ビジネスだからこそできる持続可能な支援-コーヒー豆で夢を実現-

COYOTE バイヤー
門川 雄輔(かどかわ ゆうすけ)

【画像】JICA海外協力隊2018年度2次隊
任国:エルサルバドル
職種:マーケティング

2020年3月から4月にかけて、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、世界中で活躍していたJICA海外協力隊員全員が日本に一時帰国しました。そして、一年もの待機期間を経て、今も再派遣の機会を待つ「特別登録者」と呼ばれる方々がたくさんいます。その中の一人、2018年度2次隊でエルサルバドルにマーケティング隊員として派遣されていた門川雄輔さんも、あと半年の任期を残して帰国しました。その後、エルサルバドルでの隊員活動を通して出会ったコーヒー生産者たちからコーヒー豆を買い付けて、京都にエルサルバドル産のコーヒー専門店を出店することになりました。
そんな門川さんに、協力隊に行くまでの豊かなストーリー、そしてお世話になった南米の人たちへの思いや、これから実現したい夢について語っていただきました。ロングインタビューを全4回に分けてお届けしたいと思います。
インタビューしたのはJICA関西市民参加協力課の山内、江川とJICA京都デスクの畑中の計3名で、京都駅から徒歩数分のキャンパスプラザ京都1階「COYOTE」にお伺いしました。

全4回でお届けするロングインタビューの今回は第1回です。

コーヒー屋さんになろうと思ったきっかけ

エルサルバドルでのコーヒー作りの様子

江川:先ほどお店の様子を少し見せていただいたんですが、例えばコーヒー豆を入れるのに瓶を使われていたり、バイオマス素材(注:植物由来の資源を原料にしたもの)の袋を使用されているなど、環境に配慮されているように思いまして、こういったことに興味を持たれたきっかけはなんでしょうか。

門川:僕らはとにかくコーヒーを無くしたくないっていう思いはすごくあります。コーヒーは気候変動の影響をものすごく受けていて、データとして2050年くらいには今作っているエリアの半分くらいは暑くなりすぎてコーヒー栽培に適さなくなると言われているんですよね。

江川:暑すぎるとコーヒー栽培ができなくなってしまうんですか。

門川:そうですね、できなくなってしまいます。コーヒーは繊細な植物なので、コーヒー栽培に適する地域がどんどん少なくなってしまう。そのことは結構知られていたんですけども、これまで日本にいた時はそんなに意識はしてこなかった。でも実際エルサルバドルに住んでいるときに、昔とても有名だった産地が、今はもう暑くなって品質が落ちてしまったりとか、以前はたくさん栽培していたエリアで収穫が減ってしまったとか。コーヒーは収穫の後に乾燥の工程があるんですけど、以前2週間で乾いていたコーヒーが今は5日で乾いてしまう。そうすると劣化も早くなって、品質も上がらなくなるということになります。そんな現場が結構あるのを目の当たりにしまして、僕はコーヒーがなくなるのは嫌ですし、何よりコーヒーが好きなので、取り組めるところからやっていかないといけないなと思っています。毎日コーヒーを売る中で、ゴミが出続ける仕組みは止めたほうがいいなと思って、何が正解かは全く分かりませんけど、まずはゴミを減らすことから始めたいと思いました。

江川:コーヒーそのものに着目されたきっかけ、元々コーヒーが好きだったとか、コーヒーに出会ったから、みたいなきっかけはあったんですか。

門川:一番最初のきっかけはコロンビアですね。学生の頃に南米をフラフラしている時期があって、まぁ元々コーヒーは飲むのが好きだったんで、コロンビアと聞くとコーヒーのイメージがあるじゃないですか。僕もそんなイメージで行ってみたら、コーヒー農園を見学させてくれるところがあったので見に行ったんですけど、コーヒーの木ってどんな感じか知っていますか。

江川:いえ、知らないです。

門川:ですよね、僕も知らなかったんですけど、木にサクランボみたいなものがついていて、それを収穫して実を剝いて中の種をとって、洗ったりゆっくり乾燥させたりして、その種の部分を焙煎したのがコーヒーなんです。

江川:実の中には種は一粒だけ入っているんですか。

門川:ひとつの実の中に二粒ですね。結構工程がいっぱいあって、すごく大変で、これが日本でいつも飲んでるあのコーヒーになっているんだと思ったらすごいなと思ったのが最初のきっかけでした。その後日本に帰ってから京都のコーヒー屋さんに就職しました。ここから話すと長くなるんで、いったん切ります(笑)

畑中:その当時、おいくつだったんですか。

門川:それが21、22歳の時です。大学3回生の時に休学して南米に行っていました。

(第2回に続く)