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インタビュー【JICA-RIフォーカス 第42号】伊芸研吾研究員に聞く

2018.03.07

実証分析の専門家として障害分野を深く掘り下げる

さまざまな分野で実施されている実証分析も、障害の分野ではまだあまり行われていません。この分野でこそ、実証分析でできることがある—。そのような想いで南アフリカ共和国の障害分野の研究を続ける伊芸研吾研究員に、その取り組みを聞きました。

■プロフィール
早稲田大学大学院経済学研究科、政策研究大学院大学国際開発プログラムを修了後、同大学政策研究科政策専攻博士課程を満期退学。東京大学大学院新領域創成科学研究科にて博士号取得。2013年5月から現職。研究分野は応用ミクロ計量経済学、開発経済学。

ライフワークへと導かれた出合い

—実証分析を学ぶ過程で開発経済学と出合ったきっかけは?

まず一つ目の大学院では計量経済学を学び、データを使って社会の仕組みや人の行動を証明していく「実証分析」がおもしろいと感じました。実証分析を通して、より客観的なデータに基づいて現実を可視化したり、人や組織の行動に関する仮説を実際に証明できたりするからです。そんなとき、ある授業で紹介された書籍『子どもたちのアフリカ—<忘れられた大陸>に希望の架け橋を」(石弘之著、岩波書店)を読んで、生まれた場所の違いだけで生活環境がまったく違ってくることに衝撃を受けました。それから次の大学院では開発経済学を専攻し、ミクロ計量経済学やインパクト評価の手法を学び、実証分析を通して開発途上国の課題解決に貢献したいと考えるようになりました。

手つかずのデータで南アフリカにおける障害者の実態を明らかに

—現在取り組んでいる「南アフリカにおける障害者の貧困と雇用に関する実証研究」の内容を教えてください。

まず一つ目は、障害と貧困の関係について。所得ではなく、教育や雇用、生活環境など多面的に貧困状況を捉える「多元的貧困指標」を用いて、南アフリカ共和国(以下、南ア)の障害者がどのような貧困状況に陥っているか、障害者と非障害者の差を分析しました。障害と貧困の間には双方向の因果関係があるといわれているので、障害から貧困への純粋なインパクトを測ることを目的にしました。使ったのは2011年に行われた人口センサスの10%サンプルのデータ。10%でも約430万人分という非常に大きなデータだったので、これまでの研究では踏み込めなかった障害の種類や程度別の貧困と障害の関係をより細かく分析できました。この点と、障害から貧困に対する純粋な影響を分析した点が学術的な貢献であると思います。分析結果は2017年3月に公開されたワーキングペーパーNo.142「Untangling Disability and Poverty: A Matching Approach Using Large-scale Data in South Africa」にまとめられています。

二つ目は、障害と雇用について。こちらも貧困と同様、双方向の因果関係を考慮して、障害から雇用への純粋なインパクトを分析することを目的としました。分析には、南アで毎年行われている世帯調査の2002~2015年のデータを用い、障害が雇用に与える影響の年による変化の分析も試みました。というのは、南アは2007年に国連障害者権利条約を批准したので、これを契機として障害者と非障害者の雇用面での差が小さくなっているのではないかという仮説を立てたのです。しかし、残念ながら分析結果はそうではありませんでした。この結果を通して、法律や制度は整備されているものの、それらを実施する面で課題があるのではないかというメッセージを伝えられるのではと思っています。この分析に関するワーキングペーパーは2017年度中に公開される予定です。

この二つの研究は、障害者に関するデータがそろっている南アだからこそできた研究だといえます。せっかくデータがあっても適切な手法で分析した研究はこれまでになかったので、この点でも意義のある研究だったのではないかと考えています。

今後の方向性にヒントをくれた現場に根付いた実証研究

—南アでの技術協力プロジェクトが研究につながった経緯は?

