「在外ブラジル人としての在日ブラジル人~コミュニティ形成と在外投票を中心に~」:「移住史・多文化理解オンライン講座 ~歴史から「他者」を理解する〜」2022年度第3回開催

2023.04.07

JICA緒方研究所とJICA横浜・海外移住資料館が共催する「移住史・多文化理解オンライン講座~歴史から『他者』を理解する~」の第3回のテーマは、「在外ブラジル人としての在日ブラジル人~コミュニティ形成と在外投票を中心に~」。2023年2月9日にウェビナー形式で開催され、神田外語大学外国語学部イベロアメリカ言語学科のグスターボ・メイレレス語学専任講師が講演しました。ブラジルから国外に移住する在外ブラジル人の枠組みの中で、在日ブラジル人が置かれている状況やその特徴について考えます。

神田外語大学外国語学部イベロアメリカ言語学科のグスターボ・メイレレス語学専任講師

人口移動の時代、世界に広がる在外ブラジル人

グスターボ語学専任講師先生はまず、世界各地に住む在外ブラジル人の動きを振り返りました。1882年のポルトガルからの独立以降、ブラジルはさまざまな移民を受け入れながら発展してきました。ところが1964年に経済危機とインフレに陥り、軍事政権が始まると、政治活動家や芸術家をはじめ、多くのブラジル人が海外へ亡命しました。当初は隣国への亡命でしたが、やがて南米諸国でも次々に軍事政権が樹立されると、欧米各国に再亡命しました。

亡命先の欧州では、左派政党やカトリック教会などがブラジルからの亡命者を歓迎し、民主化運動を支援する動きがありました。そうした活動から生まれたネットワークは、やがてブラジルの民主化運動を超えたトランスナショナルな活動につながっていきます。

ブラジルは軍事政権下で、「ブラジルの奇跡」と言われるような高度経済成長を遂げましたが、豊かになったのは少数の富裕層だけでした。1980年代から徐々に、ブラジルから欧米や日本へ出稼ぎに行く人が増えました。1985年には入国者数より出国者数が上回るなど、ブラジルは「人口移動の時代」に入ったのです。

現在の主要な移住先となっている米国の場合、約190万人のブラジル人が住んでいるとされていますが、不法入国・滞在を背景に、実際の数はもっと多いと言われています。米国のブラジル人コミュニティの特徴として、欧州で起こったような連帯が生まれにくい点があるとグスターボ語学専任講師は指摘します。生存競争が厳しい上、もともとの階級の違いから生じる不信感があるためです。

日本では「デカセギ」から定着へ

バブル期の労働力不足が顕著だった時代、1990年の入管法改正をきっかけに、多くの日系ブラジル人が来日しました。すでに「日本人の配偶者等」の資格で就労していた日系二世の在日ブラジル人に加え、新設された「定住者」の資格で、三世が「デカセギ」に参入しました。その後、1990年代後半の景気後退により、短期間では稼げなくなり、滞在が⻑期化するようになります。同時に、企業側のアウトソーシングが進み、産業全体で正規雇用から非正規雇用への切り替えが進んでいきました。

2008年のリーマンショック以降、自動車・電機産業の非正規雇用で働いていた在日ブラジル人の大量失業が発生し、約7万人が帰国しました。日本に留まったブラジル人は、日本語の習得に励むなど、定着の努力をする一方、デモ行進などを通じて、自身の存在や抱える問題をアピールする動きが活発化しました。

欧米と日本のブラジル人コミュニティを比べると、在日ブラジル人にとっては、渡航の過程で親族ネットワークよりブローカーや斡旋会社の役割が大きいことが分かります。ほとんどのブラジル人は合法的に滞在しているので、公的機関の支援を受けることへの抵抗感はあまりありません。移⺠に厳格な法律や不法滞在による不安がない点でも欧米と違います。そのため、在日ブラジル人の課題は、ビザ問題ではなく、労働条件や子どもの教育などが中心です。

在外投票に表れる在外ブラジル人のアイデンティティ

ブラジル本国の政権によって、在外ブラジル人に対する政策は変遷を繰り返してきました。左派ルーラ政権時代の2005年、ブラジル外務省内に在外国⺠政策専門の部署が設置され、2010年には「在外ブラジル人代表者会議(CRBE)」が発足しました。

次のルセフ政権、テメル政権を経て、2019年に就任した右派のボルソナーロ大統領は、政府の効率化とそれに伴う市民社会参加の制限を背景に、就任初日に、国連による「安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト(GCM)」からの離脱や市民社会組織が多く参加する複数の委員会の廃止を表明。その廃止対象にはCRBEも含まれていたため、在外ブラジル人自ら、CRBE存続を目指して連帯する動きが生まれます。2023年1月にルーラ大統領が再任した直後に、ブラジルは再びGCMに復帰しました。「これからの動きを注視する必要がある」とグスターボ語学専任講師は言います。

最後に大統領選の在外投票から見るコミュニティの特徴について解説しました。先の2022年の大統領選の在外投票数を米国、ヨーロッパ諸国、日本で比較すると、米国と日本在住のブラジル人がボルソナーロ候補により多くの票を投じています。その理由についてグスターボ語学専任講師は、「宗教の影響もあるのではないか」と指摘します。ボルソナーロ前大統領の支持基盤にキリスト教プロテスタントの一派である福音派の議員グループがあるためです。

では、在日ブラジル人と福音派プロテスタントの接点はどこにあるのでしょうか。「ブラジルの日系人は、ブラジル社会の平均から見れば、成功しているモデルマイノリティです。ところが日本に来ると、ただの『外国人』としてしか扱われず、民族的威信を失墜してしまう」とグスターボ語学専任講師は言います。ブラジルと日本とで、家族が離れ離れになったり、家族とともに来日していても、残業続きで家族と過ごす時間が十分に取れなかったりするなど、家庭の問題を抱える人も少なくないのです。そうした状況で、『神の王国』の一員として帰属意識や一体感を感じながら『今を生きる』と説く福音派に魅力を感じて改宗し、それが大統領選にも反映されたのではないか、とグスターボ語学専任講師は在日ブラジル人と福音派の一派であるペンテコステ派の関係を分析したカリフォルニア大学サンタバーバラ校の池内須摩准教授の研究を紹介しながら話しました。

このように、在外ブラジル人といっても、滞在する国や地域によって、その状況はさまざまです。今回の講演は、世界各地の在外ブラジル人がトランスナショナルなネットワークを展開しているなかでの在日ブラジル人のとらえ方について、新しい視点を与えてくれました。

関連動画

【移民】2022年度移住史・多文化理解オンライン講座 ~歴史から「他者」を理解する~ 第3回 在外ブラジル人としての在日ブラジル人~コミュニティ形成と在外投票を中心に~【JICA緒方研究所】

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