【遺稿】 Interrogating “Comprehensive Development:” The Colonial-Wartime Background to Japan’s Development Cooperation
JICA緒方研究所について
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アーロン・ムーア博士(1972-2019) への追悼文
ムーアさんと最初に出会ったのは、かれこれ10年近く前の全米アジア研究学会 (AAS)の時であった。日本の近現代の対アジア政策についてのパネルでご一緒した。興味関心が近かったので、翌朝、ホテルで朝食をともにした。会議のときはすべて英語であったが、朝食では流暢な日本語で話かけてきたので本当に驚いた。新世代の日本研究者の到来を感じた。2013年に上梓された彼の単著Constructing East Asia: Technology, Ideology, and Empire in Japan’s Wartime Era, 1931-1945 (Stanford University Press) は、日本研究の枠を超えて、歴史学の業績として高い評価を得た。インフラを中心とする人工物とテクノロジーを介した日本のアジア関与と、その思想的源流を歴史的に明らかにすることは彼のライフワークであった。個人的には、日本語の拙著『持たざる国の資源論』(東京大学出版会、2011年)を英語の学術誌International Journal of Asian Studies 誌上で書評をしてくれた恩を、今でも忘れることができない。
本バックグラウンドペーパーもその一部である、「日本の開発協力の歴史」を研究していて気付くことの一つは、いくつかの重要テーマの空白を外国人の日本研究者が埋めてきたということである。筆者が知っている範囲でいえば、日本の経済協力行政に関する政治学的研究は米国人の独壇場である。ムーアさんが晩年取り組んだ久保田豊のダム建設をめぐる研究も、戦前と戦後の見事な連続性を見せつつ、コンサルタントという、これまで学術的な光が当たってこなかったアクターを表舞台に登場させた点で、日本人研究者の間隙をついた。2018年度には筆者の職場である東京大学東洋文化研究所で訪問研究員として受け入れ、2018年6月の国際開発学会での発表もお願いし、今回のJICA緒方研究所のバックグラウンドペーパーも手掛けてくれたムーアさんは、まさにわれわれの仲間である。
ムーアさんは2019年9月にこの世を去った。このペーパーは、ムーアさんが最後に取り組んだ仕事の一つである。人知れず病魔と闘っていたムーアさんに、このバックグラウンドペーパーを完成に至らせる時間は残されていなかった。しかし、私たちは彼が残した珠玉の仕事を繰り返し読み、彼がやりたかったであろう研究を想像し、引き継ぐことができる。彼の命は残された書き物に宿り、その火に薪をくべる仕事は私たちに託された。ムーアさん、ありがとう。ムーアさんの仕事が私たちの「歴史研究」の血肉となって生き続けるところを天国から見守っていてください。
合掌 佐藤仁
東京大学東洋文化研究所教授
JICA緒方研究所客員研究員
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