【西立野修平教授インタビュー】相互利益を実現する開発協力とは?
2026.07.08
近年、ODAの意義を巡る議論が高まっています。関西学院大学の西立野修平 教授は、開発途上国の発展を支えるODAが援助国である日本にもどのような影響をもたらすのかについて、貿易、インフラ輸出、外交関係といったさまざまなデータを活用して研究を進めています。その研究の背景と成果、そして信頼や相互利益の観点から捉えた今後の展望について、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)の桂井太郎 主任研究員が聞きました。
桂井:最初に、日本のODAについて研究を始めようと思ったきっかけを教えてください。
西立野:実は、私がODAの研究に本格的に取り組むようになったのは比較的最近です。大学院時代には国際貿易やサプライチェーンを専門分野とし、自動車産業における生産ネットワークの定量分析を行っていました。その後、オーストラリア国立大学で環境経済学を専門とする研究者と共同研究を行う中で、環境問題や持続可能な発展といったテーマにも関心が広がり、帰国後は経済産業省で日本経済の課題を俯瞰しながら政策立案をする仕事に携わりました。
その後、関西学院大学に就職し、国際経済と環境経済の二本柱で研究を進めていたのですが、大きな転機になったのは、2023年に開発経済学の授業を担当するようになったことです。大学院時代に開発経済学は学んでいましたし、博士課程時代の指導教官がスリランカ出身で、「経済発展がいかに難しいか」を熱弁されていましたから、開発経済学にも興味はありました。そして授業の準備のために文献を読み込むうちに、ODAの奥深さに強く興味を持ったのです。
特におもしろいと思ったのは、経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development: OECD)開発援助委員会(Development Assistance Committee: DAC)諸国とは異なる日本のODAの独自性です。例えば、日本のODAは円借款の比率が高い、経済インフラの整備を重視している、対象地域がアジアに集中している、産業政策とODAが一致している、といった点でユニークです。その背景には、自助努力を重視する日本のODAのフィロソフィーや、日本のODAが戦後賠償の流れから始まった歴史があると思います。この日本独自の援助モデルを実証的に解明したいと考えるようになったのです。
桂井:その研究の成果として、西立野先生はODAに関する複数の論文を執筆されています。どんなことが見えてきたのか教えてください。
西立野:論文「貿易のための援助(Aid for Trade:AfT)がドナー国輸出に与えた効果の検証:なぜ日本の効果は異なるのか? 」(Review of International Economicsに掲載、2023年 )では、日本のAfT(経済インフラなどへの支援)には日本からの輸出を促進する効果があり、その規模が他国と比べて大きいことを示しました。この研究によって、日本のODAには、日本からの直接投資の呼び水効果があるだけではなく、輸出促進を通じて自国の経済的利益も実現していることを明らかにしました。
論文「政府開発援助は援助国に経済的利益をもたらすのか?:日本のインフラ輸出のケーススタディ 」(International Tax and Public Financeに掲載、2024年 )では、重化学工業通信社の「プラント輸出データ便覧」を用いて、日本のODAが、ODA受注に限らない日本企業によるインフラ輸出全般にもつながっていたことを明らかにしました。借款と贈与を組み合わせてODAを供与した時に、その効果が大きくなるというエビデンスは、特に興味深い発見でした。
また、論文「要人の海外訪問とインフラ輸出:円借款案件応札データに基づくエビデンス 」(経済産業研究所ディスカッション・ペーパーに掲載、2024年)では、JICAの円借款案件応札データを用いて、内閣総理大臣や閣僚といった要人の海外訪問が、円借款事業における日本企業の受注確率に与えた効果を分析しました。その結果、要人の海外訪問がある場合は、訪問がない場合と比較して、日本企業の受注確率が47%ポイント上昇することなどが分かりました。
桂井:西立野先生は、オーソドックスではない新しいデータをいろいろ活用して分析されていますね。
西立野:そうですね。プラント輸出データ便覧、円借款案件に関する入札データ、要人の海外訪問に関するデータなどを手作業で整理して使いました。今まで誰も分析していないデータを使うことが、研究の新規性につながりますし、ワクワクしますね。
桂井:最近は、中国が掲げる一帯一路(Belt and Road Initiative: BRI)に関する研究もされていますが、どのようなことが分かりましたか?
