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【コラム】課題別研修「民主国家における選挙マネジメント」に見る、実務と研究の共創

2026.10.09

写真:課題別研修「民主国家における選挙マネジメント」で行われた講義とディスカッションの参加者

課題別研修「民主国家における選挙マネジメント」で行われた講義とディスカッションの参加者

2026年9月17日、JICA東京センターで、課題別研修「民主国家における選挙マネジメント」の一環として、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)の長辻貴之 研究員(政治・ガバナンス領域)による講義とディスカッションが行われました。

今回のコラムでは、講義とディスカッションを見学したJICA緒方研究所のインターンが、国ごとに異なる選挙管理の仕組みや課題を参加者がどのように学び合ったのかを紹介します。さらに、そこから生まれる「共創」と、各国の経験を次の実践や研究につなぐ上で、JICAや研究者に期待される役割について考えます。

著者:JICA緒方貞子平和開発研究所 企画課インターン 山崎悠太郎

日本の経験を伝えるだけではない課題別研修

課題別研修は、開発途上国の行政官や技術者などが、共通する課題について日本で学ぶJICAの研修事業の一つです。英語ではKnowledge Co-Creation Program (KCCP )と呼ばれます。「 Co-Creation (共創)」という言葉が示すように、日本側から知識を一方向に伝えるだけでなく、参加者同士や日本側の関係者が互いの経験から学び、新たな知識をつくることが重視されています。

今回の研修では、カンボジア、エチオピア、モルディブ、ネパール、パプアニューギニア、南スーダン、東ティモール、ウクライナの各国で選挙管理に携わる実務者が日本に集まりました。講義で日本の制度を学び、投票所や学校などを訪れ、制度が実際にどのように運用されているかを見学します。その上で、自国の状況と比較しながら研修員同士で議論を行い、最後には、帰国後の取り組みにつなげるアクションプラン1も作成します。

プログラム全体を統括する選挙制度実務研究会の清水大資理事は、参加者が日本の制度をそのまま持ち帰るのではなく、議論を通じて相互理解を深め、それぞれの現場で実際に役に立つ知識を得ることのできるプログラムづくりを心がけているといいます。

理論に、各国の経験を重ねる

長辻研究員による講義が行われたこの日は、研修最終日の前日である15日目。翌日にアクションプランの発表を控え、研修はいよいよ大詰めを迎えていました。

講義のテーマは、「Electoral Management in the World(世界における多様な選挙管理)」です。国ごとに異なる選挙管理委員会の位置づけや、有権者登録の仕組みなどについて、政治学の理論を用いた説明が行われました。ただし、講師から研修員へ一方的に知識を伝える形式ではありません。

長辻研究員は、各国から参加した研修員に対し、「自国にはどの枠組みが当てはまるのか」「なぜその仕組みが採用されているのか」「その制度を運用する際に、何が課題となっているのか」と次々に問いかけました。研修員から示された各国の事情や意見を全体で共有し、それを理論と照らし合わせながら講義が進められました。

例えば、日本では、一定の条件を満たして有権者になると選挙人名簿に登録され、投票所入場券が送付されます。このような仕組みは、一般に受動的有権者登録制度(Passive Voter Registration System)と呼ばれます。他方で、国によっては、選挙の前に有権者自身が登録手続きを行う能動的有権者登録制度(Active Voter Registration System)が採用されています。登録をしなければ、選挙権を持っていても投票できない場合があります。投票を行うために登録の手間が加われば、投票にかかる時間的、機会的なコストは高くなります。投票行動に関する政治学の理論に当てはめれば、それによって投票率が下がる可能性が考えられます。

ところが、研修員からは別の見方が示されました。有権者が自ら登録することで、有権者としての意識が芽生え、投票へ向かう動機になるのではないか。また、自動的に登録される制度では、有権者が受け身になる可能性もあるのではないかという意見です。

制度を比較するとき、一つの仕組みの優劣を単純に評価することはできません。同じ制度でも、社会的背景や行政への信頼、登録手続きへのアクセスによって、その意味や効果は変わります。このように理論に各国の実務者の経験を重ねることで、制度が持つ複数の側面が見えてきました。

写真:研修員に問いかけながら講義を進めるJICA緒方研究所の長辻貴之研究員

研修員に問いかけながら講義を進めるJICA緒方研究所の長辻貴之研究員

相手国の課題を、自分の言葉で発表する

講義に続いて、「Voter Education(主権者教育)」をテーマとしたディスカッションが行われました。このセッションでは、「Knowledge Co-Creation Exercise」が実施されました。参加者はまず、自国の主権者教育が抱える問題を書き出し、その原因を分析しました。その上で、原因に対応する解決策を考え、相手国の立場に立って発表する「代理発表」をしました。これらの活動は、PBL(Project-Based Learning:課題解決型学習)に基づく統合型アクティブラーニングとして行われました。

