【亀井温子副所長インタビュー】開発協力とは一人一人の選択肢を増やす仕事
2025.07.07
2025年4月、亀井温子 副所長がJICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)に着任しました。開発協力に関心を持った原点や、自身にとって大きな転機となったJICAネパール事務所での経験やジェンダー平等への取り組み、そして今後JICA緒方研究所で取り組みたいことについて聞きました。
―開発協力に関心を持ったきっかけや、民間企業からJICAに転職した理由を教えてください。
子どもの頃から、さまざまな国やその文化に興味がありました。海外出張が多かった父が持って帰ってきてくれる各国のお土産をいつも楽しみにしていたのを覚えています。特に、中南米やインドなど、当時まだそこまで知られていなかった“エキゾチック”な国に、とても魅力を感じていました。私は本も大好きで、学校の居場所は図書館というぐらい本の世界に没頭していた子どもだったのですが、それもやはり本を通じて未知なる世界を知ることができたから。知らない世界に行ってみたい、という強い憧れがあったのです。
本好きが高じて、大学卒業後は書店に就職しました。ある時、アメリカで書籍のデータ作成関連の仕事をする機会がありました。東アジアの文献を扱う仕事だったので、中国や台湾、韓国などから来た同僚たちと一緒に仕事をしたのですが、それがとても面白く、これからも色々な国の人たちと一緒に仕事をしてみたいと思うようになりました。帰国後、たまたま新聞でJICAの中途採用募集の求人を見つけ、さらに未知なる世界で仕事ができるのではないか?と思い、応募しました。正直、最初から国際協力がしたい!といった想いがあったわけではありませんでした。
海外のお土産を通して、未知なる世界に思いをはせるようになった子ども時代。インドのお土産だった人形(左端)は現在も手元にある
―JICAでの仕事を通して、開発協力に対する意識の変化はありましたか?
JICAに入構してすぐは国内での事業を担当していたので、開発協力とは何なのか、まだよく理解できていなかったかもしれません。だからこそ、2001年から3年間、JICAネパール事務所に赴任したことは、開発協力というものとしっかり向き合うきっかけになりました。環境、工業、教育など幅広い分野を担当して事業を進めながら、日本の無償資金協力や技術協力が実際にどのように行われているのか、現場をこの目で見ることができました。それが、JICAで仕事をする価値に気づかせてくれたのです。
例えば、ネパールは山岳国なので、子どもたちが学校に行くにしても、整備されていない山道を数時間かけて歩いていくのが普通でした。人々が市場に農作物などを運ぶときもそうです。それを見て痛感したのは、自分がそれまで“世界”だと捉えていたものと、ネパールの人々にとっての“世界”というものには、大きなギャップがある、ということでした。子どもが受ける教育にしても、大人が就く仕事にしても、彼らには選びとるさまざまな選択肢がそもそもない。だからこそ、学校を整備したり道を整備したりといった開発協力は、そこに暮らす人々一人一人の選択肢を増やす仕事なのだ、と実感したのです。増えた選択肢の中から何を選びとるかは、その国の人々自身が決めればいいのですから。そう気づいて以来、選択肢を増やすというJICAの仕事をこれからもやっていきたいと強く思うようになりました。
JICAネパール事務所では教育分野を担当し、タライ地方の学校を回っていた亀井副所長(前列右から2人目)
―JICAネパール事務所での経験は、プロジェクト・ヒストリー『未来をひらく道 ネパール・シンズリ道路40年の歴史をたどる』 の執筆にもつながったのですね。
ネパールのシンズリ道路は、首都カトマンズとインドを結び、ネパールの人々にとっては生活の命綱ともされる重要なインフラです。構想から40年、そして施工から20年を経て、2015年に完成しました。私もネパール事務所に駐在していた時に建設現場に行ったことがあるのですが、まさかこんな所に道路を!?と思うほど、急峻な山間で工事が行われていて衝撃を受けたのを覚えています。
2014年にJICA研究所(当時)に配属された際、このシンズリ道路についての書籍を執筆することになりました。執筆に向けて日本やネパールの関係者へのインタビューを重ねるにつれ、単に道路をつくった、というだけではないことが分かってきました。道路建設という一つのプロジェクトを取り囲む歴史や政治的背景、携わる人たちの情熱、そして人々の暮らしといったありとあらゆる背景を知り、今では、選択肢を増やすという点でシンズリ道路ほど大きなインパクトを与えたものはないのではないか、と思うようになりました。プロジェクト・ヒストリーの執筆を通じて、プロジェクトを長い目で見て研究する価値を、身を持って知ることができたと思います。
急峻な山間で建設が行われ(左)、完成したネパールのシンズリ道路(右)
ネパール事務所での経験がプロジェクト・ヒストリーの執筆へとつながった
―JICAでさまざまな業務に携わってきた中で、ターニングポイントになったものはありますか?
