インタビュー【JICA-RIフォーカス 第21号】 佐藤 峰リサーチ・アソシエイトに聞く

2012.04.20

青年海外協力隊の学際的研究を推進──佐藤 峰リサーチ・アソシエイトが語る日本で初めての本格的な協力隊研究

青年海外協力隊(JOCV)事業は、参加した日本の若者にどのようなインパクトを与えているのか。その意識の変化を追跡し、JOCV事業の成果や課題を総括的に、かつ学際的に総括しようというユニークな研究プロジェクトが進んでいる。立ち上げから深く関与しているのがJOCV OVの佐藤 峰リサーチ・アソシエイトです。JICA研究所におけるこれまでの取組み、さらに「青年海外協力隊の学際的研究」のポイントなどを聞きました。

「人」が発想の出発点

1997年から2年間、青年海外協力隊(JOCV)に参加されていますが、途上国経験はその時が初めてですか。

村落開発普及員として中米のニカラグアで活動しました。2年間という長期にわたる途上国経験はその時が初めてで、いまふり返ってみるとやはり大きな財産になっていると思います。日本での大学時代、また英国の大学院留学時代は、グラミン銀行などマイクロクレジット分野が女性のエンパワメントに与える影響を研究していましたが、その頃の問題意識としては「途上国の女性は社会的、経済的にさまざまな問題を抱えており、私たちが解決策を提示してやらなければならない、もしくは解決プログラムがうまく機能しない時は、側面から助言しなければならない」という見方に若干立っていたように思います。ところが、いざ現地に住んでみると少ない収入の中で豊かに暮らす知恵など、実際には私たちより能力がある。また、途上国にはリソースがないと盛んに言われていましたが、決してそうではなく、少なくとも中南米に限って言えば、コーディネーションさえよければ多くの事が可能という事実に気づかされたのもJOCV時代のことです。

隊員として二年間を過ごした後、博士号取得のため米国に留学、人文学の博士号を取得しました。その後、同じニカラグアで「住民参加活動」のJICA長期専門家として活動した後、ユニセフ、さらに国際協力銀行(JBIC)の専門調査員などの職務を経験しつつ、大学での非常勤講師、研究機関の共同研究員を兼務しています。

ユニセフとJBICではどのような業務に従事されたのですか。

ユニセフではパキスタン事務所に配属され、主にHIV/AIDS対策を担当しました。特に留意した点は、パキスタンの文化・伝統を踏まえた予防活動はどうありうるかということで、現地の文化に合わせた形で予防計画を立案し、啓発用の教材を作るとともに、影響力の大きい宗教リーダーらへの啓発・指導活動を重点的に行いました。また、JBICでは借款契約(L/A)を結ぶプロジェクトの「社会開発」要素を強化する仕事を主に担当しました。例えば、植林事業に対し必要資金を貸し付けるだけでなく、住民組織の形成、マイクロファイナンスのコンポーネント付加など社会開発のパッケージをしっかり入れ込んでいくという仕事です。

一言でいえば私の研究スタンスはすべて「人」から出発しています。人や集団が自律的に課題対処能力を向上させるために、人や集団がどう向上していけるか、そのための制度やシステムはどうありうるかということが、私の発想の出発点になっています。その問題意識の下、JICA研究所では専門である開発人類学の枠組みを生かした定性研究に携わっています。

JICA研究所では、どのような研究プロジェクトに携わられていますか。

一つはCD(キャパシティ・デベロップメント)関連のプロジェクトで、個人や集団などの能力向上を支援していくため、これまで取り組んできたことを概念的に検証しつつ、新しい事例から学び、さらに効果的なアプローチを導き出すという研究を進めています。具体的な事例では、コロンビアの都市スラム再開発のケースを取り上げ、過去に介在したドナーの間接的な支援を得ながら住民がどう学び、生活環境を改善・向上させていったか、そのプロセスを抽出しました。もう一つはマラウィにおける灌漑開発と農民の組織化に関する研究で、これについてはコロンビアとはまったく逆の視点からアプローチしました。つまり、参加型開発を唱える人々は“住民は協力するもの”という前提に立つのに対し、“どうして人々は協力しないのか”という切り口に立ったわけです。小規模灌漑を整備して、どういうリソースの奪い合いがあるのか、住民どうしの協力関係がうまく形成されているところは、何故協力が成り立っているのかなど、どちらかと言えば懐疑的なアプローチを取っていきました。

