世界国際関係学会2022年大会で紛争の適応的調停について議論—武藤上席研究員ら

2022.07.28

2022年3月29日、世界国際関係学会(International Studies Association: ISA)年次大会で、「紛争の適応的調停:コロンビア、モザンビーク、フィリピン、シリアにおける複雑性と不確実性への対応」と題したラウンドテーブルにJICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)の武藤亜子上席研究員とルイ・サライヴァ研究員が参加しました。このテーマは、ノルウェー国際問題研究所のセドリック・デ・コニング教授、武藤上席研究員、サライヴァ研究員が編者を務めた近刊書『Adaptive Mediation and Conflict Resolution: Peace-making in Colombia, Mozambique, the Philippines, and Syria』(パルグレイヴ・マクミラン社、2022年)と関連するものです。このラウンドテーブルでは、不安定な今日の武力紛争に的確に対処するには従来型の調停は適さないとし、不確実性や複雑性に対応する新たな手法として、紛争の適応的調停が紹介されました。まず適応的平和構築の理論的原則を議論し、この概念をコロンビア、モザンビーク、フィリピン、シリアでの近年の紛争を事例として検討しました。座長はスイスのバーゼル大学の政治学教授でスイスピース財団理事長のロラン・ゴチェル氏が務め、発表者に貴重なフィードバックを行うとともに知見を提供しました。年次大会は米国ナッシュビルで開催されましたが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、ラウンドテーブルの参加者はバーチャル形式で研究成果を発表しました。

まず、デ・コニング教授は適応的調停の概念を紹介し、その理論上の定義を示しました。適応的調停は、社会システムが突発的、動的、非直線的であるなどの複雑性を有し、それゆえに予測困難であるという考えを基礎にしています。そして、複雑性は調停プロセスに対し、主に三つの意味を持つとしました。第一に、紛争を理解し、克服する最善の方法を見出すため、学習と適応を反復するプロセスが求められること、第二に、外部からの押しつけではなく、紛争当事者自らによる合意形成が不可欠であること、第三に、オーナーシップと自立的な持続可能性を確保するため、調停者の役割を紛争解決プロセスの促進にとどめる必要があることです。デ・コニング教授は、本書籍で取り上げたコロンビア、モザンビーク、フィリピン、シリアでの事例は、当事者が交渉による紛争解決を選択する過程では、適応的調停が有効に働くことを示しているとしながら、もし当事者のいずれかが暴力によって利害を追求できると考えた場合、他の調停形態を採用する必要があるだろうと説明しました。

不安定な今日の武力紛争に的確に対処する新たな手法として、紛争の適応的調停について議論

フランスのギュスターヴ・エッフェル大学政治学学際研究院の博士課程に在籍するリナ・ペナゴス氏は、コロンビアでの適応的調停と紛争解決について紹介。ペナゴス氏によれば、コロンビアは複雑な状況下で紛争が長期化した典型例であり、さまざまな非国家武装集団や違法な経済活動が関与する紛争の調停プロセスは、1991〜2016年の間で少なくとも12件に上ります。同国の調停は、柔軟性と順応性を持つことで有効な調停戦略を形成でき、著しい成果が上がったとしました。また、レジリエントなコミュニティーや組織・制度、共同体主義のボトムアップの平和構築アプローチを促進し、被害者を対話の中心に据える上では、現地のオーナーシップが不可欠な役割を果たしました。これにより、不確実な状況下で紛争当事者間の信頼が醸成され、レジリエンスと自己組織化という目標が達成されたとしました。ペナゴス氏は発表の締めくくりに、コロンビアで実行された調停について、武装解除・動員解除・社会復帰、組織の能力強化、ボトムアップの共同体主義的な参加それぞれの関係性を概観し、従来型と適応的調停が複雑性の中で併存できることを示しました。

谷口美代子JICA国際協力専門員(当時。現・宮崎公立大学国際関係・平和学教授)は、フィリピン南部のミンダナオでの和平プロセスに関して自身が執筆した章を取り上げ、外部の支援を受けた内部関係者の適応的調停について発表。ミンダナオ地方は、アジアでもとりわけ複雑かつ長期的な紛争が続く土地であり、現地のムスリムコミュニティーと中央政府による紛争は1900年代はじめからの長い歴史があります。谷口氏は、ミンダナオ和平プロセスの多層的な調停構造を検証し、こうした内外の結びつきが当地における紛争解決と平和構築の可能性を高めたと論じました。内部の調停努力と、外部の技術的、資金的、政治的支援が組み合わさることで、内部関係者のオーナーシップの醸成と自立につながるとともに、自己組織化と能力強化が促されたとしました。特にこのモデルは公平性と当事者双方の合意に基づいたことで、結果的に紛争解決への努力に対する信頼と規範的な牽引力が高まったといいます。議論における谷口氏の主張の重要な貢献は、調停の際の規範を外部から内部へと移行することで、紛争と暴力に対するレジリエンスを高め、持続可能な平和を一層促進できるとした点にあります。

サライヴァ研究員は、モザンビークでの2013〜2019年の和平プロセスを検証し、適応的調停と政府を当事者とする直接対話こそ、新たな和平合意の達成に不可欠だったと強調しました。モザンビークでは武力紛争が再発し、北部カーボデルガード州でのイスラム武装勢力の蜂起(2017年〜現在)といった持続的な平和への新たな困難も生じる中、並行して和平交渉が重ねられてきたことを指摘。与党フレリモ率いる政府と野党レナモの間でなされた調停を3期に分けて精査し、いかにそれぞれの時期で異なる成果が上がったのか考察しました。第1期では外部から和平プロセスを推進することなく、国内のみで調停が行われ、第2期では従来型のハイレベルの国際調停の構造が基盤となり、最終の第3期では直接対話からなる和平プロセス推進の取り組みとして、小規模なチームによる適応的調停が行われました。サライヴァ研究員は、第1期と第2期の調停は、調整や柔軟性、状況に合わせた対応を欠いたため、有意義で長期的な成果は生まれなかったと説明。しかし第3期の調停では、和平プロセスの推進と、当事者双方による直接対話の推進が追求された状況適応型のアプローチで成功を収めたとし、モザンビークでの適応的調停は複雑かつ不確実な環境に対応し、和平交渉のほとんどをモザンビークの人々の手に委ね、国内から平和が生じることを可能にしたとまとめました。

武藤上席研究員は、シリアでの国内外における制約下での調停に向けた試みの事例を紹介しました。具体的には、外部のアクターがどのようにシリア紛争に関わり、4人の国連特使がいかに現地の文脈に適応しつつ調停を図ったか検証。それを通して武藤上席研究員は、国内外の要因によって複雑性が生じ、決定論的な調停アプローチ、つまり従来型のハイレベルでの国際的な調停は適さなくなったとしました。その一方で、ジュネーヴ・コミュニケの作成、小規模な停戦と人道支援、アスタナ会合中の憲法委員会の発足、国際的な非政府組織の貴重な活動、シリア市民社会が国連特使の下に結集し、ネットワークを強化しながら和平プロセスに貢献するプラットフォームの立ち上げなど、シリアで実施されたさまざまな調停の取り組みは、適応的調停がどういったものかを示していると紹介。特に支配的立場の紛争当事者や停戦の方向性が不明確な段階にあるなど、従来型のハイレベルの国際調停の取り組みが有効でないときには、従来型の決定論な調停アプローチと適応的な平和活動を組み合わせ、シリア社会のレジリエンスと自己組織化を支えることで、紛争がシリアの人々に及ぼす被害を緩和できると結論づけました。

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