【丸山隆央主任研究員コラム第2回】JICAの教育開発事業におけるデータ・エビデンス活用: エルサルバドルにおける教科書開発事業を事例として

2023.12.05

(写真:JICA)

JICA緒方貞子平和開発研究所には多様なバックグラウンドを持った研究員や職員が所属し、さまざまなステークホルダーやパートナーと連携して研究を進めています。そこで得られた新たな視点や見解を、コラムシリーズとして随時発信していきます。今回は、エルサルバドルでJICAが実施した算数・数学の教科書の開発事業ではデータとエビデンスをどのように活用してきたか、丸山隆央主任研究員が以下のコラムを執筆しました。

著者:丸山隆央
JICA緒方貞子平和開発研究所 主任研究員

子どもの学びに重点を置いたJICAの教科書開発事業

JICAは中米地域において2000年代の前半から算数・数学教科書開発のための技術協力を実施してきています。教科書は、カリキュラムと教員による授業や子どもの学習をつなぐものですので、教科書を改善することにより、教員による授業や生徒の学習改善にアプローチすることができます。中米地域におけるJICAの算数・数学教科書開発支援の経緯は、以下の西方(2017)でまとめられています。

西方(2017)プロジェクト・ヒストリー『中米の子どもたちに算数・数学の学力向上を 教科書開発を通じた国際協力30年の軌跡

2010年代には開発途上国における子どもたちの学習がきわめて低いレベルにとどまることがさまざまな研究で示されました(Davidson & Hobbs 2013、Altinok et al. 2014など)。また、国の経済成長のための学習成果向上の重要性についても、研究を通じて明らかとなってきました(Hanushek & Woessman 2012; 2015; 2016)。かかる背景のもと、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)のターゲット4.1に子どもたちの読解や算数の学習成果の向上が明記されました。

国際教育開発の動向のもと、2015年にエルサルバドルで開始されたJICAの算数・数学教科書開発事業(初中等教育算数・数学指導力向上プロジェクト: ESMATE )では、子どもの算数・数学の学習改善に重点を置いて事業計画が策定され、インパクト評価が実施されました(西方 2017、JICA 2019)。前回に続き、今回はESMATEにおけるデータ・エビデンス活用を概観したいと思います。

ESMATEにおけるデータ活用

まず、JICA(2019)をもとに、ESMATEにおけるデータ活用について見てみましょう。

算数・数学の教科書開発において、教科書執筆者には、カリキュラムなどに加え、その国の子どもたちの算数・数学の学習状況を正しく把握していることが求められます。ESMATEの開始当初、エルサルバドルでは算数・数学の学習評価(アセスメント)が行われていましたが、テストの問題が高度であり、必ずしも子どもたちの学力を正しく測定するのに適したものではありませんでした。JICA専門家の支援のもと、エルサルバドル教育省の教科書開発チームにより、カリキュラムをもとに算数・数学のテストが新たに作成され、アセスメントが行われた結果、子どもたちの算数・数学の学力の低さが明らかとなりました(JICA 2019)。アセスメントから明らかとなった子どもたちの算数・数学の学力の現状は、教科書開発を行う上でのJICA専門家と教育省チームとの共通認識となりました。

また、教科書の開発過程では、いくつかの協力校において、開発された教科書のドラフトを用いた授業のトライアルが行われました。教育省チームは、協力校を訪問して授業観察と教員へのインタビューなどを行い、教科書の開発過程で意図した授業が教員により展開されるか、子どもたちが学習できているかなどを確認しました。協力校における観察結果は教科書の改訂に役立てられましたが、これもESMATEにおけるデータ活用の例といえます。

エルサルバドルで教員は子どもたちのノートや回答を十分に確認せずに算数・数学の授業を進めてきていましたので、開発された教科書を単に配布し、教員に導入研修を行うのみでは、教員の意識・行動改革が十分に図られない可能性があります。そのため、教科書開発後の普及過程では、単元・期末テスト結果をもとにした教員間の振り返りが導入されました。教員は、他の教員と自身の担当したクラスのテスト結果(平均値等)を共有し、改善策を議論し、自らの指導を点検します。ESMATEでは、教員の意識・行動変容を図るための方策にデータ活用が取り入れられました。

