JICA緒方貞子平和開発研究所ナレッジフォーラム「日本は途上国の質の高いインフラ投資にどのように貢献できるのか-ODAによる都市交通支援の事例から-」開催

2023.10.17

2023年9月21日、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、「質の高いインフラ投資」の事例として、開発途上国の都市交通インフラ整備の取り組みや課題を紹介するナレッジフォーラムを開催しました。

日本の強みを生かした「質の高いインフラ投資」を広めるために

日本は長年にわたり、開発途上国のインフラ開発支援に力を入れてきました。近年は、国際社会に向けて「質の高いインフラ投資」の重要性を発信しています。本ナレッジフォーラムでは、JICAで都市交通インフラ整備に携わる登壇者が事例を紹介するとともに、この分野に知見を持つ日本ならではの貢献と今後の展望について、さまざまな角度から議論を行いました。

冒頭、開会あいさつを述べたJICA緒方研究所の宮原千絵副所長は、都市交通インフラの整備は人々の移動の機会を広げて経済活動を活性化させ、豊かな暮らしに貢献するという意義を強調し、「質の高いインフラ投資への理解を深め、開発途上国におけるレジリエントで持続可能なインフラには何が必要か活発に議論したい」と期待を寄せました。

各登壇者からの発表に先立ち、JICA緒方研究所の原田徹也上席研究員は、2019年のG20大阪サミットで承認された「質の高いインフラ投資に関するG20原則」を紹介し、持続可能な成長の最大化、環境への配慮、インフラ・ガバナンスの強化などを含む6つの原則から構成されていること、そして質の高いインフラ投資は国際的なアジェンダになっていることを示しました。

質の高いインフラ投資について紹介したJICA緒方研究所の原田徹也上席研究員

アジアで進む都市交通整備

最初の発表を行ったJICA南アジア部の伊藤晃之部長は、インドとバングラデシュでのJICAの取り組みを中心に紹介。JICAはインドで約400キロのメトロ(地下鉄)の整備に貢献した実績があり、インドで最初に実施したコルカタメトロに続き、20年以上支援を続けているデリーメトロについて、「今やデリーメトロは乗車人数やキロ数が東京メトロとほぼ同じ規模まで拡大した。それにより交通渋滞の緩和や大気汚染の低減など、課題改善に大きく貢献している。さらに、鉄道事業としては世界初のCDM(Clean Development Mechanism)プロジェクトとして国連に選ばれた」と説明しました。伊藤部長は、デリーメトロが人々の行動変容にも貢献した点を指摘し、ジェンダー平等と女性のエンパワメントの意識醸成や、工事現場での安全対策の導入が進んでいると報告しました。さらに、事業を担うデリーメトロ公社は、インド国内29都市のみならず、海外のメトロ事業にもコンサルタントとして貢献していることにも触れました。

インドとバングラデシュでのJICAの取り組みを発表したJICA南アジア部の伊藤晃之部長

続いて、JICA社会基盤部の久保彩子主任調査役は、人口2,300万人と言われるバングラデシュのダッカにおける公共交通指向型開発(Transit Oriented Development: TOD)の取り組みについて発表。TODとは、公共交通を軸に、沿線開発、駅を中心とした地区の開発、駅周辺の施設開発も含んだ都市計画を策定し、一体的に開発を進めていくものです。久保主任調査役は、「日本は土地区画整理を駆使しながら、鉄道と都市の一体開発を民間と行政が共に促進してきた。その経験は強みになる」と述べ、ダッカで実施している鉄道のネットワーク整備と運営維持管理、鉄道の効果を最大限活用する都市に向けた包括的な支援を紹介しました。地域の位置づけを考えるビジョン策定の段階から、中央政府、地方政府、公共交通事業者、民間投資家といった多様なTOD関係機関と連携し、体制整備を目指しています。本事業では行政担当者向けのTODガイドラインも策定し、ダッカ首都圏都市計画の一部となる予定であることが紹介されました。

ダッカでの公共交通指向型開発の取り組みについて発表したJICA社会基盤部の久保彩子主任調査役

最後に、JICA緒方研究所の主任研究員も務めるJICAバングラデシュ事務所の山田英嗣次長が、バングラデシュのダッカ大量高速輸送システム(Mass Rapid Transit: MRT)整備のインパクト評価について発表しました。「ダッカの人々の暮らしぶりは実に多様。ビジネス街が発展してきている一方で、街中にはスラムも点在している。ダッカでの都市交通整備が現地の人々にどのようなインパクトをもたらすか、定量的に示すためには綿密なベースライン調査が欠かせない」と述べ、投資に対するアカウンタビリティーと今後のインフラ投資の改善のためにも、インパクト評価の重要性を強調しました。こうした都市交通インフラ整備の成果についての研究成果は少しずつ出てきている段階であり、山田次長はデリーメトロの効果を測定した結果、メトロ近くの地域では女性の就業が増えたことが分かったと説明しました。ダッカMRTに関しては、2023年にダッカ市全域から4,000家計をサンプルとしてベースライン調査を実施し、2025年に再度データ収集を行うことで効果を測定できる予定であると述べました。

ダッカ大量高速輸送システムのインパクト評価について発表したJICAバングラデシュ事務所の山田英嗣次長

中国も進めるTOD事業を含めた将来への展望とは

原田上席研究員がモデレーターを務めたパネルディスカッションでは、まず早稲田大学理工学術院国際理工学センターの北野尚宏教授が中国の都市軌道交通と海外でのTOD事業支援について発表しました。中国では、2022年末時点で55都市に地下鉄やLRT(Light Rail Transit)などの軌道交通が導入されています。公共事業による景気浮揚策という側面がある一方で、交通事業者は多額の借り入れを行うために負債比率が高い場合も多く、その経営改善策としてTODがブームとなっている現状が示されました。さらに中国は海外での都市軌道交通建設にも乗り出しており、その一つ、ベトナムのハノイの地下鉄に乗車した北野教授は、「乗客数はキャパシティーに達しておらず、駅からの交通手段としてバスも整備して利便性を高める努力は見られたが、沿線の不動産開発との連携がまだ課題ではないか」との見方を示しました。

早稲田大学理工学術院国際理工学センターの北野尚宏教授が中国の都市軌道交通について発表

参加者からも活発な質問が寄せられ、開発途上国のインフラ投資における他ドナーとの競合の可能性や今後の課題、東南アジアやアフリカでのJICAのTOD事業支援、インパクト評価で見いだされたエビデンスの活用方法、中国と日本の支援の相違点、都市交通の整備によるネガティブなインパクトなど、多岐にわたるテーマで活発な議論が行われました。

さまざまなテーマで議論が展開したパネルディスカッション

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