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共同研究から始まった取り組みが大きな成果に:タイでの自治体間協力の取り組みをまとめたプロジェクト・ヒストリー刊行セミナー開催

2016年8月2日

プロジェクト・ヒストリーシリーズ第15弾『地方からの国づくり 自治体間協力にかけた日本とタイの15年間の挑戦』出版記念セミナーが2016年7月22日、JICA研究所とJICA地球ひろばとの共催で、JICA市ヶ谷ビルにて開かれました。

本書は「タイの自治体能力向上プロジェクト」を中心とした約15年の取り組みの軌跡をまとめたもので、セミナーでは、実際にプロジェクトに携わった3人の著者、学識経験者、そして現場の専門家が発表し、約70人の参加者がガバナンス支援の可能性について考えました。

JICA研究所の北野尚宏所長は開会のあいさつで、「シリーズ15冊目の今回が、最も難易度の高い書籍だった。というのも、今回は『自治体間協力』というガバナンス支援という見えないものの書籍化だったからだ」と述べました。

発表する平山氏

この協力は、日本とタイ両国の学識経験者による共同研究(2000年8月~2002年8月)として始まり、相互に意見交換を重ねて「自治体間協力」を柱としたプロジェクトに発展し、フェーズ1からフェーズ3(2003年9月~2004年9月、2005年10月~2008年10月、2010年2月~2013年2月)にわたって、タイにおける自治体間協力のモデルと制度づくりを行いました。本書の著者は、共同研究会およびタイへのガバナンス支援の可能性を探る調査団(1999年3月~4月)のメンバーの一人である永井史男氏(大阪市立大学大学院法学研究科教授)、フェーズ1にかかわった木全洋一郎氏(JICA産業開発・公共政策部)、フェーズ2~フェーズ3に参加した平山修一氏(株式会社シーエスジェイ研究開発部部長)の3人。講演では、木全企画役がJICAのガバナンス協力の概要とタイ地方行政能力向上プログラムの概要について述べ、各人がそれぞれかかわった時期について具体的なエピソードも交えて話しました。

発表する永井教授ら

日タイ共同研究会に先立ち、2000年4月~7月にJICA短期専門家としてタイに赴き、テーマ絞り込みに奔走した永井教授は、自治体間協力の推進とともに行政サービスの効率と効果を向上させるために自治体合併を提案したが、自治体合併はさすがに内政に入り込みすぎではないかと取り下げを申し出たところ、逆にタイ側の学識者から重要な問題なのでぜひ入れようと言われたとのエピソードを披露しました。共同研究会の経験を通し、永井教授は、設定するテーマが大変重要だとし、ガバナンス支援は相手国の統治体系にも踏み込むナイーブな領域であるため、共同研究会で幅広い課題の認識が共有できたことが有用だったと振り返りました。

プロジェクトのフェーズ1について述べた木全企画役は、「そのときプロジェクトが動いた!」という長野県での本部研修のエピソードを語りました。タイ側の「日本の自治体間協力の現場が見たい」という要望を受け、隣接する自治体が一部事務組合をつくり設置した組合立小学校を見学した際、「第二次大戦後の物資不足の時代には子どもを学校に通わせるお金も学校もなかった。住民たちが話をし、どうしたら子どもを学校に通わせられるかというところからこの組合ができた」という長野県の話に、タイ側の研修参加者は、今のタイの地方と同じだと親近感を覚えたとのこと。日本での研修期間中は、夕食の後、タイ人だけで夜を徹した議論が行われ、研修に参加していた内務省地方自治振興局長は、研修に参加する前は自治体間協力にあまり積極的ではなかったが、国レベルでの関連法の整備や事業立ち上げまでの道筋などを検討して現場がやっていける環境をつくらなければならない、と研修期間中に考えを一転させた、と木全企画役は振り返りました。

コメンテーターの片山副学長(中央)と尾崎氏

フェーズ2から加わった平山部長は、初めの半年が勝負だと考え、パイロットサイトの一つに、早期に成果が見せられるところも選んだと説明。木全企画役はまた、2006年のクーデターの際、タイの学識経験者から「憲法が変わるぞ、自治体間協力を条文に記載できる」と言われ、実際、新憲法に自治体間協力の文言が記載されたことを紹介しました。

共同研究会のメンバーだった片山裕氏(京都ノートルダム女子大学副学長)はコメンテーターとして、「よくここまでプロジェクトを発展させることができた」と本書の感想を述べ、相手に身を添わせ、共に考えるという日本流で、結果的に最も野心的なガバナンス・プロジェクトとなった、とまとめました。

専門家としてフェーズ1にかかわった尾崎和代氏は、苦労も交えながら、共同研究成果を活かしたプロジェクトが形成できたということ自体が一つの成果ではないかと思うとコメント。共同研究会というのは、現地の精度の高い情報を両国間の学識経験者が多角的な視点から分析して、課題を抽出するという非常に贅沢な事前調査であり、手間も時間もかかるが、このプロジェクト形成のやり方は、平和構築や国づくり支援などでも応用できるのではと感想を述べました。

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