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セミナー「東南アジアにおける法の支配」でインドネシア、タイ、ミャンマーの現状と課題を議論

2024.08.26

「法の支配」とは、一般的に、全ての権力に対する法の優越を認めるという考え方です。国内においては公正で公平な社会に不可欠な基礎であると同時に、友好的で平等な国家間の関係から成る国際秩序の基盤となっていると広く認識されています。しかし近年、クーデターや民主政権の崩壊、武力紛争が増加し、多くの人々の自由や命が奪われる事態が発生しています。今、「法の支配」は、国内でも、国際社会でも、後退しつつあるのでしょうか?

2024年6月21日、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、3人の専門家をパネリストに迎え、東南アジアにおける「法の支配」をテーマとするセミナーを開催。インドネシア、タイ、ミャンマーで法の支配がどのように解釈・認識されているのか議論しました。開会のあいさつに立ったJICA緒方研究所の宮原千絵 副所長は、最近の政治的混乱の中では法の支配が極めて重要であり、本セミナーの目的は、各国および東南アジア地域の政治・社会的力学に基づき、それぞれの文脈に合わせて法の支配の概念を掘り下げることにあると強調しました。

インドネシア、タイ、ミャンマーにおける「法の支配」の課題を議論するパネリストら

インドネシア、タイ、ミャンマーにおける「法の支配」の課題を議論するパネリストら

ミャンマー:軍と法、革命的な試みと法の支配

まず、ミャンマーを専門とするオーストラリア国立大学のニック・チーズマン准教授が発表を行い、法的視点から、過去の軍事独裁政権と現在の軍政の顕著な相違点を指摘。特に、現行憲法の固持と政治犯罪への法的対処という2点について重点的に解説をしました。

さらに、民主派勢力が設立した国民統一政府(National Unity Government: NUG)による並行的な司法制度の樹立に向けた取り組みについても言及。チーズマン准教授は、革命の目標を達成するために必要なことと法の支配のもとでできることにはさまざまな乖離があり、それがNUGの内部である種の緊張関係を生み出している可能性があるとの見方を示しました。

タイ:政治の司法化に関する最近の動向

筑波大学の外山文子准教授は、タイにおける法の支配について発表しました。最近、憲法裁判所が2017年憲法49条の規定する「国王を国家元首とする民主主義統治体制を覆す」権利または自由の行使を認定する判決を下し、論争を呼んだことを紹介。憲法裁判所の政治介入に代表されるように、タイの政治は近年「司法化」の傾向にあると説明しました。

また、法起草者の間には大衆による抗議デモや政情不安の発生を恐れる様子が見られ、この懸念から政治の司法化が加速、抗議運動の鎮圧をさらに複雑化させていると論じました。また、タイの現状は民主化の進展後に生じた反動の結果であるとも指摘。法の支配に関する同国の問題は、歴史的背景に基づく王室と軍の権力構造と深く関わり合っていると結論付けました。

インドネシア:ジョコウィ政権下での「法による支配」

立命館大学の本名純教授は、インドネシアでの法の支配は東南アジアの他の国より比較的浸透しているものの、依然として多くの課題があると指摘。ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権の発足以降、同国の法の支配指数と自由民主指数が急落したことを取り上げました。

本名教授は、ジョコ大統領の高い人気によって野党の取り込みが可能になった結果、議会で圧倒的多数が形成され、行政権力を監視する議会の能力が弱まっていると説明。また、こうした行政権力の強大化により、法の下の平等という原則を持つ「法の支配」から「法による支配」への移行を招き、支配的エリート層や寡頭勢力に利益がもたされる一方で、市民の自由が侵害されていると主張しました。

オーストラリア国立大学のニック・チーズマン准教授

オーストラリア国立大学のニック・チーズマン准教授

筑波大学の外山文子准教授

筑波大学の外山文子准教授

立命館大学の本名純教授

立命館大学の本名純教授

JICA緒方研究所の荒井真希子研究員

JICA緒方研究所の荒井真希子研究員

次に、JICA緒方研究所の荒井真希子研究員がモデレーターとなり、パネルディスカッションと質疑応答が行われました。まず荒井研究員は外山准教授へのフロアからの質問を取り上げ、タイの民主制を強化するために特に必要な法制度改革について尋ねました。外山准教授は、政党の質は評価できると指摘する一方、法律・司法部門だけでなく、軍や王室など他のアクターも巻き込んだ改革が求められると強調しました。

本名教授は、インドネシアにおける「法の支配」から「法による支配」への移行という表現について意味を問われ、インドネシアでは政治的なエリート層が自らの目的のために法を利用する、すなわち「法の支配」を「法による支配」へと変容させる傾向が見られ、「法の支配」において本質的な価値である市民の平等と公正が損なわれていると説明しました。

チーズマン准教授は、法が民主主義に反して利用されることを阻止する方策についての質問に対し、ミャンマー政治の現状を考慮した実務的かつ草の根レベルの介入が必要になると強調。過去には大規模な政治改革に重点が置かれていたが、現在の改革勢力や今のミャンマーの政治環境に合わせた小規模な試みを支えることが極めて重要との見方を示しました。

パネリストらはさらに多数の質問に応じ、活発な議論を交わしました。荒井研究員はセミナーを総括し、パネリストらの発表と議論を通じて現場の法の支配が持つ複雑性、多様性、ダイナミズムが示されたことや、研究や開発プロジェクトの実施、事業展開において、各国の文脈に根差した法の支配の現実への配慮が不可欠であることを指摘しました。

注:セミナーで示された見解はパネリスト個人のものであり、JICAやJICA緒方研究所の公式な見解を示すものではありません。

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