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【長村裕佳子客員研究員インタビュー】歴史と地域の枠を超えて見つめ直す中南米と日本の「つながり」

2025.04.28

中南米の日系社会と日本との間には、戦前戦後、さらに現在に至るまで、連続した人々の移動が見られます。戦後日本社会と中南米の日系社会との深いつながりを理解するため、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は2021年から研究プロジェクト「日本と中南米間の日系人の移動とネットワークに関する研究 」を実施し、その主査を務めてきたのがJICA緒方研究所の長村裕佳子 客員研究員です(研究プロジェクト立ち上げ時のインタビューはこちら )。2025年には、研究プロジェクトの集大成である書籍『移動の歴史と日系ルーツ――移住と「帰還」の経験からみる紐帯と文化』がいよいよ発刊されます。そこで長村客員研究員に、この研究プロジェクトの意義や醍醐味、書籍に込めた思い、そして今後の抱負を聞きました。

異なる専門性を持つ研究者が協働したからこその発見

─研究プロジェクトの概要、そして見えてきたことを教えてください。

本研究プロジェクトでは、日本から中南米への移住、現在の海外日系人社会、日本に住む中南米出身の日系人コミュニティーをつなぐものを、歴史的な時間軸でも、地理的にも、幅広い視点で分析しています。一般的に歴史研究というと過去に遡って特定の時代だけを研究することが多いですが、本プロジェクトでは長い歴史を踏まえつつ、現在へのつながりにも着目しているのが特徴です。そのため、社会学者や歴史学者など、10人以上の多彩なバックグラウンドを持つ研究者に参加してもらい、世代的な移り変わりにも着目しながら、日系人のネットワークがいかに維持・継承されているかについて、広く、そして深く考察してきました。

その結果、さまざまなことが見えてきました。書籍の第Ⅰ部に関連して例を挙げると、第二次世界大戦後の朝鮮半島や台湾、満洲などからの引揚げと南米移住とのつながりが新たに見えてきたのは大きな成果です。敗戦直後の混乱した状況で一気に人口が増え、食糧難や貧困問題が深刻になる中、国策として南米への移住が推進されました。その中に朝鮮半島などからの引揚げを経験した人々がいることは以前から知られていたものの、詳しいことはよく分かっていませんでした。なぜなら、かつての日本帝国圏についての研究者が南米まで調査に行く機会はなかなかなかったですし、逆に、私も含めた南米への移民に関する研究者が引揚げについて詳しいわけでもなかったからです。

この研究プロジェクトには満洲移民研究を専門とする研究者もおり、私が一緒に南米に調査に行くことができました。引揚げ者であり戦後に南米へ移住した人は当時子どもだった人も多いですが、父親などの家族が占領地で官僚だった者や、鉄道の職員、農業従事者など、さまざまな経験を持つ人が多く、その生活の知恵を移住先で生かしたいと南米への移住に希望を持った人が多かったことが調査を通して分かりました。貧しくて大変だから南米に移住した、といった従来のイメージとは違うストーリーがあったのです。このように、研究者それぞれが持つ知見から読み取れる情報を組み合わせることで、これまで見えていなかった歴史的な流れを見出すことができました。お互いの専門性を持ち寄っていく中で、単独での研究だけでは見落としがちな部分が多いことを実感しました。こうした発見ができたのは、さまざまな視点を持った研究者が参加したこの研究プロジェクトこその醍醐味だと感じています。

写真:ブラジルでの調査の一環で、満洲引揚げ経験を持つ戦後移住者一世に話を聞いた長村客員研究員(左)

ブラジルでの調査の一環で、満洲引揚げ経験を持つ戦後移住者一世に話を聞いた長村客員研究員(左)

─南米での調査をしてみて印象的だったことを教えてください。

例えば、日本人女性の南米移住について見てみると、戦後、数百人規模でブラジルに渡った女性たちがいます。主に農業の担い手としてブラジルにすでに移住した日本人男性の妻になるためでした。ブラジルの産業組合が日本の各都道府県などと連携して、組織的に花嫁移民を募集していたのです。花嫁移民と聞くと、貧困に苦しんでいたから、学歴がなかったから、という理由で仕方なく移住したというイメージがあるかもしれません。ところが、実際に現地でインタビューをしてみると、逆に、都市出身であったり学歴があったりしたからこそ、海外に目を向けて移住を決めた女性が多かったことが明らかになったのです。

日本が経済発展をし始めると、女性たちにも海外への憧れが芽生えてきましたが、当時は女性が1人で海外移住することはできませんでした。そこで、海外に羽ばたく手段として、結婚という形を選んだわけです。もちろん苦労がなかったわけではなく、波乱万丈ではありましたが、彼女たちへのインタビューからは、自分の意志で人生を選び、苦労を乗り越えてきたという強い自負が感じられて、とても興味深いものでした。戦後の花嫁移民がどのように海を渡ったか、その細かい経緯も、この研究プロジェクトで明らかになったことの一つです。

─この研究プロジェクトを進める上で、大変だったことは何ですか?

