【原田徹也主席研究員コラム】スティグリッツ教授インタビューから開発途上国の債務問題を考える
2026.09.09
近年、多くの低・中所得国が深刻な債務問題に直面しています。新型コロナウイルス感染症による経済ショックに加え、世界的な金利上昇や食料・エネルギー価格の高騰が重なり、多くの国々で債務返済負担が急速に拡大しています。
こうした状況を踏まえ、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)では、ノーベル経済学賞受賞者であり、コロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ 教授を迎え、開発途上国の債務問題について議論しました。スティグリッツ教授は、故ローマ教皇フランシスコの委嘱により設置されたジュビリー委員会が2025年に取りまとめた債務問題に関する報告書(The Jubilee Report )の共同執筆者の一人です。
今回は、そのインタビューの主要な論点をご紹介します。
原田徹也 JICAフランス事務所長/JICA緒方貞子平和開発研究所主席研究員
コロンビア大学教授/JICA緒方研究所研究パートナーのジョセフ・スティグリッツ氏(右)とJICAフランス事務所長/JICA緒方研究所主席研究員の原田徹也氏
スティグリッツ教授が最初に強調したのは、現在の状況を単なる「債務危機(Debt Crisis)」として捉えるべきではないという点です。多くの開発途上国は債務不履行を回避するため、限られた財政資源を債務返済に優先的に充てています。しかし、その結果として教育、保健、インフラといった将来の成長を支える投資が削減されています。
スティグリッツ教授は、この状況を「債務と開発の危機(Debt and Development Crisis)」と表現しました。問題は返済そのものではなく、返済を優先することで開発の機会が失われていることにあるという指摘です。
スティグリッツ教授は、現在の危機の背景として、2008年の世界金融危機後の超低金利環境を挙げました。先進国で金利が歴史的な低水準となる中、投資家はより高い利回りを求めて開発途上国へ資金を供給しました。多くの開発途上国も、それまでより有利な条件で借入を行うことが可能になりました。しかし、その後のコロナ禍、ロシアによるウクライナ侵攻、そして世界的な利上げによって状況は一変しました。借入残高が増加した状態で金利が上昇したことで、債務負担が急速に重くなったのです。
また、スティグリッツ教授は約25年前に実施されたHIPC(Heavily Indebted Poor Countries/重債務貧困国)イニシアティブによる債務救済にも言及しました。当時の取り組みは大きな成果をもたらしましたが、現在再び同様の問題が発生しているという状況は、国際金融市場に構造的な課題があることを示していると指摘しました。特に、国際資本市場を通じた民間資金は、景気が良い時に流入し、悪化すると流出する「プロシクリカル」な性格を持つこと、また開発途上国がリスクだけでは十分に説明できないほど高い金利を負担していることを問題として挙げました。スティグリッツ教授はこうした高い資金調達コストを一種の「ペナルティ」と表現し、それ自体が債務不履行の可能性を高める悪循環につながるとしました。
また、債務問題の議論では、借り手である開発途上国の責任が注目されることが少なくありません。これに対し、スティグリッツ教授は、「悪い融資は、悪い借り手と悪い貸し手の双方によって生み出される」と述べました。特に、貸し手である国際金融機関や民間金融機関はリスク評価の専門家であり、本来であれば借り手以上に債務持続可能性を厳格に評価すべき立場にありますが、十分な債務持続可能性分析が行われないまま融資が実行されてきたことが、今日の問題の一因になっていると指摘しました。
今回のインタビューでは、JICAの立場から重要な論点も提示されました。日本のODAは、長期的な経済発展を支援するための譲許的融資、特にインフラ整備向けの円借款を大きな柱としてきました。そのため、現在の債務問題への対応と将来の開発投資の資金確保をどのように両立するかは重要な課題です。
そこで、「単なる債務帳消しだけでは、将来同じ問題を繰り返してしまうのではないか」という問いが投げかけられました。これに対し、スティグリッツ教授は、「開発途上国は将来の債務救済を期待して借入を行っているわけではない」として、債務救済が過剰借入を誘発するという「モラルハザード論」には否定的な見解を示しました。一方、危機時に国際金融機関から緊急的支援として提供される資金が、結局は民間債権者への返済に廻り、それら債権者の損失回避につながるという「隠れたベイルアウト」の問題を指摘し、これが一部の民間債権者が適切なリスクアセスメント無しに無責任な融資を行うことにもつながっていると主張しました。
一方で、インタビューでは借り手側の責任についても議論されました。スティグリッツ教授は、開発途上国が国内資源動員能力を高めることの重要性を強調しました。日本や東アジア諸国の発展経験を例に挙げながら、持続的な発展のためには国内の貯蓄や税収を活用することが重要であると述べました。
また、政治家には現在の利益を優先し、将来世代に返済負担を先送りするインセンティブが存在することも認めました。こうした政治的インセンティブの存在を理解した上で適切な審査を行うことは、貸し手側の重要な役割であると指摘しました。
さらに、多国籍企業による租税回避や、天然資源国が十分な資源収入を得られていない現状にも触れ、開発途上国が国内資源を十分に動員できない背景には国際的な構造問題も存在すると論じました。
今回のインタビューを通じて浮かび上がったのは、債務問題を単なる返済能力の問題として捉えるのではなく、開発の持続可能性という観点から考える必要性です。スティグリッツ教授は、債務問題の背景にある国際金融システムの課題や貸し手側の責任を強調しました。一方で、借り手側による国内資源動員や適切な財政運営の重要性も認めています。
今後も持続可能な開発と責任ある開発金融をどのように両立させるのか、引き続き議論を深めていきたいと考えています。
このインタビューの動画は以下からご覧になれます。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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