ESMATEにおけるRCTの実施とエビデンスの活用

次に、ESMATEにおけるランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial: RCT)の実施とエビデンス活用について見てみましょう。

ESMATEにより開発された算数・数学の教科書の配布と、その普及のための介入策(教員導入研修や教員間の振り返りなど)からなるパッケージは、子どもたちの算数・数学学習成果を向上させるのでしょうか。この問い(ラーニングアジェンダ)に答えるべく、初等2年生を対象としたRCTが実施されました※注1 。RCTは、調査対象に介入を無作為に割り当て、介入を受けたグループと受けなかったグループを比較することにより、介入の効果を厳密に評価する手法です。

表1はESMATEにおけるRCTのデザインを示したものです。調査対象校250校を対象県から無作為に抽出し、そのうち半数を介入群、残る半数を対照群に無作為に割り当てました。調査1年次にあたる2018学校年度には、介入群に対してESMATEにより開発された教科書配布などのパッケージが提供された一方、対照群には同パッケージは提供されませんでした。調査2年次にあたる2019学校年度には対照群にも介入パッケージが提供されました。2018学校年度末の調査結果から初等2年生に対する1学校年度の介入パッケージの効果が明らかとなります。また、2018年度に初等2年生であった子どもたちを2学校年度にわたって追跡調査しましたので、2019学校年度末の時点で、介入群の学習成果が対照群よりも高くとどまれば、その結果は2018学校年度に学習が改善されたことによる、積み上げ効果を示します。

表1. ESMATEのRCTのデザイン

では、Maruyama & Kurosaki (forthcoming)から、RCTの結果を概観してみましょう。図1は、RCTにおける、初等2年の学年末のテスト結果の分布を示したものです。赤い実線は介入群のテストスコアの分布、青い点線は対照群のテストスコアの分布です。介入群のスコアの分布が対照群のスコアの分布よりも右側(右側ほどスコアが高い)に位置しています。

図1. 調査1年次末の算数テストスコアの分布
(注)項目反応理論により推計された値をもとに、対照群の平均・標準偏差で正規化。
(出典)Maruyama & Kurosaki (forthcoming)

続いて、2019学校年度末のテスト結果を見てみましょう。学年によって学習内容が異なりますので、2018年と2019年の調査では異なるテストが用いられました。テストが異なりますと、素点の比較では調査一年次から調査二年次にかけての学習の伸びを明確に把握することはできません。Maruyama & Kurosaki (forthcoming)では、両テストの共通問題をもとに項目反応理論を用いて両者を比較可能なものとしました。項目反応理論はTOEICやTOEFLなどで用いられている手法です。図2の示すとおり、対照群と介入群のテストスコアの分布間の距離は図1よりも小さくなりましたが、依然として調査2年次末に介入群のスコアの分布が対照群のスコアの分布よりも高いことが確認されました。この結果は、ESMATEにより開発された教科書を継続して用いて学習することによる、積み上げ効果を示すものです(Maruyama & Kurosaki forthcoming)。

図2.調査2年次末の算数テストスコアの分布
(注)項目反応理論により推計された値をもとに、対照群の平均・標準偏差で正規化。
(出典)Maruyama & Kurosaki (forthcoming)

では、ESMATEでは、RCTを通じて得られたエビデンスがどのように活用されたのでしょうか。エルサルバドルでは、2019年2月から3月にかけて行われた大統領選挙の結果、政権交代が決まりました。中南米地域では政権の交代に伴って政策が大幅に変更されることが多くありますが、教科書政策が変更されますと開発された教科書が活用されないおそれがありました。新政権発足前の2019年4月、ESMATE関係者から新教育大臣に対し、RCTで得られたエビデンスをもとに、ESMATEの有効性についての理解促進と、開発された教科書の継続利用の働きかけが行われました。

また、2019年5月、エルサルバドル教育省は、エビデンスを含め、ESMATEのアプローチや成果について国内関係者に共有するセミナーを開催しました。セミナーにおいて、教育省はアセスメント結果や国際学力比較試験の結果を示しながら、エルサルバドルの子どもたちの算数・数学の学習改善のための取組みが必要であることを説き、エビデンスをもとにESMATEのアプローチの有効性を示しました。

