インドの巨大地下鉄整備事業に奮闘する女性エンジニアの挑戦—プロジェクト・ヒストリー出版記念セミナー開催

2018.08.02

JICA研究所は、JICA事業の軌跡をまとめた「プロジェクト・ヒストリー」シリーズ第20弾『マダム、これが俺たちのメトロだ! インドで地下鉄整備に挑む女性土木技術者の奮闘記』の刊行を記念し、2018年7月25日にセミナーを開催しました。

まずJICA研究所の萱島信子所長が開会のあいさつに立ち、「本書はインドの巨大地下鉄建設プロジェクトを率いてきた日本人の女性土木技術者にフォーカスしたヒューマンストーリー仕立てになっており、このインフラプロジェクトが社会をどう変えていったかが生き生きと描かれている」と紹介しました。

100人を超える参加があり、講演に熱心に耳を傾けた

次に著者の阿部玲子氏(株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバル軌道交通事業部プロジェクト部長兼インド現地法人取締役社長)が、「デリーをオートリキシャで移動中、地下鉄工事による渋滞に巻き込まれたとき、運転手が『Madam, this is our metro!(マダム、これが俺たちのメトロだ)』と誇らしげに言ってくれた一言がうれしくて」と、タイトルにまつわるエピソードを披露しました。

阿部氏は、最初はゼネコンに総合職として入社してトンネルエンジニアとなったものの、当時、山の神様は女性のため工事に女性が入ると怒って崩れるとされ、現場に出ることが許されませんでした。そこで阿部氏は活路を求めてノルウェーに留学し、台湾新幹線事業に参画。その後、開発コンサルタントに転職し、現在までデリーメトロをはじめインドで数々の鉄道事業に携わっています。

現地でのエピソードを織り交ぜながら講演した著者の阿部玲子氏

本書でフォーカスしているデリーメトロは、円借款を活用して1997年に建設が始まりました。現在の総延長は約300キロメートルに達し、東京都の地下鉄の総延長を超えるのは時間の問題です。デリーに続き、バンガロール、コルカタ、チェンナイなどの各メトロや、アーメダバードとムンバイを結ぶ新幹線など、日本の支援による鉄道事業が目白押しですが、デリーメトロ公社はバングラデシュのダッカメトロやインドネシアのジャカルタメトロに自社のスタッフをアドバイザーとして派遣し、指導を行うまでに成長しています。阿部氏は「現地の仕事関係者が『もうコンサルタントは不要』と言うくらいに成長してくれたことは、コンサルタント冥利に尽きる」と述べました。

次に、阿部氏とともにデリーメトロ事業に携わった坂本威午(たけま)前JICAインド事務所長は、デリーメトロが社会に与えた大きなインパクトとして、「交通渋滞や大気汚染の緩和などの一義的な効果に加え、デリーメトロ公社ではNOKI(納期)という言葉が通じるほど工期の遵守や安全確保といった思想が浸透し、メトロが正確に運行されるからこそ整列乗車が当たり前になり、女性専用車両を作ったりと女性の社会進出を促進するなど、インドの人々の行動の変革につながった」と報告しました。

また、阿部氏がデリーメトロ建設プロジェクトで注力したことの一つに安全対策があります。当初の業務には組み込まれていませんでしたが、工事現場での大きな事故がきっかけになりました。「朝の3時に電話が鳴り、『マダム、クレーンが倒れた、でもノープロブレム(問題ない)だ』と担当者から言われたが、ノープロブレムのわけがない!」と阿部氏は当時の苦労を振り返り、世界最高レベルの安全を誇る日本から来たエンジニアとしてなんとかできないかと、さまざまな関係者からの協力を得てこの課題に取り組んだことを紹介しました。

そのサポートとして安全管理技術を提供した神戸大学の芥川真一教授は、工事現場で事故につながるひずみ、傾斜、圧力、温度といった変化が起きた場合、信号機と同じように安全なら青、危険なら赤に光るLED計測器を開発し、それらの装置を利用したOn-Site Visualizationというモニタリング手法をメトロ建設の現場に導入しました。芥川教授は「インドは言語が多数あり、文字を読めない人も多いので、計測器の色を見たときのアクションを分かりやすく絵で示した看板も作ってもらいました」と導入時の工夫も紹介しました。

左から、パネルディスカッションに参加した神戸大学の芥川真一教授、坂本威午前JICAインド事務所長、阿部氏

その後のディスカッションでは、デリーメトロの建設が女性たちの生活をどう変えたかについて、安全、快適に通勤・通学できるようになったほか、女性乗務員といった就職先として雇用機会も提供したこと、そして社会の中に女性を配慮するスペースをつくる、ルールや規律を守るといったインドでの新しい動きが生まれたことなどがより詳しく紹介されました。

会場からの質疑応答では、現地に古くから存在する階級への影響や日本と他国を比較した安全対策や技術の違い、インドへの投資の障壁となっている渋滞の解消にメトロが一役買っていることなどについて議論されました。

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