インタビュー【JICA-RIフォーカス 第16号】 片柳真理研究員に聞く

2011.08.02

人権に基づく開発アプローチを追求──片柳真理研究員が語る人間の安全保障プロジェクト

先ごろ開かれた国際開発学会の春季大会で、JICA研究所の片柳真理研究員がボスニア・ヘルツェゴビナでJICAが実施する住民自立支援・信頼醸成プロジェクトの分析結果を発表し、「下からの平和構築の成功事例」と評価しました。その要因とともに、片柳研究員が専門とする“人権に基づく開発アプローチ”などについて聞きました。

持続的なステージに入ったボスニアの平和構築プロジェクト

ボスニア・ヘルツェゴビナとは、日本大使館の専門調査員、また上級代表事務所政治顧問として、これまで深くかかわっていらっしゃいます。そこで得られた知見、経験が一連の研究活動に生かされていると思います。

2001年から03年にかけて専門調査員として活動を続けましたが、当時は紛争後の大きな枠組みを定めたデイトン合意から6年が経過しており、ある程度落ち着きを取り戻している状況でした。仕事としては主に草の根無償の実施を担当し、それまで主体だった小学校の修復などインフラ支援から、帰還民の所得創出プロジェクトなど出来るだけ自立を促せるようなプロジェクトを考え、例えば農業関係の支援に力を入れていきました。

国際機関や他のドナーは、比較的、帰還民に特化して支援するという手法をとっていましたが、私たちはコミュニティ全体を視野に入れ、違う民族同士が協働で作業していけるような所得創出・向上プロジェクトの推進に留意していきました。ご指摘のとおり、そうした活動を通して得た知見、経験は、現在の研究活動に反映されており、JICAが実施している、いわゆる平和構築プロジェクトを分析する一つの“視点”になっています。

先ごろ開催された国際開発学会「第12回春季大会」で、「下からの平和構築~スレブレニツァにおける住民自立支援及び信頼醸成プロジェクト」について分析結果を発表されました。

これはJICAが06年3月から2年間にわたり実施した「スレブレニツァ地域における帰還民を含めた住民自立支援(人間の安全保障プロジェクト)」と、同じ地域ながら対象とするコミュニティを広げてこの9月までの予定で実施されている「信頼醸成のための農業・農村開発プロジェクト」を分析したもので、住民自らが主体となった農業分野の活動を通じコミュニティの再生が図られており、まさに平和構築の成功事例だと捉えています。

まず、このプロジェクトに注目したのは、地方自治体が非常に“乗り気”になっているということです。ボスニアに長く居た者にとって、これはきわめてめずらしいことなのです。“歓迎します。どんどんやってください”という態度は見せても、自分たちもやりますといった積極的な姿勢はなかなか見られない。ところが、このJICAプロジェクトでは途中からオフイスも設置され、専従的な要員も配置されています。もう一つは、プロジェクトに参加している受益者らが協力するアソシエーションや協同組合をいくつか形成し、共に事業に取り組んでいこうという姿勢を強めていることです。こうした動きは、一連の活動が持続的なステージに入ったことを示しており、しっかり現地に根付いてきていると捉えています。

成功の要因についてどう分析されていますか。

民族和解については、例えば何かイベント的な支援を行っていくという手法も考えられますが、このプロジェクトは、まさに自分たちが生きていくために農業を行うという点に基軸が置かれており、生活を支えるためには相手が誰であれ協働していこうという必然性があったのです。もともとご近所で一緒に暮らしていた人々ですから、共に活動してみれば偏見や恐怖心は薄れてしまう。もちろん、紛争前のように親しい友人としてつき合っていくのは依然、難しい状況が残っているものの、少なくとも協働できるし、その結果、お互いの所得・生活水準が上がっていくのであれば、抵抗なく活動を続けていくことが出来る。ここまで来れば、後は彼らのやり方に任せ、アソシエーション、あるいは協同組合の設立などを通し、成果を発展させていくことが可能だと思います。

最初のプロジェクトでは、6つの地区を対象に牧草生産、農機共同利用、イチゴ生産、養蜂など9つの事業が行われましたが、養蜂事業ではセルビア人3人、ボシュニアック(ムスリム)2人のアドバイザーが対象地域を巡回し、民族の別を問わず指導に当たりました。彼らからトレーニングを受けた人々が、今度はまだ指導を受けていない別の住民にそれを伝えていくという動きも活発化している。こういう状況を創出していったこと、このJICAプロジェクトの素晴らしさはこうした点にあると思います。それも、あくまで住民を主役としつつ、彼らのやる気を引き出した専門家の力があってのことと言えます。

