【研究者インタビュー】環境経済学の手法で、より効果的な環境政策を形成する:一橋大学大学院経済学研究科 横尾英史准教授

2023.05.08

JICA緒方研究所は、さまざまな分野で活躍する研究者と連携して、研究活動を進めています。その研究者の一人が、環境経済学の手法を用いて、詳細なデータを基に、より効果的な環境政策の提言などに携わる一橋大学大学院経済学研究科の横尾英史准教授です。JICA緒方研究所と協働する意義やその成果を伺いました。研究のきっかけは、ある偶然の出会いからでした。

フィールド実験で得たデータを基に、環境政策を科学的に分析する

「環境経済学とは、政府による環境政策や、企業・家庭の環境に配慮した取り組みに向け、経済学の手法で研究する学問です」と説明する横尾准教授は、そのなかでもアジアの廃棄物やエネルギー問題を対象に、「ランダム化比較試験」(注1)というフィールド実験によるデータを用いた研究の専門家です。

一橋大学大学院経済学研究科の横尾英史准教授

注1:ある政策や取り組みを実施する際、対象となる集団と対象にならない集団を無作為に選んで結果を比較し、その効果を科学的に検証するフィールド実験

JICA研究所(当時)と協働するようになったのは、ある研究会で、ベトナムの家庭で発生する資源ごみの分別に関する横尾准教授の発表を聞いたJICA研究所の研究員が、その内容を廃棄物管理に取り組むJICAのインドネシア事務所に伝えたことがきっかけでした。

「発表後すぐにJICAインドネシア事務所のスタッフから連絡がありました。当時JICAはインドネシアで、家庭から発生する廃棄物の適正管理に向けたプロジェクト(注2)を進めていたのです。地域の住民を巻き込み、コミュニティで廃棄物の収集を普及させていくにはどうしたらよいか、JICAインドネシア事務所や事業のため派遣されている専門家と議論を続けるなか、2016年にこのプロジェクトのアドバイザーとして関わるようになりました。ランダム化比較試験を用いて分析することになったのです」

現実を反映したデータ収集は、JICAとコミュニティの信頼関係があったからこそ

インドネシアでは自治体による廃棄物収集が行き届いておらず、不法な投棄や焼却処分が多発しています。収集サービスを実施するための人材も財源も不足するなか、地域コミュニティ主導で収集サービスを運営する取り組みをインドネシア政府が支援し、JICAがそれに協力。地域の住民が会費を支払ってサービスに加入する仕組みで、サービスの運営経費は会費から賄われるため、いかに多くの住民に参加してもらうかが鍵でした。

勧誘を担当する地域コミュニティの代表に、勧誘方法について説明する横尾准教授(右から2番目)

そこで横尾准教授らは、効果的な勧誘方法に向けてランダム化比較試験を実施。対象となった750世帯を無作為に3グループに分け、勧誘するためのちらしの記載内容や、勧誘する際の声かけなど勧誘方法をグループごとに変えて、「どのように勧誘すれば、参加者を増やすことができるか」について分析しました。

その結果、ちらしの記載内容に関わらず、「どんな状況で勧誘するか」が加入の意思決定に影響を与えやすいことがわかりました。一方で、子どもがいない家庭に、環境汚染が子どもの将来に影響を与えると説明しても効果がなく、かえってサービスへの加入を辞めさせるという逆効果も判明。つまり、有料収集サービスへの加入者を増やすためには、世帯属性によって勧誘の方法を変えることが不可欠だと明確になりました。

地域住民は、ちらしを手に収集サービスへの勧誘に耳を傾けます。丁寧な現場での取り組みにより、詳細なデータが収集され、効果的な政策形成につながります

「ランダム化比較試験を実施する前からJICAのプロジェクトが始まっており、現地のコミュニティとの信頼関係があったからこそ、より現実を反映した詳細なデータを収集することができました」とJICAと協働する研究の特徴について横尾准教授は語ります。

これらの研究成果の詳細については、以下のディスカッション・ペーパーに記載されています。

なお、本研究の成果はResource and Energy Economics誌から公刊されました。

JICAにとってもデータに基づいた政策効果の検証は、研究所だけでなく、現地事務所や途上国で廃棄物管理を手掛ける担当部署にとっても重要であり、今後のさらなる連携も期待されます。実は、このインドネシアでのプロジェクトを当時、現地で担当し、横尾准教授に声をかけたのが、JICA緒方研究所の原田徹也上席研究員でした。発表されたディスカッション・ペーパーも共に執筆しています。

横尾准教授(右から3番目)と共に、インドネシアでのヒアリングに参加した原田上席研究員(右から2番目。当時はインドネシア事務所勤務)。現地で流行っていた「3R(reuse, reduce, recycle)」サインをしています

原田上席研究員は、「コミュニティ運営方式の廃棄物管理は、当時インドネシア全土で盛んに行われていましたが、うまくいかない例も多く報告されていました。人間行動に着目した研究をしている横尾先生と協働し、住民参加を促進する要因についてJICA事業を通じてエビデンスをまとめられたことは、政策的に大変意義が高いものでした」と当時を振り返ります。

環境分野でも注目される「ランダム化比較試験」を用いた効果検証

小学生の頃から、途上国や貧困削減に興味を持ち、中高時代には、環境問題や地球温暖化へのアプローチから貧困や飢餓の削減に取り組みたいと考えるようになったという横尾准教授。「高校生の時、物理の先生から紹介された『環境経済学への招待』(丸善株式会社、植田和弘著)という書籍に、まさに招待されてしまったんです」と笑います。

経済活動を抑制して環境を守るという「環境第一主義」と、環境より経済成長に重きを置く「狭い意味での人間中心主義」のどちらでもないアプローチについて論じられていたこの書籍に感銘を受け、環境経済学への道を志すようになりました。大学時代は、著者の植田和弘先生の元で学びました。

自身が主に手掛けるランダム化比較試験について、「この手法を用いた世界的な貧困緩和策に向けた研究が2019年のノーベル経済学賞を受賞し、注目が集まっています。医学や教育だけではなく、今では環境分野でも応用は広がっています」と述べます。日本でも、節電に向けた電気料金プランを提示することの効果を検証するためなどに、この手法が活用されています。

データを用いた厳密な分析を基に、効果を検証できるという利点を挙げる一方で、対象となるグループを無作為に選別し、異なる扱いをすることなどに対する倫理観についても横尾准教授は指摘します。

医学分野では、医薬品の効果を検証する際、被験者に対して新薬ではなく偽薬が投与される可能性があることを事前に伝えます。その一方で、ある環境政策の効果を検証する際、人間の意思や行動自体がどのように作用するかを分析する必要があり、対象者に対してその政策の意図を事前に説明しない方がよい場合があります。そのため、環境分野でのランダム化比較試験がどのように社会に受け入れられるか、といった点も現在の研究テーマとして挙げます。そして、将来的には「気候変動に対する人間の行動について、データを収集して研究していきたい」とこの先を見据えます。

2023年4月からは、一橋大学経済学部で環境経済学のゼミも立ち上げました。これまで多くの学びを教員から得てきたように、今度は自らが学生たちに環境経済学への扉を開きます。

プロフィール
一橋大学大学院経済学研究科 横尾英史准教授
京都大学大学院経済学研究科博士課程修了 博士(経済学)
東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学研究系国際協力学専攻助教などを経て、2023年4月より現職。

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