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エンジニアたちが語るネパール・シンズリ道路建設の挑戦:プロジェクト・ヒストリー出版記念セミナー開催

2016年9月5日

JICA研究所は、JICAが行ってきたプロジェクトの軌跡と成果をまとめた「プロジェクト・ヒストリー」シリーズを刊行しています。その第14弾として2016年3月、『未来をひらく道 ネパール・シンズリ道路40年の歴史をたどる』を刊行しました。JICA研究所、JICA地球ひろば、一般社団法人海外コンサルタンツ協会(ECFA)(共催)は、8月23日、その出版を記念するセミナーをJICA市ヶ谷ビルの国際会議場で開催しました。

著者の亀井課長と登壇したエンジニアたち

ネパールのシンズリ道路は、インド国境側に広がるタライ平野の都市バルディバスから首都カトマンズ近郊のドリケルまでを結ぶ総延長約160キロメートルの山岳道路です。日本政府による無償資金協力の支援を受けて、構想から40年、着工から20年を経て2015年に完成しました。急峻な山岳地帯の道路づくりを支えたのは、ネパールと同じように山が多い日本の土木技術です。しかし、道路の完成までには、国際情勢の変化、10年にわたる内戦など、国内外の情勢に起因する数々の困難をくぐりぬけなければなりませんでした。本書は、この事業の構想から建設に至る歴史、エンジニアたちの活躍、完成によってもたらされたインパクトについてまとめています。

開会のあいさつに立ったJICA研究所の北野尚宏所長は、「セミナーを通じて海外で活躍する土木屋の醍醐味を味わってもらいたい」とコメント。ECFA副会長の有元龍一氏は、2015年4月に発生した大地震で多くの道路が大きな被害を受ける中、シンズリ道路はほとんど被害を受けることなく、救助や救援物資の輸送など復旧の大動脈となったことを振り返り「困難なプロジェクトをやり遂げる執念を次の世代に伝えたい」と語りました。

著者であるJICA南アジア部南アジア第三課の亀井温子課長(前JICA研究所企画課)は、シンズリ道路の歴史と概要、成果などを中心に書籍の内容を紹介しました。重機を使うことができない急峻な地形では人力が頼りだったこと、自然災害による崩壊や工事のやり直しがあったこと、さらに、10年にわたる内戦下での取り組みなど、道路の完成までに現場のエンジニアたちが乗り越えてきたさまざまな困難について説明。「当初は日本とネパールの関係について書きたいと考えていたが、話を聞くうちに困難にチャレンジしたエンジニアについて書きたいと思うようになった」と執筆の意図を語りました。

シンズリ道路建設前の道

続く講演では、「土木と人生」をテーマに、工事に携わった4人のエンジニアが、それぞれの経験からシンズリ道路の魅力や海外事業の醍醐味、そして海外でのインフラ整備に協力する後輩エンジニアへのメッセージを語りました。

1986年の開発調査に参加して以来、工事監理の支援や工事完了時の維持管理強化プロジェクトなど30年近くにわたってシンズリ道路に関わってきた日本工営株式会社の新開弘毅氏は、シンズリ道路を手のかかる「愛するどら息子」と表現し、困難な状況を乗り切るためには「常にベストな選択をするのではなく、状況に応じてセカンドベストの採用も検討する勇気と柔軟な発想が必要」と述べました。

2000年から2013年までシンズリ道路開発事務所でプロジェクトマネージャーを務めた同社の片桐英夫氏は、斜面・基礎地盤の掘削や仕上げ、石積み擁壁(ようへき)の作業など、重機が使えない環境でのネパール人労働者の真摯な働きぶりを紹介し「シンズリ道路は人生の集大成。誰か一人欠けてもできなかったプロジェクトだった」と振り返りました。

現場で活躍したエンジニアたち(第三工区)

同社の山下佳久氏は、1993年のアフターケア調査から、直接・間接的に20年以上にわたって携わってきました。「シンズリ道路を通る人に日本を感じてほしい」と、腰石積(こしいしづみ)の採用やのり面の緑化、地形や環境との調和など日本ならではの設計を説明。「すでに手から離れたが、いつまでたっても心配の種は尽きない」と、シンズリ道路への思いも語りました。

2010年から最終の第三工区でプロジェクトマネージャーを務めた株式会社安藤・間の猪狩哲夫氏は、カントリーリスクとの直面、利益追求と国際協力のバランスなど、民間企業が途上国のインフラ整備事業で直面する難しさに触れるとともに、「日本の技術のネパールへの移転は当たり前。品質管理や工程管理、安全・環境管理などのマネジメント教育がより重要になる」と述べました。

質疑応答では、ネパール人参加者から日本の協力への感謝が伝えられたほか、登壇した4人のエンジニアに対して、当時のことを知っている同業者やNGO、ボランティア関係者から労いの言葉もありました。また、大地震からの復興を目指すネパールに対する支援の在り方についても意見が交わされました。

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