【峯陽一研究所長インタビュー】異質なステークホルダーをつなぐ「通訳者」として知識の共創を

2023.06.13

2023年4月に着任したJICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)の峯陽一研究所長(同志社大学教授、ステレンボッシュ大学特別客員教授)に、JICA緒方研究所企画課の符柚香職員がインタビュー。目標とする研究所の姿や、複合危機下における人間の安全保障の意義などについて聞きました。

南アフリカでの経験もふまえ複合的な課題にまるごと取り組む

符:峯研究所長の専門分野について教えてください。

峯:実はそれ、ちょっと答えにくい質問です。高校時代は哲学の本ばかり読んでいて、大学では史学科で歴史を専攻しました。やがて、世の中を良くするのに直接役に立つ勉強をしたいという気持ちが強くなり、大学院では開発経済学を専攻しました。研究のフィールドとしては、アパルトヘイトに揺れる南アフリカ共和国を足がかりに、アフリカで調査するようになりました。

JICA緒方研究所の峯陽一研究所長に符柚香職員が質問

大学で教えるようになってからは、求められるまま、国際関係論、政治学、社会学の教室にも籍を置きました。一つの専門分野を深く極めるというより、現場の問題を解決する手法を求めてあちこち放浪していたような気がします。20代の頃には、青年海外協力隊もいいんじゃないか、NGOでフルタイムで活動してもいいんじゃないか、と悩んだ時期もあります。それでも文章を書くのが好きでしたから、研究のプロとして現場の役に立つことを書いて貢献する道もあるんじゃないかと思って、大学に職を求めました。結果的にそれでよかったと思いますが、若い頃は試行錯誤の連続でした。勉強した分野は本当にいろいろです。

符:そもそも開発分野に関心をもった原点とは?

峯:大学生の頃、南アフリカの人種関係に関心をもって、人間の醜さ、崇高さを感じる機会が何度もありました。初めて現地に行ったのは1989年でしたが、植民地支配、人種差別というのは本当に根が深く、開発途上国の貧困は、ただ遅れているとか、怠けている人がいるとかいう問題ではないことを実感しました。そのあたりが原点かな、と思います。南アフリカは、この国が良くなれば世界が良くなるような、世界の縮図のような国です。そこから始まって、アフリカの他の国々、アジアの国々を訪問しながら、少しずつ視野を広げていった感じですね。

符:南アフリカの大学でも教鞭をとっていたそうですね。

峯:はい。国際交流基金の仕事で、1998年から、通って1年、住んで2年、南アフリカのステレンボッシュ大学で日本やアジアの開発経験を教えていました。当時はネルソン・マンデラさんもまだお元気で、人種を超えて新しい国づくりに貢献しようとする新鮮な気風がありました。現地では東アジア人の学生も教員もほぼゼロでしたから、日本の常識が通用しない場所で、地元の組織の一員になって仕事をしたのは、人生の転機になる経験だったと思います。

南アフリカ共和国大統領府のマンデラ像の前で(2016年)

子育てをしていたので、子どもを通じて現地の社会の姿が見えることもありました。むきだしの格差、貧困が目の前にあるのですが、そこで生活していると慣れてしまって、いちいち驚かなくなります。日本との間を往復することで、あえて慣れてしまわないようにするというか、両方の社会への好奇心を維持することができた気もします。現地の大学の同僚たちは、自分が学んできた分野とは違う政治学の専門家ばかりでした。これも学びの多い経験でした。

符:分野横断的に研究をしてきたからこそのメリットもあったのではないでしょうか?

峯:職人的に一つの専門分野を掘り下げて、専門知識を身につけることは本当に大切です。JICAの多彩な事業も、それぞれの分野の一流の専門家がいるからこそ成立しています。その上で、現場の課題はやはり複合的です。学校で子どもたちに予防接種をするとして、教員は教育の専門家だけど保健医療のことは知らないからノータッチです、とはなりませんよね。なんで注射しないといけないの?って子どもに聞かれたら、説明できないといけません。開発の課題にまるごと取り組んでいこうとしたら、隣の分野のことも分かっていた方がいいし、少なくとも好奇心はあった方がいい。ああ、ここではこうやって解決しているんだ、というヒントをもらえることもありますから。そして、いろいろな分野の「通訳」のような仕事をする人も必要になってくると思います。そういう意味では、自分が分野横断的な切り口で研究をしてきたことは、まあ悪くなかったのかなと思いますね。多彩な取り組みをしているJICA緒方研究所では、役に立っているかもしれません。

複合危機の下で人間の安全保障は“みんなのもの”に

符:JICA緒方研究所との関わりや、これまでどのような研究に取り組んできたか教えてください。

峯:緒方貞子さんが2003年にJICAの理事長に就任した時に、人間の安全保障の考え方を持ち込まれました。その翌年、人間の安全保障と貧困削減をテーマにした研究プロジェクトがJICA国際協力総合研修所(JICA緒方研究所の前身)で立ち上がり、そこに誘われたのが最初の接点です。それからもう20年、JICA緒方研究所と関わってきたことになります。これまで、アフリカの紛争予防に関するプロジェクトや東アジア地域の人間の安全保障の理念と実践を研究するプロジェクトなどに参加しました。最近では、研究プロジェクト「日本の開発協力の歴史」の成果として、書籍『開発協力のオーラル・ヒストリー 危機を超えて』(2023年3月)を刊行しました。この本は、あえて日本側の関係者ではなく、開発途上国側のカウンターパートを中心に200人以上にインタビューしたものをまとめたものです。援助を受ける側のオーラル・ヒストリーは日本語ではほとんどありませんが、現地の人たちの本音の感覚に切り込もうとする研究手法は、他の研究プロジェクトにも生かせるのではないかと思っています。