西立野:BRIは、世界各国への融資によって交通・エネルギー・ICT(情報通信技術)関連インフラを整備することで、中国との経済的・政治的関係の強化を目指すものです。論文「一帯一路構想が中国、アメリカおよび主要投資国からの外国直接投資に与える影響 」(Journal of Japanese and International Economiesに掲載、2025年 )では、ある国がBRIに参加すると、その国への日米欧からの直接投資にどのような影響を及ぼすか検証しています。その結果、米国から参加国への直接投資は増える一方、日本には明確な影響はなかったことが見えてきました。
論文「中国の一帯一路構想が西側諸国に与える経済及び政治的効果に関する実証研究 」(Review of International Economicsに掲載、2026年 )では、BRIが日本の経済や外交に与えた効果を分析しました。分析の結果、BRI参加の前後で、日本企業の参加国へのインフラ輸出と参加国の要人による日本訪問が減少することが分かりました。BRIが経済面だけではなく外交面においても西側諸国に影響を及ぼしていることを明らかにした点が重要だと思います。
論文「競争かそれとも撤退か?中国と西側諸国の援助競争 」(経済産業研究所ディスカッション・ペーパーに掲載、2026年)では、中国の援助拡大に対し、各国ドナーのODA配分に与える影響を推計しました。その結果、西欧諸国には競争的にODAを増額する傾向は確認されなかった一方、日本は唯一、中国の関与が強まるとODAを増額していることが分かりました。このように、中国の援助動向を知ることによって、日本のODAの動きもまた見えてくるのです。
さまざまなデータからODAについて研究する関西学院大学の西立野修平教授
桂井:ODA研究では、「ODAが開発途上国の発展にどのように貢献しているか?」という視点に立つことが多いですが、西立野先生は「援助をする側である国にとってどのようなインパクトがあるのか?」を研究テーマに掲げていて、とても貴重だと考えています。
西立野:私は、ODAには2つの役割があると考えています。もちろん一つは被援助国の経済発展や貧困削減を支援すること、そしてもう一つは、援助国の国益を実現することです。少子高齢化による財政制約、安全保障環境の変化、国際競争の激化などにより、ODAが日本にどのような利益があるのか、客観的に示すことの重要性が高まっています。国益を実現する上で、どういう援助政策の在り方がよいのか答えを見つけたいと考えています。
ただ、「国益」とひとことで言っても、経済的、政治的、外交的、戦略的国益というようにさまざまな側面がありますから、研究に落とし込むのはそう簡単ではありません。国益の定義は何か、国益をどう測定するのか、国益とODAの因果関係をどういうアプローチで分析するのかなどの課題があります。私は経済学者なので、まずは貿易、投資、インフラ輸出といった測定しやすい経済的国益から分析を始めてみました。その結果、前述したようにODAが日本の輸出、直接投資、インフラ輸出を促進する効果を持つことは確認できました。ただし、それが国益の中のどれくらいの比重を占めているのかは分かりません。また、これまでの研究は短期的、直接的な経済的国益にフォーカスしており、長期的、間接的な経済的国益は捉えられていません。
ODAで、重要だと思うのが、「信頼」という側面です。これは貿易額や投資額のように直接数値で測定できるものではありませんが、長期的に見れば、この信頼こそ、最も大きな国益になり得ると考えます。例えば、継続的な援助を通じて築かれた信頼関係は、国際交渉における影響力や外交的な協力関係の強化につながります。また、将来的に市場が拡大した際に、日本企業が受け入れられやすくなるといった形で、間接的に経済的利益に結びつく可能性もあります。つまりODAは、目に見える利益だけでなく、将来の可能性を広げることができる。短期的な経済効果だけでは測れない価値が、そこにはあると思います。
JICA緒方貞子平和開発研究所の桂井太郎主任研究員
桂井:今後の研究の展望を教えてください。
西立野:最も取り組んでいきたいのは、「相互利益を実現するODAとは何か?」という問いです。援助国も被援助国もハッピーになれる仕組みを明らかにしたい。例えば関心を持っているのは、ひも付き援助の再評価です。近年、日本だけでなく、他のOECD-DAC諸国でも、援助と自国産業との関係を見直す動きが見られます。ひも付き援助が被援助国の発展にどのような影響を与えるのか、また援助国の輸出促進にどれほど寄与するのかを分析したいと思っています。
現在の研究では比較的短期的な国益に焦点を当てていますが、今後は長期的な国益にも目を向けたいです。ODAによって開発途上国のインフラが整備され、経済が成長し、市場が拡大することで、その国での日本企業のビジネス機会が生まれる可能性があります。国益の一つである「信頼」をどう測ることができるかについても、データを使って実証的に検証していきたいです。また、法制度整備やガバナンス支援などの分野に関する分析にも関心を向けていきたいと考えています。
また、OECD-DAC諸国や中国の動向にも注意を払い、今後の援助政策の方向性についても考えを深めていきたいです。これからも、日本のODAが何をもたらしているのかを実証的に明らかにし、被援助国の発展と日本の利益が両立する形を探っていきます。
桂井:西立野先生の視点から見たODA研究の成果をこれからも楽しみにしています。ありがとうございました。
【プロフィール】
西立野修平(にしたての しゅうへい)
関西学院大学総合政策学部教授。経済産業省経済産業政策局産業構造課を経て、2014年から関西学院大学で教鞭をとり始め、2023年から現職。独立行政法人経済産業研究所のリサーチアソシエイトも務める。研究分野は、開発経済学と国際経済学。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.