長辻研究員によると、このディスカッションの先にある目標は、研修員が作成、実施するアクションプランにつなげることです。課題の原因を整理し、すでに行われている取り組みの改善策を考えることは、各国の選挙管理実務者が比較的早い段階から着手できる可能性があります。

研修に参加した全ての国において、主権者教育はすでに行われています。そこで実践する中で見えてきた課題や問題点に対し、研修員自身が自国の状況を整理し、他国の参加者の知識や経験も活用しながら、よりよい方法を考えることが重視されました。また、清水理事は、主権者教育は政治体制などが異なる国々であっても取り組む必要がある大切なところだと話します。

さらに、このディスカッションで特徴的だったのは、二つの国がペアになり、互いの課題について考える方法です。参加者は、相手国が挙げた課題やその原因、考えられる解決策を確認し、相手国の解決策に意見や新たな提案を加えました。最後には、話し合った内容を整理し、相手国に代わって発表しました。長辻研究員は、各国の研修員はいずれも選挙管理の専門家ですが、国が異なれば制度も経験も異なると説明します。互いの案を検討するピアレビューによって、自国の関係者だけでは気づきにくい原因や解決策を見つけられる可能性があります。

また、相手国の課題を発表する「代理発表」には、相手の立場から問題を理解するとともに、自国の状況を第三者の視点から捉え直すという狙いもあります。自国の課題が他国の参加者によってどのように理解され、どのような言葉で説明されるのかを聞くことが、よりよい解決策をつくるための材料になります。

参加した研修員からは、次のような声が聞かれました。

「自分が知っていることと、相手が知っていることは同じではありません。だからこそ、この場で知識を交換することが大切です」 2

相手国の制度や取り組みをそのままコピーするのではなく、その背景を理解した上で、自国の仕組みをどのように改善できるかを考えることが重要だという意見もありました。

また、ディスカッションを見学していた日本の大学教員からは、その場でペアを組み、相手国について発表するには、相手の話を聞きながら短時間で情報を整理する必要があるため、非常に頭を使うという感想が聞かれました。事前に準備された発表ではなく、その場で対話しながら考えを形にできることは、対面で集まる強みであり、自身の講義にも取り入れたいと話していました。

写真:長辻研究員がディスカッション方法について説明

長辻研究員がディスカッション方法について説明

写真:ペアになって意見を交換し合う研修員たち

ペアになって意見を交換し合う研修員たち

アイデアを全ての人へ届けられるか

ディスカッションでは、主権者教育の質、女性や障害のある人、社会的に孤立した人々の政治参加、投票率や選挙への関心の低下など、多様な問題が挙げられました。それらに対する解決策として多く示されたのが、質の高い教材や動画、ゲームなどのコンテンツを開発するというアイデアです。しかし、国や地域の状況が違えば、同じコンテンツをそのまま活用できるとは限りません。

JICA専門家としてパプアニューギニアの選挙管理委員会に派遣されている大内知美氏は、主権者教育の向上に取り組んでいます。今回の研修には、パプアニューギニアの研修員が日本でどのような知見を得て、それを現地でどのように活用できるかを考えるために参加しました。

大内氏は、現場では、教材を開発しても、それを全ての人へ届けることは容易ではないといいます。パプアニューギニアでは、多様な言語が使われているほか、多くの島々があり、地理的な条件も地域によって異なります。首都や都市部で活用できる方法が、そのまま地方部でも機能するとは限りません。教材を翻訳するだけでなく、地域ごとの言語や生活環境、情報へのアクセスに合わせた方法を検討する必要があります。どのアイデアを自国で活用できるのか、何を変える必要があるのか、誰との協力が必要なのかを考える視点を得ることにも意味があります。

ここで示された論点やアイデアは、翌日に各研修員が発表したアクションプランにも生かされていました。例えば、選挙結果を迅速に伝えることが、選挙への信頼を高めたり、関心を継続させたりすることができるというプランが示されました。また、主権者教育における文化や言葉による壁を地域の関係者と連携して協力することを具体的に定めたアイデアもありました。