符:人間の安全保障は、JICA緒方研究所とも峯所長とも切っても切れないものだと思います。昨今の複合的な危機の中で、人間の安全保障の概念がどう変化してきたか教えてください。

峯:人間の安全保障が、“みんなのもの”になってきた、つまり、身近に、かつ深刻に受け止められるようになってきた、というのがいちばん大きな変化だと思います。人間の安全保障の概念が提唱された1990年代の中ごろは、ポスト冷戦期の平和を定着させるには人間の安全保障が重要だという考えがありました。いつの時代にも平和は壊れやすいものですが、基本的には、国際秩序は安定に向かっていると期待されていた時代だったと思います。ところが、それから30年の間に人間の安全保障の課題はどんどん複雑かつ深刻になってきました。私たちは日常生活で気候変動の影響を感じるようになりましたし、ウクライナ戦争のように、もうないだろうと思っていた国家の大規模な侵略戦争が現実に起きてしまい、それがインフレ、エネルギー危機、食糧危機につながっています。新型コロナ感染症が世界中で広がり、経済や人々の暮らしに大きな打撃を与えたことも、私たちは鮮明に記憶しています。こうした脅威に立ち向かうために、人間の安全保障という概念が改めて見直されているのだと思います。

符:その状況下で研究機関が果たすべき役割は大きいと思いますが、二国間援助機関の研究所として、JICA緒方研究所は人間の安全保障にどう貢献できると考えますか?

峯:JICAは日本の援助機関なので、日本の開発経験をきちんとまとめて、その強みをしっかり言語化して発信することが、まず求められていると思います。その一方で、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)や人間の安全保障については、先進国も途上国も区別なく、グローバルに取り組むべきアジェンダです。ただ、JICAには貧しい国々で仕事をしてきたという強みがありますから、特にグローバルサウスの国々としっかり協力して、リスクにさらされている人たちのニーズを調べることが必要です。これについては、他のシンクタンクとは違って、途上国の国づくりと人づくりに力を注いできた機関の研究所だからこそやれる仕事、求められている仕事だと思います。グローバルサウスとの連携による実践的な知識の共創、Co-Creationですね。

異質なステークホルダーを一つに結びつける場所へ

符:研究所長として注力していきたいことを教えてください。

峯:JICA緒方研究所には何十年も関わってきましたが、研究所長として初めて全体を見渡せる立場に立ってみると、蓄積されてきた研究の広さと深さに驚かされます。富士山の頂上に登って360度見渡して、景色の迫力に圧倒されている気分です。だからこそ、まずはJICA緒方研究所の今ある活動の認知度を高めたいですね。研究所以外のJICAの組織の中で、JICAの外部の日本全国で、そして世界中、とりわけグローバルサウスで、JICA緒方研究所の活動の面白さが知られるようにしていきたいです。

抱負を語るJICA緒方研究所の峯陽一研究所長

その上で、やりたいことはたくさんあります。世界の開発アジェンダを後追いするだけでなく、新しいフレームを先取りするような研究に着手したいですし、実務家と研究者が正面からタッグを組むような研究も始められるかもしれません。2050年にJICA緒方研究所はどうなっているだろうか、といった将来構想も、みんなで考えていきたいです。それから、アフリカが直面する複合的な危機に取り組む研究が生まれたらいいというのは、私自身の思い入れとしてありますね。対面の研究会も可能になってきたので、所内で楽しい議論をしていきたいです。

符:複合的な危機に取り組むために、JICAや国際機関は単独で動くのではなく、民間企業や市民社会、大学、地方自治体などと連携することが重要だと思いますが、JICA緒方研究所には何ができるのでしょうか?

峯:まさにそのような連携のハブになっていくことだろうと思います。そもそもJICA自身が、課題や地域に分かれていろいろなオペレーションを実施しているのですが、下手をすると、それぞれが「たこつぼ」に入ってしまって、なかなか自分の仕事の外に出られないことになりがちです。大学と比べるとJICAはずいぶん横の風通しがいいのですが、もっと風通しをよくするために、JICA緒方研究所が汗をかくこともできると思います。

さらに大切なのが、おっしゃった通り、JICAの外のステークホルダーとつながっていくことです。JICA緒方研究所には、共通の課題を解決するための土俵を、多彩なアクターに提供することが求められています。よく「クリエイティブなことをやろう」と言いますが、何もないところから新しいものは生まれません。クリエイティブなこと、創造的なことは、すでに存在するものの思いがけない組み合わせから生まれます。まさに知識の共創、Co-Creationが、JICA緒方研究所の一番大きな目的になっています。われわれ自身が多様な専門言語の「通訳者」のチームになるというか、さまざまなステークホルダーのハブになっていくよう願います。日本の内外からいろんな人たちがJICA緒方研究所は面白そうだというので集まってくる、私たちも外に出かけていく、そうやって新しい知識が徐々に形をとっていく、そんな研究所になっていけばいいですね。

符:ありがとうございました。

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