災害緊急支援で現場のニーズに応えて提案するという経験をしたり、公平な選挙ができるように支援することを通じ日本の選挙制度を改めて知ったりと、これまでの業務を通じてたくさんの新しい学びを得ることができました。その中でも一番印象に残っているのは、ジェンダー平等・貧困削減推進室でジェンダーという分野に関わったことです。私は最初からジェンダーに強い関心があったわけではないのですが、だからこそ、自分自身がそれまでジェンダーバイアスやジェンダーによる差別にいかに気づいていなかったか思い知りました。
ジェンダーバイアスや差別は大抵無意識であるからこそ、開発途上国でも日本でも根深い課題となっています。それ以来、ジェンダーというレンズを持って、自分の人生を生き直していると言っても過言ではありません。
日本の開発協力の中でも、ジェンダーに関する研究は蓄積が十分とは言えません。ODAの政策上、ジェンダーはどのように位置づけられ、実践されてきたのか振り返り、時代的な変遷を見た上で、ジェンダー平等に向けてどのようなインパクトを与えることができたのか、「誰一人取り残されない」という人間の安全保障
の観点からも、さらなる研究が必要だと思っています。
―JICA緒方研究所が果たす役割や存在意義はどのようなことだと考えますか?
事業を実施するときに、なんとなく感覚的に良いと思っていることが本当に正しいのか、エビデンスを持って知ることは大事だと思います。例えば、開発途上国の学校の教室で、ぎっしり数多くの生徒が座っているのに先生は一人、という状況を見ると、単純に教室を増やしたほうがいい、ひとクラスの人数を減らしたほうがいい、と思うかもしれません。しかし、これまでに行われた研究からは、教室に生徒が何人いるかは、開発途上国の子どもたちの学習成果に影響する最も大きな要因とは限らないことが分かっています。また、JICA緒方研究所が設立されてからこれまでの研究で生み出されてきたエビデンスは、特に教育分野では大きな成果をあげています。例えば、JICAがアフリカを中心に取り組むみんなの学校プロジェクト では、学校運営委員会による活動を通じ、学力や女子の就学率を改善していますが、こうした取り組みはインパクト評価 により効果があると実証されているものです。実証された結果は、パートナー国の教育政策にも反映されてきました。リソースが限られ、莫大な開発ニーズがある中で、いかに効果的に事業を進められるかという点で、研究が果たす役割は大きいと考えています。
―副所長として、今後どんなことに力を入れて取り組みたいか、抱負を教えてください。
研究によってさまざまな知見を蓄積し、それをJICAの事業に還元していく流れをもっと作っていければと思っています。私自身もそうでしたが、現場での事業に携わっていると、目の前のやるべきことに追われて余裕がない場合も多い。ただ、その事業のアプローチは本当に有効なのか、成果は上がるのか、開発のプロフェッショナルとしては確信を持ち、取り組みたいはずです。開発の現場とJICA緒方研究所の垣根をもっと低くくし、接点が持てる場づくりも進めていきたいです。
JICA緒方研究所は、日本唯一の開発協力を専門に研究している機関です。日本の開発協力にはさまざまな特長や価値があります。例えば押し付けではなく、開発途上国に寄り添い、パートナーとして伴走する姿勢。こうした特長や価値を感覚的に語るのではなく、客観的に評価できる研究成果として発信できるのは研究所だからこそ。新しいナレッジが生まれる場として、JICA内のみならず、国内外のシンクタンクや研究機関などとも連携を強め、JICA緒方研究所ならば、一緒に研究をやりたいと思ってもらえるようにしていきたいと考えています。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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