もともと「南アフリカにおける障害者の貧困と雇用に関する実証研究」を立ち上げたときは、障害と貧困、障害と雇用という二つのテーマで研究しようと考えていたのですが、思いがけず3番目の研究の機会に出合いました。障害と貧困の研究成果をJICA人間開発部に共有したところ、2016年5月に始まる南アでの技術協力プロジェクト「障害者のエンパワメントと障害主流化促進プロジェクト」の関係者から、障害に関するインパクト評価を手伝ってもらえないかと依頼されたのです。これは、プロジェクトの中でも実施される「障害平等研修」が受講者の意識にどのようなインパクトを与えるかを調査するもの。同研修は基本的に障害のない人向けで、「障害者の社会参加を阻んでいるのは、障害者が持つ機能障害ではなく、実は社会の方にあるのではないか。障害者を社会に順応させようとするのではなく、周囲の私たちや障害者を取り巻く環境が変わっていく必要がある」といったメッセージを伝えるのが目的です。プロジェクト関係者は、この研修は効果がありそうだと感じていましたが、きちんと分析したものがなく、この機会にぜひやりたいと考えていました。

ただ、インパクト評価の対象者を誰にするか、具体的にどのような指標で評価するかなどは白紙だったので、それらの設定から始める必要がありました。加えて、障害者に対する意識だけではなく、行動まで変わるかまで含めて検証したいというリクエストがあったため、研修を受けてすぐ行動の変化を観察できそうな調査対象として、タクシーの運転手を選びました。組織ベースではなく個人ベースなので、接客時の障害者に対する行動を変えやすいだろうと予想したことに加え、事前の現地調査で相当数のタクシー運転手が調査地にいることが確認できていたので、分析に必要な数の運転手を集められそうだと判断したからです。

さらに研修受講後の行動の変化をどう測るかですが、運転手本人に障害者に丁寧に接客するようになったかと質問したら、誰でも「はい」と答えるでしょう。そこで、より客観的なデータを収集するため、アメリカでの人種差別に関する社会実験をヒントに、視覚障害者、聴覚障害者、身体障害で車いすを使っている人、男女1人ずつ、計6人の現地の障害当事者を調査員として雇い、タクシーに乗ってもらって運転手の接客を評価する覆面調査の手法を取り入れました。1日に午前、午後2回ずつ、計4回の乗車でドライバーの対応を8~9項目にわけて、10日間調査してもらいました。2017年7月にベースライン調査、9月に運転手向けの研修を実施、研修直後の9~10月にかけてエンドライン調査を行い、現在、収集したデータをもとに分析を行っているところです。

現地の障害当事者が調査員として実際にタクシーに乗り、運転手の接客を評価

研究に協力してくれた現地の障害当事者らと伊芸研究員(前列左から2人目)

障害に関する研修について実社会の一般的な人を対象にした研究はあまりないと思いますし、覆面調査の手法を障害分野の研究で用いたのも新しい試みだと思っています。また、この調査では調査員以外にデータ入力も現地の障害者を雇ってお願いしました。このように障害当事者と一緒に調査を行ったことは、障害の分野で重要なスローガンである「Nothing about us without us(私たち抜きで私たちのことを決めないで)」に通じるものであると思いますし、個人的にも貴重な経験となりました。

—今後の展望を教えてください。

これまでの南アの研究を振り返ると、タイプの違う3つの実証分析を手がけることができ、非常に満足しています。実は、障害という分野にもともと関心があったわけではなく、JICA研究所での研究を通して出合ったのですが、この分野を深く研究しようと思ったのは、他の分野に比べて実証分析を行っている研究者が少なく、研究の蓄積が不十分なのではないか、実証分析の付加価値(経済学でいうところの「限界収益」)が他の分野に比べて大きいのではないかと感じたからです。また、この研究を始めてからセミナーやメディアを通じて障害についての議論に触れる機会が増え、「自分が普段“当たり前”だと思っていることや“当たり前”にできていることが障害者にとっては“当たり前”ではない。なぜ“当たり前”ではないのか?そして、その“当たり前”は誰がどうやってつくるのだろう?」と考えさせられることがあり、刺激を受けています。こういったことへの恩返しというと変ですが、自分が持っている実証分析のスキルを使って、この分野に何かしらお返しができたらと思っています。

一方で、これまでJICA研究所でさまざまな分野の研究に関わった経験から、分野を限定せず、実証分析を通して広く社会に貢献したいという想いもあります。南アの技術協力プロジェクトで依頼されたような実証分析のニーズは、障害分野だけでなく他の開発の分野や国内にも存在しているはずです。私は研究者というよりも実証分析の“専門家”というような心持ちで、どのような分析のニーズでも、社会のためになるのであれば応えていきたいと考えています。実証分析の手法は多種多様で、習得したい手法がたくさんあるので、自己研鑽を怠らず、世の中のニーズに広く応えられる実証分析に携わりたいと思っています。

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