実施中プロジェクト
アジアは現在、気候変動・政情不安・紛争・経済格差といった複合的危機のもとで、人の移動の新たな局面を迎えつつあります。多様な背景・動機をもつ人々が同一の経路上に重なり合う「混合移動(mixed migration)」は、今後数十年にわたって継続すると見込まれます。しかし、現行の政策・支援枠組みは、移動者と、移動者を媒介する仲介者(組織)との相互作用の中で生成される脆弱性のメカニズムを、十分に概念化できていません。
アジアの移動経路において多くの死亡・行方不明事例が報告されていますが、これらは経路そのものの危険性だけでは説明できません。特定の経路が「望ましい」とされる規範性を獲得すると、そこに移動者と資源が集中し、代替的な経路の発展は抑制されます。選択肢の縮小は、限られた経路への依存を構造的に強化し、リスクの累積をもたらします。これは個別経路の問題というより、ガバナンス(制度編成)に内在する構造的帰結です。同一時期・同一経路・同一仲介者(組織)への集中は、本来は分散しうる個別リスクを相互に増幅させ、構造的に拡大させていきます。
さらに注視すべきは、善意にもとづく介入そのものが新たなリスクを生成し得るという逆説です。「安全な経路」の指定、「信頼できる仲介者(組織)」の認証、「標準化された手続き」の導入。これらの措置は、一見するとリスク低減に資するものですが、それ自体が新たな規範的経路(normative pathways)を形成し、特定の経路・仲介者(組織)への集中を加速させることで、別の形態の脆弱性を再生産し得るのです。
そこで本研究がまず問うのは、アジアの混合移動において、移動者・国家・国境横断的に展開する仲介者(組織)ネットワークの三者間の相互作用が、いかにして規範的経路を形成し、選択肢の縮小と脆弱性の生成へと帰結するのか、という点です。
この問いに応えるため、本研究は脆弱性を、移動者個人の属性や経路の特性に還元するのではなく、移動者・国家・仲介者(組織)の三者関係の中で相互に構成され再生産されるもの「相互構成的脆弱性(co-constitutive vulnerability)」として再概念化します。
その上で本研究が最終的に目指すのは、こうした三者のダイナミクスの解明を通じて、固定的な保護・管理枠組みに代わる新たなガバナンス理論を構築することです。求められているのは、所与の保護・管理モデルではなく、三者間相互作用の複雑性を前提に据え、状況の変動に応じて柔軟に再編され得る適応的ガバナンス(adaptive governance)です。本研究は、アジア各地におけるフィールドワークを通じて、この概念の理論的・実証的基盤を構築することを目的とします。
共同研究者(JICA緒方研究所所属以外の研究者):
Leong, Chan-Hoong(シンガポール南洋理工大学)
Liu-Farrer, Gracia(早稲田大学)
李 千晶(JICAガバナンス・平和構築部)