CD研究については、間もなくワーキング・ペーパー(WP)を発表する段階にあり、マラウィの方についてはすでに昨年11月に共著でWPを発表しています。私としては、より多くの方々に読んでもらいたいと思っており、内外の学会誌への投稿を視野に入れております。

研究所の比較優位を生かした協力隊研究

今後、予定されている研究プロジェクトの中では「青年海外協力隊の学際的研究」が注目されます。OVとして非常に“思い入れ”のあるテーマだと思いますが。

これは立ち上げから携わっている研究テーマで、協力隊事業の成果、課題などを総括的に分析していくことが狙いになっています。調査にはすでに着手しており、派遣前訓練に打ち込むすべての隊員に質問表を配布し、「派遣前」、「派遣中」、「帰国後(2~3年)」というサイクルで彼らの意識がどう変わっていったかを追跡、それらを総合的に分析していくことでJOCV事業がもたらす意識変化というものを長期的に見ていきたいと考えています。1回のサイクルが終わるまでに最低5年はかかるのではないでしょうか。

私が重点的に担当していきたいと思っているのは「異文化(社会文脈)理解」に関わる部分です。帰国隊員に配布した質問表から分かったことは5人に1人の隊員が帰国後半年経っても「現地に溶け込めたと思っていない」ということです。せっかく協力隊に参加して、これは少しもったいないな、という気がする。OVの一人としては“なるべくストレスをなくして、楽しくやって欲しい”という思いがあります。そのためにはどうあるべきか、今回の研究を通して考えみたいと思っています。

現在、過去の資料や報告書を通し、協力隊に参加した日本の若者がどういう異文化観を持っていたかを分析していますが、私の経験から言っても途上国の人々は“すごい他人”という感じはない。一般的に、日本人は島国で育っているから異文化を理解し難いという見方に立ちがちですが、言語文化構造などを考えると意外にそうではないという気がします。協力隊の後輩には、そんなに違う環境のところに行くのではないですよというメッセージを、学際的な根拠を背景に発信していければと考えています。その根拠を打ち立てていくことも今回の研究活動の目的になっています。

もう一つは、「よい隊員活動とは何か?」という事業としての基準(ビジョン)を明示し、それが隊員の方々に理解されることで士気をあげていくことです。協力隊事業には、(1)開発途上国の経済・社会の発展、復興への寄与、(2)友好親善・相互理解の深化、(3)国際的視野の涵養とボランティア経験の社会還元という目的がありますが、隊員個人のレベルに具体的にこの目的を落とし込んだ際の「どういう基準の活動がよい隊員活動であるか」の規定が実は曖昧です。そこで開発人類学の枠組みを利用して、この目的を個人レベルに転換した仮説を形成し、実際に「好事例」としてメディアなどで発表されているものを分析して仮説検証することを試みようと思っています。

更に隊員がどのような局面で異文化ストレスを体験しているのかについて、質問票の結果・報告書・インタビューなどから分析・類型化し、隊員の相談を受ける立場の調整員の業務への一助となるような研究もしたいと思っています。

1サイクル5年といった長い研究活動になりますが、現在、どういう段階に入っていますか。

研究自体は昨年12月から本格化しており、質問表についてはシステム化し、Web上からアクセスできるようにしています。その結果の分析を進めながら、論文計画を作り、私が興味・関心を持つ部分と社会的意義の部分のすり合わせを進め、まず1年目の成果をWPとして発信していく計画です。

青年海外協力隊事業をテーマとした学際的な研究は今回が初めてのことで、しかも、政治学、定量分析、そして私のような定性分析を行う研究者らが一堂に会して取り組んでいけるのは、まさにJICA研究所の比較優位だと考えています。

研究・教育・現場の三角形の中で

最後にこれからの目標などをお聞かせください。

どこに所属するかということが重要ではなく、「研究」、「教育」、そしていわゆる「現場」の三角形の中で、重点を移しながらもすべてに関わっていきたいと考えています。この業界は、私は研究をやりたいと言って、研究職のポストが用意されているわけではありません。例えば大学で研究活動をやりつつ、学生に教え、さらにフィールドに出向き、協力事業に打ち込むこともあります。いわば“ジョブ・オポチュニティー”に応じ、柔軟、かつ機動的に動いていきたいと考えています。

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