エビデンスを用いた新教育大臣への働きかけや国内関係者へのコミュニケーションをもとにしながら、エルサルバドルでは2019年の政権交代後もESMATEで開発された教科書が継続して活用されています。

【注1】前期中等1年生を対象としたRCTも行われましたが、エルサルバドル教育省の方針により前期中等教育段階ではRCT開始時にESMATEで開発された数学教科書が配布されることとなりました。本コラムでは、介入パッケージ全体の効果を検証した、初等2年生を対象としたRCTを取り上げます。前期中等教育段階のRCTについてご関心の方はMaruyama (2022)をご参照ください。

データ・エビデンスを用いた「サーチ・学習・コミュニケーションサイクル」の定着・発展

今回は、エルサルバドルにおけるJICA教科書開発事業のデータ・エビデンス活用の事例をご紹介しました。前回のコラム では、インドNGO「Pratham」を事例とし、データ・エビデンスを用いた「サーチ・学習・コミュニケーションサイクル」を提示しました。同様のサイクルがESMATEでも見られましたが、ESMATEは協力期間の定まったプロジェクトですので、そのサイクルはアドホックなものと言えるでしょう。エルサルバドルでは、2021年から算数・数学アセスメントシステムの確立を目指した事業(初中等算数・数学教育における学力評価に基づいた学びの改善プロジェクト )が行われていますが、その事業はESMATEにおけるサイクルの制度化を目指すものとも解釈しうると思われます。

JICAは数多くの開発途上国を対象として教育開発事業を展開していますので、エルサルバドルにおける「サーチ・学習・コミュニケーションサイクル」で得られた知見を、他国における取り組みと関連付け、JICAという組織としての学びに生かすサイクルの確立も期待されます。次回は、マダガスカルにおけるJICAの教育開発事業におけるデータ・エビデンス活用の事例をご紹介したいと思います。

参考文献

Altinok, Nadir, Claude Diebolt and Jean-Luc Demeulemeester. 2014. “A new international database on education quality: 1965–2010.” Applied Economics, 46.

Davidson, Marcia, and Jenny Hobbs. 2013. “Delivering reading intervention to the poorest children: The case of Liberia and EGRA-Plus, a primary grade reading assessment and intervention.” International Journal of Educational Development, 33(3): 283–293.

Hanushek, Eric L., and Ludger Woessmann. 2012. “Schooling, educational achievement, and the Latin American growth puzzle.” Journal of Development Economics, 99 (2): 497-512.

Hanushek, Eric L., and Ludger Woessmann. 2015. The Knowledge Capital of Nations: Education and the Economics of Growth. MIT Press, Cambridge.

Hanushek, Eric L., and Ludger Woessmann. 2016. “Knowledge capital, growth, and the East Asian miracle.” Science, 351: 344-345

独立行政法人国際協力機構 (JICA). 2019. エルサルバドル共和国初中等教育算数・数学指導力向上プロジェクト業務完了報告書.

Maruyama, Takao and Takashi Kurosaki. Forthcoming. "Developing Textbooks to Improve Math Learning in Primary Education: Empirical Evidence from El Salvador." Economic Development and Cultural Change. https://doi.org/10.1086/721768 

Maruyama, Takao. 2022. "Strengthening Support of Teachers for Students to Improve Learning Outcomes in Mathematics: Empirical Evidence on a Structured Pedagogy Program in El Salvador." International Journal of Educational Research, Vol. 115: 101977. https://doi.org/10.1016/j.ijer.2022.101977 

西方憲広(2017)『中米の子ども達に算数・数学の学力向上を』佐伯印刷 (JICAプロジェクトヒストリーシリーズ).

※本稿は著者個人の見解を表したもので、JICA、またはJICA緒方研究所の見解を示すものではありません。

■コラム著者プロフィール
丸山隆央(まるやま たかお)
JICA緒方貞子平和開発研究所主任研究員。2002年にJICAに入構し、アフリカ部、セネガル事務所、人間開発部などを経て、2022年より現職。

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