博士論文を書くときなどは自分の研究にだけに集中すればいいので、目標設定もスケジュール感も、自分のペースで考えることができましたが、この研究プロジェクトでは、主査として全てのコーディネートを担い、メンバーの研究者の調査研究に常に目配りして全体をまとめる必要があり、そこに難しさを感じました。定期的にワーキンググループを開いて互いの進捗を確認し合ったり、メンバー間でのコミュニケーションをまめに図ったりするようにしたことで、例えば南米地域の視点を持つ研究者が日本というフィールドに詳しくなったり、逆に日本側でしか研究をしていない研究者が中南米の歴史に目を向けたりと、学問の領域や地域というさまざまな枠を取り払うことができたと思います。正直、プレッシャーもありましたが、一人ではできなかった多くの発見を得ることができた研究プロジェクトでした。

過去、今、そして将来をつなぎ、見つめつづける

─研究プロジェクトの成果として発刊される予定の書籍『移動の歴史と日系ルーツ――移住と「帰還」の経験からみる紐帯と文化』について教えてください。

書籍という形にすることで、4年越しの研究プロジェクトの全体像が浮かび上がってきたと感じています。歴史研究としての移民研究、在日外国人研究の文脈での中南米日系人に関する研究、さらに海外の日系社会に関する研究というように、これまでは別々に行われていた研究領域が、実は深く関連し合っている―。それが、歴史と地域の枠を超えて、書籍全体から見えてくるよう構成にも気を配っています。第Ⅰ部「日本人の海外移住と経験」では、花嫁移民を含め戦前から戦後までの日本人の移住について、第Ⅱ部「日本人の『帰還』経験を理解する」では、ペルーやブラジルなどの日系コミュニティーから日本に「帰還」した人々の経験について、第Ⅲ部「帰国する『デカセギ』と南米日系社会」では、ブラジルやペルーなどに戻った日系人の移動について、第Ⅳ部「ネットワークの形成と参加」では、石川県や沖縄県に関連するコミュニティーについて取り上げています。全13章で500ページを超える大部の書籍になりましたが、それぞれの章を積み重ねることで、ようやく全体が見えてくるのを実感しています。論文集を編纂するのとは違う、難しさと面白さがありました。

写真:多くの移民を送り出した沖縄県は、世界の沖縄系人が集まる「世界のウチナーンチュ大会」を5年に1回開催しており、第7回開催時には長村客員研究員らがアンケート調査を実施

多くの移民を送り出した沖縄県は、世界の沖縄系人が集まる「世界のウチナーンチュ大会」を5年に1回開催しており、第7回開催時には長村客員研究員らがアンケート調査を実施

この書籍は、歴史教育に携わる方々にぜひ手に取っていただきたいです。前述した戦後の引揚げから南米移住者へのつながりが明らかになった価値は高いと感じますし、国策としての移住促進に際して各都道府県がイニシアティブをとっており、特に沖縄県ではそのネットワークが現在でも生き続けているなど、日本史にしても世界史にしても、新しい認識をもたらすことができる内容が盛り込まれています。大学院生はもちろん、学部生でも読みこなせると思いますので、ぜひ歴史や日系人の現在に広くに関心を持つ人に読んでいただければと思います。

─今後の抱負についてお聞かせください。

引揚者と南米移住というテーマだけでもまだまだ深掘りしていく必要があり、さまざまな専門家とともに研究を重ねられたらと、今から楽しみにしています。歴史研究には、過去を遡るという側面と、将来を見つめていくという両面があると思います。例えば、日本に住む日系人をとってみても、その営みは今後第二世、第三世と脈々と続いていきます。彼らが前の世代から何を引き継ぎ、何を手放していくのか、考察を続ける余地が大いにあります。移民としての苦労を感じることはなくなるかもしれないですが、彼らのアイデンティティーはどうなっていくのか、文化は継承されていくのか否かなど、知りたいことはたくさんあります。その意味で、時の流れとともに研究テーマは少しずつ変化しつつも、「もうこの研究は終わり」ということには決してならないと思います。私は、歴史性を大事にしていきたい。過去を振り返り、今を、そして将来を見つめ続ける限り、私の研究テーマが尽きることはありません。

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