)」、さらにそれを含む「物理システム(Physical system)」の3つの相互作用だと述べ、「社会システムは戦争や構造的貧困、生態システムは飢餓や伝染病、物理システムは自然災害といった脅威にさらされている。人間の安全保障では、それぞれの分野の理論を学際的に取り込み、実践で役立つようにどう共有するかが重要」と主張しました。

JICA研究所の峯陽一客員研究員が書籍の内容を紹介

次に、JICA研究所の峯陽一客員研究員(同志社大学教授)が登壇し、この研究のプロセスや書籍の内容について説明しました。本研究は“概念”と“実践”の2つのフェーズに分かれ、第1フェーズでは東アジアで人間の安全保障の概念がどう捉えられているか、理論構築に関わる調査を11カ国で実施。その結果、概念の基本的な要素はすでに広く浸透していること、また、国家の安全保障が人間の安全保障に貢献すると考えられていることが明らかになったと説明しました。第2フェーズでは実践面での調査研究が行われ、同書籍では東日本大震災、ミンダナオ紛争、韓国の難民受け入れ政策などの10事例を論じています。峯客員研究員は、政府の保護と人々のエンパワーメントを組み合わせた具体的な対応などを紹介しました。

続くパネルディスカッションでは、JICA研究所の武藤亜子主任研究員がモデレーターを務め、田中特別招聘研究員、峯客員研究員のほか、3人の編者も登壇。最初に、編者の一人、フィリピン大学のカロリーナ・ヘルナンデス名誉教授が人間の安全保障に対する日本の貢献を称え、「今回のような研究を中東やアフリカ、中南米でも実現させたい」と抱負を述べました。同じく編者を務めた梨花女子大学校のウンミ・キム教授は、「人間の安全保障の概念は、災害など危機の発生時に、いかに被災国の主権を尊重しつつ、国際社会が人道支援を通して人々の命を守るかという難しい問題を必然的に突きつける。事前に信頼関係を構築し、現地の人々をエンパワーすることでよりよく危機に対応できるようになることが大事」と話しました。同じく編者の復旦大学のレン・シャオ教授は、アジア地域の目覚ましい経済発展について言及。「アジア各国はこれまでに蓄積したそれぞれの開発の知見があり、今後、国際社会にどんな貢献ができるのか研究者たちが考えなければならない」と課題を示唆しました。

活発な議論が行われたパネルディスカッション

会場からの質疑応答では、「人間の安全保障ではなく、国家安全保障の議論を深めるべきではないか」「国家主権を尊重すると、それを盾にされ、独裁者が治める国での内戦や人権侵害といった人道危機に対処できないのではないか」といった昨今の世界情勢に関連した質問が数多くあがり、田中特別招聘研究員が「人間の安全保障の概念は、規範概念でもあり分析概念でもある。規範概念としては残念ながら万能でないが、どういった条件下で人間の安全保障を実現できるかを実証する分析概念としては、大きな意味がある。国家が悪事を働くのをどう防ぐかを探求するためにも、人間の安全保障研究が有用だ」と答えるなど、白熱した議論が展開されました。

最後に、JICA研究所の藤田安男副所長が閉会のあいさつを述べ、「本研究の最大の特徴は東アジアの人間の安全保障を同地域の研究者と共同で調査分析し、世界に向けて発信したこと。これからも概念の進化と実践の貢献に努めたい」と締めくくりました。

関連動画

講演「人間の安全保障 ‐ 理論と実践」(田中明彦JICA研究所特別招聘研究員)

講演「Human Security and Cross-Border Cooperation in East Asia」(峯陽一JICA研究所客員研究員)

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