ポストコロナ時代のアフリカと人間の安全保障:TICAD8でサイドイベント開催

2023.01.23

新型コロナウイルス感染症のパンデミックやロシアのウクライナ侵攻のような不安定要因は、アフリカ諸国の社会経済や金融、ガバナンスに重大な混乱を引き起こしました。これに加え、アフリカは、持続可能な開発目標(SDGs)の達成を妨げる構造的危機を根底に抱えています。

国際協力機構(JICA)と、アフリカの意識調査を手がける研究ネットワーク「アフロバロメーター」、国連開発計画(UNDP)は、2022年8月23日にウェビナー「ポストコロナ時代のアフリカと人間の安全保障」を共催しました。このウェビナーは、1993年に日本主導で始まったアフリカ開発に関する首脳級国際会議「アフリカ開発会議(TICAD)」の第8回(TICAD8)のサイドイベントとして開かれました。アフロバロメーターによる調査データのもと、アフリカ開発の成果や課題に影響する経済、社会、環境の各要因の相互関係について、著名専門家らが議論し、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)からは、牧野耕司副所長と、峯陽一客員研究員(同志社大学教授)が出席しました。

最初に、JICAの加藤隆一上級審議役(当時)が開会の辞を述べました。アフリカは基本的人権を損なう新たな課題に直面していると指摘し、JICAとアフロバロメーターの共同調査「Revisiting human security in Africa in the post-COVID-19 era(ポストコロナ時代のアフリカと人間の安全保障)」に言及しました。この調査では、人々が安全か否かを感じる原因への主観的認識を理解するため、人間の安全保障の概念を「分析レンズ」として用いていると説明。さらに、加藤上級審議役は、JICAはアフリカの長期的なレジリエンスを強化するとともに、アフリカ全土で人々の生命、生活、尊厳を守ることに取り組んでいると強調しました。

加藤隆一JICA上級審議役(当時)

続いて、アフナ・エザコンワ国連事務次長補兼国連開発計画(UNDP)アフリカ地域局長が基調講演を行いました。『人間開発報告書2022』(UNDP)のデータを引用し、近年、世界で不安定性への懸念が増大しており、その傾向はパンデミック以前から始まっていたと指摘しました。さらに、これらの外発的要因は、数十年にわたる開発の成果を損ない、多次元的な脆弱性を増大させ、人間の安全保障の課題を引き起こしていると警鐘を鳴らしました。また、新たに生じた複雑な課題に取り組むために、世界全体で協調する取り組みの必要性を喚起しました。

アフナ・エザココンワ国連事務次長補兼国連開発計画(UNDP)アフリカ局長

次に、ステレンボッシュ大学(南アフリカ)のガイ・ラム教授が発表を行い、アフロバロメーターによる調査の分析結果を示しました。この調査では、さまざまな発展段階にあるアフリカ6カ国(アンゴラ、ガボン、ケニア、ナミビア、ナイジェリア、チュニジア)の人間の安全保障状況が確認されました。ラム教授は各国が抱える課題を精査し、人間の安全保障の枠組みによって人間開発に有益な知見を提供することなど、いくつかの提案を行いました。また、将来の緊急事態に対する政府の備えについて、人間の安全保障の枠組みに基づく計画策定やリソース配分の改善を優先すべきだと述べました。

ガイ・ラム教授(ステレンボッシュ大学)

峯客員研究員は発表へのコメントで、この調査で明示された人間の安全保障の7要素、すなわち経済、食糧、保健、環境、人、地域社会、政治を一つの複合的総体とみなす必要性に同意し、「なぜなら安全保障では、一つの問題が生じる際、別の安全保障領域に常に複数の影響が生じるからだ」と述べました。また、人間の安全保障のアプローチを成功させるには、一般の人々が人間の安全保障の様々な側面について定期的に見解、経験、評価を共有できるフィードバックの機会を創出するべきと強調しました。

峯陽一客員研究員(同志社大学グローバル・スタディーズ研究科教授)