研修で生まれたつながりを、その後へ

課題別研修で生まれるものは、講義や視察で得た知識やアクションプランだけではありません。

JICA東京センターで今回の研修を担当する荻野明伊氏は、参加者同士が互いの国の課題に助言することで、研修終了後もグループなどを通じた情報交換が続く可能性があると話します。過去の課題別研修では、終了から約2年が経過した後も、参加者がSNSを通じて連絡を取り合い、アクションプランの進捗状況などを共有している事例があるといいます。

各国へ戻った後も相談できる相手がいることは、アクションプランを実施する際の支えになります。ある国で新しい課題が生じたとき、研修で知り合った別の国の実務者が、似た経験や解決の手がかりを持っているかもしれません。

共創は、研修期間中だけで完結するものではありません。研修で築かれた関係を通じて、参加者同士の学びがその後も継続していく可能性があります。

各国の知見を、日本にも持ち帰る

研修を通じた知識の流れは、日本から各国への一方向ではありません。日本で学んだ知識が各国の現場で実践される一方、研修員が持ち寄る経験や視点は、日本側にも新たな気づきをもたらします。

日本の知識が海外へ渡り、各国の経験を通じて捉え直され、再び日本へ戻ってくる。こうした知識や経験の「環流」も、課題別研修の重要な価値の一つです。今回、見学していた日本の大学教員がディスカッション手法を自身の講義に取り入れたいと話したことも、その一例といえるかもしれません。異なる制度を比較することで、日本で当然とされている仕組みを新たな視点から見直すこともできます。

現場の経験を、次の実践と研究へ

では、多様な国の実務者が集まる研修に、研究者が参加することにはどのような意味があるのでしょうか。

長辻研究員は、比較政治学や開発援助を専門とし、開発途上国における民主主義の質や、政府開発援助に対する人々の認識などについて研究しています。今回の研修では、こうした研究の知見を踏まえながら、理論的な枠組みを提示しました。

実務者は、日々の業務を通じて、制度が想定通りに機能しない理由や、市民が選挙をどのように受け止めているのかなど、現場に根ざした経験を持っています。他方で、研究者は、そうした個々の経験を理論や先行研究と結び付け、複数の国を比較しながら共通点や相違点を整理できます。「なぜその問題が起きているのか」「別の説明は考えられないか」「他の国にも応用できる知見は何か」と問いを深めることができます。また、先行研究を踏まえ、どのような条件のもとで、どのような取り組みに効果が確認されているのかを整理し、実際のプログラムづくりに生かすこともできます。

しかし、研究者が現実に関係する全ての要因を把握しているわけではありません。実務者の経験は、研究者にとって、既存の理論では十分に捉えられていない要因に気づくきっかけになります。そうした気づきは、新たな研究課題や仮説の形成につながります。長辻研究員は、研究者が研修に参加する意義について、研究者は俯瞰的な視点から理論やエビデンスを提供できる一方、各国の実務者から、研究だけでは見えにくい制度運用の実態や、理論では十分に説明できない現象を学ぶことができると説明します。

JICA緒方研究所がこうした研修に関わる価値の一つは、現場の経験と研究の知見を往復させることにあります。実務者の経験が研究を豊かにし、研究から得られた知見が、再び研修や現場の取り組みに生かされる。この循環こそが、実務と研究の共創といえるのかもしれません。

相手国の課題から見えてきたもの

自国の課題ではなく、相手国の課題を発表すると、何が見えてくるのでしょうか。

そこから見えるのは、相手国の課題だけではありません。

相手の話を理解し、自分の言葉で語り直すことで、国によって異なる制度や社会的背景が見えてきます。同時に、自国の課題が相手の言葉で語られることで、自分たちが当然だと考えていた前提や、これまで気づかなかった問題の側面も浮かび上がります。

今回の研修を見学し、課題別研修を日本で行う意味とは、日本の知識を海外へ伝えることだけではなく、異なる社会の経験が出会い、互いの前提を問い直す場をつくることにあると感じました。そこで得られた知識やアイデアは、各国の実践へ持ち帰られます。現場で得られた成果や新たな課題は、参加者同士の交流や次の研修を通じて共有され、さらに研究者に新たな問いをもたらす可能性があります。

研修から実践へ、実践から研究へ、そして研究から次の研修と実践へ。こうして実務と研究の間で知識を循環させ、一過性の学びを次の変化につなげていくことが、JICA緒方研究所に期待される役割の一つだと考えました。

写真:選挙制度実務研究会の清水大資理事(左)にインタビューをする著者

選挙制度実務研究会の清水大資理事(左)にインタビューをする著者


[1] 研修で学んだことをどのように業務に生かしていくか、どのように課題を解決していくかという内容を具体的に定めた計画

[2] 研修員の発言を著者が和訳

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