インタビュー【JICA-RIフォーカス 第28号】 島田 剛主任研究員に聞く

2014.10.02

島田主任研究員に聞く

島田剛主任研究員は、研究所で幅広い分野の研究に携わっていますが、今回はコロンビア大学IPDとの「産業開発戦略」に関する共同研究、カイゼンを中心とした中小企業振興研究、さらに「ポスト2015年における開発戦略に関する実証研究」で取り組んだソーシャル・キャピタルと中小企業振興に関する研究の成果について、お話を伺いました。

現在、研究所で様々な研究案件をご担当されていますが、まずコロンビア大学ジョセフ・スティグリッツ教授が率いる同大学政策対話イニシアティブ(IPD)とJICA研究所との共同研究「産業開発戦略」の今日までの成果についてお話いただけますか。

JICAとIPDの共同研究はもともと、2008年に横浜で開催された第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)の際のサイドイベントで、JICAが、スティグリッツ教授、タンザニア、エチオピア、モザンビークなどアフリカ諸国の大統領や首相、アフリカ開発銀行のドナルド・カベルカ総裁と共に、開発における政府の役割について議論したことから始まっています。このTIVAD IV に始まったアフリカタスクフォースは、経済成長の促進、貧困撲滅といったアフリカの課題に対し、アジアの開発経験の適応可能性のほか、国際貿易、ガバナンスなど、政府が果たす役割について検討を進め、その結果はオックスフォード大学から書籍として出版されました。その後、「アフリカ経済の構造転換」をテーマとした研究が行われ、この成果は2013年第5回アフリカ開発会議(TICAD V)において、スティグリッツ先生も参加したシンポジウムとタスクフォースで発表され、その後英文報告書が完成しています。この英文報告書については、最近コロンビア大学出版会が商業出版することが決まりました。現在のIPDとの共同研究では、アフリカだけに特化せず金融政策なども含めた広義の産業政策に注目し、物理学者なども参加しこれまでと違う視点から産業政策について論じる研究を行っています。経済成長や産業化において、かつてはSolow(1957)が議論していたように技術の導入が生産関数を上方へ押し上げると考えられてきていました。しかし、実はこれまで残差(residual)として重要視されてこなかった経営的能力(management capital)やソーシャル・キャピタルが実は重要なのではないか。どうしたらLearning societyを作り上げることができるのか、という視点で研究をしています。こちらについても別な本としてまとめる予定です。

JICAが実施する産業政策支援の取り組みとして、「カイゼン」の導入があります。島田研究員は今年(2014年)開始された研究プロジェクト「経営的人的資本向上による中小企業振興インパクト分析 – カイゼンを中心に」にも携わっておられますが、このプロジェクトの背景と目的についてお話いただけますでしょうか。

2008年に、エチオピアで開催されたIPDのタスクフォース会合に参加したエチオピアのメレス首相が、カイゼンに強い興味を持ち、日本の支援を要請したことを受け、JICAは同国でのカイゼン導入支援と産業政策対話を継続して行って来ました。私自身は、当時産業開発部に所属しており、この支援に関与してきました。日本の協力はカイゼンなど「現場」を大切にして支援をするとことに特徴がありますが、その実際の成果については学術的な分析をさらに積み上げていく必要があります。そこで、今回はカイゼンの産業政策上の有効性をより科学的に分析し、立証することを目的として、研究プロジェクトを開始することとなりました。

すなわち、日本企業の経営技術であるカイゼンが、中小企業の経営にどのような影響を及ぼし、どのような成果があるのかを明らかにすることが研究の目的となる訳ですが、カイゼンが中小企業経営の改善に果たす役割と影響とは、具体的にはどのようなことが挙げられますか?

カイゼンというのは「無駄をなくす」ことです。無駄をなくし品質を上げ、生産性をも上げていくという考えです。例を挙げますと、目の前に100の数字をランダムに書いた表を渡して、「そこから5という数字をすべて見つけなさい」という指示を出すと、どれくらい時間がかかると思いますか。だいたい20秒から30秒は最低かかると思います。でも、それがちゃんと整理されていたらどうでしょうか?一瞬で選べますね。つまり、その30秒が無駄な時間です。職場の中でファイルが整理されていなければ、それを探す30秒が毎日恒常的に発生します。大企業でその従業員1万人が30秒の無駄をしたとすれば、それだけで一日あたり5000分のロスになるわけです。途上国の産業の根幹は、基本的な産業製品の生産にあります。それ故にロジスティックスにおいて無駄をなくすことは非常に重要、かつ、生産性に大きな影響を与えるのです。また、カイゼンは、単に生産効率を上げるだけではなく、労使関係の発展にも役立つと思います。日本の1950年代からのカイゼンの導入は、建設的な労使関係を構築することに貢献しました。労働者と資本家の間の利潤の分配(労使分配比率)が極端なものとならず、戦後の復興の中で労働者の生活が向上するという過程において、カイゼンが果たした一定の役割があると考えます。こういった歴史的な観点からもカイゼンを分析してみたいと思っています。今回の研究プロジェクトでは、中南米8カ国の企業を対象に、経営者と労働者双方から聞き取り調査を行い、その結果を定量的に分析する予定です。

最後になりますが、研究プロジェクト「ポスト2015における開発戦略に関する実証研究」で、ソーシャル・キャピタルに焦点を当て阪神淡路震災後の長期にわたる復興過程の分析を行った研究についてお話いただけますか。

私は神戸市出身ですが、震災の際は東京に住んでいましたので、その後の復興に関われなかった後ろめたさのような思いがずっとあります。その後、東日本大震災が起こり、阪神大震災について今一度考えてみたいというところから始まりました。東日本大震災の時には「絆」が注目されましたけど、その「絆」が復興に果たす役割を、学術的にも確かめてみる必要があるのではないか。経済学において生産要素は労働、資本、土地、技術などですが、これに含まれていない「絆」のようなもの、すなわち、ソーシャル・キャピタルが経済活動に果たす役割を考えてみようと思ったわけです。このため、災害復興とソーシャル・キャピタルに焦点を当てた研究テーマを選びました。仕事がなければほかの地域に移るしかないわけですから、中長期的な復興には雇用の確保が決定的に重要です。この研究の成果から言えることは、その雇用の確保のためには、ソーシャル・キャピタルを再醸成していくことで、中小企業の活性化を図り、雇用が増加するサイクルを作っていくことが重要だということです。さらに、もう一つ大切なのは、レジリエンスという考え方です。「レジリエンス」とは、災害などに対する回復力、元に戻るとか復興するという意味です。個人的な感覚ではあるのですが阪神大震災後、神戸は自分にとって違う街になってしまったように感じています。世界中で多くの自然災害が発生し、「レジリエンス」はポスト2015も含む開発の国際場裏で度々取り上げられ、議論されているわけですが、改めて、レジリエンス、元に戻るとは何かということを、この阪神大震災のテーマとした研究を通じて考えたいと思いました。先に述べたように、IPDとの産業政策に関する研究でも資本、労働力、土地、技術に加えて生産関数を押し上げるものとしてのソーシャル・キャピタルに注目しています。ソーシャル・キャピタルは、途上国が産業を振興し、適切な雇用を確保していくという経済活動において重要であり、また、災害といった外的ショックから回復する「レジリエンス」の過程でも重要なものなのです。今後もこのソーシャル・キャピタルの役割について、研究を継続していきたいと考えています。

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