プロジェクトサイトであるスレブレニツァは、1995年に7,000人を超えるボシュニアックの男性らが虐殺された地として知られています。コミュニティの再生は、本当に難しい仕事だと思います。

まず、お互いの“恐怖心”を乗り越えていかなければなりません。ボスニア・ヘルツェゴビナでは、民族という要素を前面に出した政治体制となっており、そこから抜け出すのはなかなか大変なことですが、JICAプロジェクトの例に見られるように、少なくともコミュニティレベルでは民族の別を度外視して、協働できるところは一緒にやっていこうという例も見られます。そこがまさに「人間の安全保障」の“恐怖からの自由”というところにつながっていると思います。自分に危害を加えるかもしれない存在と思うか、あるいは少なくとも共存できる存在と思えるか、この違いはきわめて大きいと考えています。

ボスニアには通算8年以上滞在しましたが、その間、「日本は何故、ここまで協力してくれるのか」という質問をよく受けました。一般的に、どちら側に付いているか、いわば自らの立場を鮮明に打ち出す欧米諸国と違って、日本は中立的と思われており、こうした平和構築の活動には向いていると思います。

紛争後の土地・不動産問題の研究に着手

今後の研究活動計画とそのポイントを教えてください。

研究員になった当初から、「アフリカにおける暴力的紛争の予防」にかかわる研究に従事しており、現在、終盤に差しかかっている状況です。この研究は暴力的な紛争を生む構造的な要因や政治プロセス、人々の意識などに着目し、それらが社会の安定・不安定にどうつながるのか、その仕組みを明らかにすることが目的になっています。代表者は峯陽一客員研究員、さらに研究所内では武内進一上席研究員、三上了研究員と私の3名が関わっています。ナイジェリア、ケニア、ガーナ、ジンバブエ、南アフリカ、タンザニア、ウガンダの7カ国を対象に意識調査を行い、人々がアイデンティティ集団間の格差をどのように見ているのか、他の集団にどんな感情を抱いているのか、等を探りました。

質問表は海外の研究者と研究所チームが協力して作り、現地のコンサルタントを雇用し、彼らにインタビューを依頼するという手法で調査を進めたわけですが、必ずしも貧困集団が他のグループに対して敵意を持つことはなく、逆に経済的にある程度の水準に達したグループが他の集団に対して敵意を持つといったことが分かってきています。ある程度の経済水準に達すると、それを守ろうとする意識が強まる傾向があると思います。このプロジェクトは2回のワークショップを通じて海外の研究者とうまく研究の求心力を形成することができました。現在最終成果を取りまとめ中で、結果については来年、英文書籍を刊行する予定です。

一方、新規の研究プロジェクトでは、平和構築におけるボスニア・ヘルツェゴビナの土地・不動産問題をテーマとした研究活動が始動しており、2カ月半の準備フェーズを終え、この7月から本格フェーズに入っています。これも比較研究として進めていく方向にあり、私が担当するボスニアのほか、東チモール、スリランカ、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、コロンビア、さらにカンボジアの各国につき、それぞれ担当者が研究を進めていく予定です。

研究目的は国家建設と経済発展の視点から土地・不動産の問題を分析し、それを通じて平和構築を評価することです。ボスニアについては①国際機関が大規模に関与した難民・国内避難民に対する不動産返還問題、②農地の問題、③国有不動産の確定という3つの角度から研究を深めていきたいと考えています。ボスニアは、デイトン合意にもとづき2つのエンティティーが作られ、その上に中央政府が置かれるという統治形態になっており、中央政府の財産がどれか未だに分からないという状況です。今回の比較研究を通じて他の国々や機関が紛争後の土地・不動産問題にどう取り組んでいるのか、整理しておくことには大きな意義があると考えています。

「人間の安全保障」と「人権に基づく開発アプローチ」はどのような関係にあるのでしょうか。

「人間の安全保障」はさまざまな問題を捉える時の、いわば“傘”になるような大きな概念であり、だからこそ多様な解釈があるのだと思います。この概念については狭く定義するのではなく、緩やかな概念であってよいのではないかと考えています。私は国際人権法を専門にしていますが、人権に関しては国際法の中で具体的に規定されており、はっきりとした基準が設けられています。そこが “人権に基づく開発アプローチ”の強みとなります。そのため、このアプローチを採ることが有効な場合も多いと考えています。

ただ、ジレンマはその有効性や重要性がなかなか伝わらないということです。これまでの“切り口”や“伝え方”をいま一度見直し、もっと有効な切り口を探り、トライし続けたいと思っています。

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