また、因果関係が分かりやすい調査結果もあれば、想定外の結果もあると指摘。一例として、比較的貧しい人々のほうが、豊かな人々よりもずっと将来に楽観的であると述べました。そのうえで、性別、年齢、職業、民族、居住地(都市部・農村部)の区別ごとに、実状と人々の認識を精査することを提案しました。

続くパネルディスカッションには、峯客員研究員と牧野副所長のほか、マラウイのブレッシング・チンシンガ地方自治相、アフリカ連合(AU)委員会のシーラ・シャワ上級技術・パートナーシップ専門家(保健・人道問題・社会開発担当)、UNDPアフリカ局で戦略・分析・調査班を率いるレイモンド・ギルピン・チーフエコノミストが参加しました。議論では、人間の安全保障問題への対応で政府などの機関が果たしうる役割や、アフリカにおける人間の安全保障への認知・対応状況などの話題が取り上げられました。

ブレッシング・チンシンガ地方自治相(マラウイ)

チンシンガ地方自治相(マラウイ)は、外的要因を踏まえず、アフリカ各国政府の主体性のなさを責める傾向があまりに多く見られると指摘し、外的・内的要因がどのように関わり合い、人間の安全保障に影響しているのかを理解する必要があると述べました。また、アフロバロメーターが一般のアフリカの人々の声を取り入れたことを評価し、このような取り組みは政策立案者が人間の不安の根底にある力学のニュアンスを実践レベルで理解するのに役立つと述べました。 今後アフリカ各国政府が政策介入を検討するにあたり、 研究プロジェクトで連携するとともに、各国間で互いに学び、経験を共有する文化を育むべきだと主張しました。

シャワ上級技術・パートナーシップ専門家(アフリカ連合委員会)は、人間の安全保障のさまざまな要素を促進する取り組みに国家政策の方向を合わせることが不可欠だと論じました。さらに、問題を過大視することなく、解決策の構築に焦点を当てながら、問題意識を高めて、対話を重ねていくことが重要だと述べました。このほか、民間セクターの参画によって政府の取り組みを支える必要性を指摘。政府が保健危機に完璧に備えることは不可能かもしれないが、次なる危機に対応するため、先進的なサーベイランス・治療体制を導入する必要があると主張しました。

シーラ・タマラ・シャワ上級技術・パートナーシップ専門家(アフリカ連合委員会)

牧野副所長は、国や国民、地域社会は、新型コロナウイルス感染症や気候変動、暴力的紛争といった脅威が絡み合う状況に直面しているため、人間開発の道のりは変化の激しい不安定なものになりかねないと説明しました。また、脅威がもたらす影響を考慮し、マルチセクトラルなアプローチを採用すること、政府、市民社会、企業、国際開発パートナーによる綿密な連携を促進することが必要だと指摘しました。

牧野耕司副所長(JICA緒方研究所)

峯客員研究員は、人間の安全保障の7要素を調査で採用したことは、各分野の所管機関を一つの枠組みにまとめ、官僚機構の縦割りを乗り越えるための工夫だと説明しました。また、有意義な介入を行うには、日本の都道府県データを用いて作成された「日本の人間の安全保障」指標のような人間の安全保障に関するパフォーマンスを測定する指標が極めて重要になりうると指摘しました。さらに、日本とアフリカの政策立案者が指標の作成で協力することを提案しました。

ギルピン・チーフエコノミスト(UNDPアフリカ局)は、私たちが向き合うべき重要な課題は「人間の安全保障の要素をどう特定し、どう測定するかだけでなく、その要素がわれわれのアフリカ開発の在り方に何を示唆するのか」だと指摘しました。また、その理由として、過去30〜40年にわたり「われわれは貧困を撲滅することに必死で、開発のマネージに注力していなかった」からだと述べました。ほかにも、開発と安全保障を推進するさまざまな要因間の関係を理解するため、高頻度データを蓄積し、モデリングを増強するよう呼びかけました。さらに、アフリカの多様な文脈に合わせ、多次元脆弱性指標を活用することが重要だとの認識を示しました。

レイモンド・ギルピン・チーフエコノミスト(UNDPアフリカ局)

質疑応答では、ロシアのウクライナ侵攻がアフリカに及ぼす影響などについて、聴衆から質問が挙がりました。

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