タイで故スリン・ピッスワン氏追悼シンポジウムを開催し、「東アジアにおける人間の安全保障の実践」研究の成果を発表

2019.01.24

2018年12月11日、タイのバンコクにて、ASEANにおける人間の安全保障の推進に尽力された故スリン・ピッスワン氏を偲ぶシンポジウム「Diversity of Human Security Practice in Southeast Asia」をJICA研究所とチュラロンコン大学社会調査研究所が共催。この中で、書籍『Human Security Norms in East Asia』の研究成果を発表しました。同書籍は、JICA研究所の研究プロジェクト「東アジアにおける人間の安全保障の実践」の成果であり、同研究プロジェクトへ示唆をくださった故スリン氏への献辞が書籍冒頭に記されています。

この研究では、2013 年からJICA研究所が東アジアに拠点を置く36人の研究者や実務者と協同し、インドネシア、カンボジア、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、日本、中国、韓国において、人間の安全保障の概念が各国固有のコンテクストの中でどのように「理解」され、「実践」されているか明らかにすることを目的にしています。

シンポジウム冒頭ではJICAタイ事務所の宮崎桂所長が挨拶。続いて、JICA研究所の萱島信子主席研究員が、タイ外務大臣やASEAN事務総長を歴任し、JICA研究所の特別招聘研究員も務めた故スリン氏に第14回JICA理事長賞が授与されたことを紹介し、ご子息へ表彰状を授与しました。また、同研究プロジェクトメンバーで故スリン氏と親交のあったフィリピン大学のカロリーナ・ヘルナンデス名誉教授は、「Human Security and Memories of the late Dr. Surin」と題した基調講演の中で、人間の安全保障の概念の深化と進展について紹介し、ASEAN地域における人間の安全保障の概念の普及に尽力した故スリン氏の業績をたたえました。

にこやかに表彰状を受け取る故スリン氏のご子息と萱島主席研究員

続いて、JICA研究所の峯陽一客員研究員(同志社大学教授)と立命館アジア太平洋大学のゴメズ・オスカル助教(元JICA研究所研究員)が研究の概要や書籍の内容について発表しました。

まず峯客員研究員は、本研究が「概念」と「実践」の2つのフェーズで構成され、書籍『Human Security Norms in East Asia』は、「概念」のフェーズについての研究成果だと紹介。人間の安全保障の包括的な理解の重要性を強調しつつ、この概念が各地域にどう根付いているか、どう理解されているかに迫ったことを説明しました。また、国家の安全保障が人間の安全保障に貢献することが期待されますが、市民社会も重要な役割を持つことを指摘しました。

ゴメズ助教は、この研究が人間の安全保障の概念を他の地域に適応させていくプロセスに焦点を当てているとし、この概念が現地に浸透する前の段階、現地に主体性が芽生える段階、現地の事情に合わせて適応していく段階、拡大といった段階があることを説明。その間に見られる4つの傾向として、1)人間の安全保障の達成が国家の存在理由になる、2)福祉政策やセーフティーネット分野において国家を頼りにする父権主義が広がる、3)個人が国家に保護されることで国家の力がさらに拡大し、個人が脅威に対応する力をつける必要がなくなるため、ボトムアップのエンパワメントが認識されなくなるパラドックスが生まれる、4)開発の遅れや公害汚染といった開発による侵害も起きることを指摘しました。

武藤亜子主任研究員は、JICA研究所とJICA企画部によるポリシー・ノート「人間の安全保障の再考—東アジア11か国の研究からの提言—」を紹介し、3つの提言として、「政府による保護」から「人々の能力強化」へ、横のネットワークの推進、主権尊重と相互の信頼醸成の重要性を説明しました。

続いて行われたラウンドテーブル「The prospects of Human Security in Southeast Asia(東南アジアにおける人間の安全保障の展望)」では、武藤主任研究員をモデレーターに、萱島主席研究員と石川幸子 JICA 国際協力専門員が登壇し、チュラロンコン大学名誉教授で元タイ人権委員会長のアマラ・ポンサピッチ氏 、同大学社会調査研究所の副所長で本書籍の執筆者の一人でもあるスランラット・ジュムニアンポル氏を交えて議論しました。萱島主席研究員は、JICAは人間の安全保障を全ての事業の基盤とし、質の高い成長に貢献しているとした上で、インドネシアでの防災やフィリピンのミンダナオでの平和構築など、人間の安全保障に関するJICAの取り組みを紹介。石川専門員は、ASEANにおける人間の安全保障と保護する責任(Responsibility to Protect: R2P)の概念の進化に焦点を当て、故スリン氏がASEAN事務総長時代に「人を中心にする(people-centric)」という用語の認識を高めた功績を強調しました。 

会場からコメントするチュラロンコン大学名誉教授スリチャイ・ワンゲオ氏(左手前)と登壇者左からスランラット氏、アマラ氏、萱島主席研究員、石川JICA 国際協力専門員

会場を含めた議論を通して、移住労働者の人権や国境にとらわれない人間らしい社会の探求、地域レベルで人々を中心に据えた包括的な安全保障の実践、 持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)と人間の安全保障の関係性の分析など、さまざまな課題が挙がりました。閉会ではチュラロンコン大学社会調査研究所のプラパール・ピントプタン所長が挨拶し、故スリン氏への敬意を表するとともに、今後のさらなる人間の安全保障研究の推進を呼びかけました。JICA研究所でも、こうした議論を踏まえ、さらなる研究の方向性を検討していきます。

会場から積極的にコメントする峯客員研究員(写真奥)とゴメズ助教

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