JICA緒方研究所

ニュース&コラム

【JICA-RIフォーカス 第40号】川口智恵研究員に聞く

2017年8月24日

「持続可能な平和」を構築するための日本の貢献を考える

援助機関が人道危機においてシームレスな支援を行うために必要な制度やアプローチを明らかにする研究プロジェクト「二国間援助機関による人道危機対応に関する比較」が、最終段階に入っています。このプロジェクトに携わる一方、2017年4月、研究プロジェクト「紛争とジェンダーに基づく暴力(Gender Based Violence: GBV):被害者の救援要請と回復プロセスにおける援助の役割」を新たに立ち上げた川口智恵研究員に、平和構築分野で日本が果たすべき役割について聞きました。

■プロフィール
内閣府国際平和協力本部事務局研究員、防衛大学校総合安全保障研究科特別研究員、外務省総合外交政策局国際平和協力室調査員を経て2014年から現職。研究分野・主な研究領域は、比較政治学、安全保障論、国際機構論、平和構築・紛争予防。

変わりつつある日本の平和構築への取り組み

—平和構築における世界と日本の動向を踏まえたご自身の問題意識とは?

冷戦終結後、国際的な平和と安全に対する脅威と認められる紛争が、国家間の紛争から国内紛争へと移行していき、国内紛争に対応するための国連の機能強化が求められるようになりました。日本はODAを通じてアジアを中心とした開発途上国の開発や経済発展に寄与してきましたが、紛争後に和平合意が結ばれて一定の安定がもたらされた時に行われる平和構築にどう貢献するかは経験が少ない状態でした。1992年、平和維持活動(PKO)として国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)が設置され、いわゆる国際平和協力法(国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律)の成立と自衛隊派遣が大きな注目を浴びました。しかし、紛争後の国家再建には、選挙支援、法整備、インフラの復旧、教育の再開、雇用創出、和解など多様な支援が必要で、治安の安定だけではなく、政治・社会・経済といったさまざまな分野への支援が組み合わさって平和構築が実現します。国際平和協力法の下では選挙監視要員や警察官といった文民派遣もありましたが、日本の戦後体験やODAの経験を生かした日本の平和構築支援を議論する必要があったと思います。

JICAは2003年の緒方貞子理事長(当時)の就任後、それまで以上に平和構築に積極的に取り組む姿勢をとるようになりました。JICAは開発援助機関なので、国際社会が想定する紛争後の平和構築の中で、緊急フェーズよりも少し時間が経過した復旧・復興、開発の段階での支援を通じた紛争の再発予防を念頭に置いてきました。しかし最近では、平和構築を「紛争後」に限定するのではなく、紛争終結前の早い段階からより包括的で連続的な支援を行うことで「持続可能な平和」を目指す活動が求められています。そのためには、政治、安全保障、開発、人道、人権といった個別の活動領域を有機的に組み合わせ、持続的な平和を支える取り組み「包括的アプローチ」を取り入れなければならないという問題意識を持っています。包括的アプローチには平和構築に関わる多種多様なアクターの協力が不可欠です。こうした世界的な潮流の中で日本がどういう形で平和に貢献できるのか。それが、私が研究を進めていく上での主な関心事項です。

平和構築に研究の側面からアプローチ

—平和構築に関心を持ったきっかけは?

私が中学生のときに起こった湾岸戦争がきっかけです。冷戦が終わって世界は平和になり、日本は戦争をしないと信じていました。しかし現実には、世界には戦争があり、日本も国連の承認を得た武力行使を支持する可能性があることを知りました。連日、国連安全保障理事会の様子がテレビに登場し、そこで武力行使について議論や決定が行われるのは、子どもながらに大変衝撃的でした。日本は1兆円以上の多額の資金を提供しましたが、国際的な評価を受けなかったことにもショックを受けました。それを機に、もっと国連や平和について知り、日本の平和に対する貢献に関わりたいと思い始めました。

これまでは政治や安全保障の面から平和構築を研究してきたので、平和構築に関連するとはいえ、開発という土台を持つJICAで人道と開発のリンケージを研究することは大きなチャレンジでした。しかし、異なる研究背景を持つ仲間と議論しながら共同で研究を進めることができたおかげで、研究者として成長したと感じています。平和構築は治安が不安定で統治が脆弱な地域での活動になるので、事業を行う上でのハードルは高いですが、だからこそ研究が果たせる役割があると思います。人道と開発のリンケージや平和構築への包括的アプローチを考える際に、開発援助機関であるJICAが果たすことができる役割は決して小さくありません。そのためにも平和構築における日本やJICAの役割を考え、JICA研究所が新しい平和構築研究のイニシアチブをとれるようになればと思っています。

人道危機により、南スーダンで国内避難民となった家族(写真:JICA/久野真一)

—「二国間援助機関による人道危機対応に関する比較」研究プロジェクトについてお聞かせください。

自然災害と紛争というふたつの人道危機を事例に、国際機関ではないJICAのような二国間援助機関がこれまでどのように短期的な人道支援と長期的な開発支援をつなぐ活動をしてきたのか、そこにはどのような教訓があるのかを明らかにするため、6件のケーススタディー(東ティモール紛争、南スーダン紛争、シリア危機、ハリケーンミッチ、スマトラ沖津波、台風ヨランダ)を取り上げました。ゴメズ・オスカル研究員との共同研究で研究の背景・枠組み部分についてワーキングペーパーを執筆し、ケーススタディーの中では米国、オーストラリア、EU、日本(JICA)などのドナーおよび二国間援助機関の活動を外部研究者とともに分析しました。災害分野はゴメズ研究員が、紛争の分野は私がとりまとめ、私自身も南スーダン紛争の事例を担当しました。

人道と開発のリンケージに焦点を当てた国際機関や国連機関の活動に関する考察は存在しますが、二国間ドナーや二国間援助機関の活動は必ずしも十分に研究されていませんでした。この6つのケーススタディーを通じて、ドナーや二国間援助機関も人道危機において人道と開発のリンケージに対する意識を持ち、さまざまな取り組みをしてきたことがわかりました。しかし、危機対応のための戦略、アクター間の調整手法、資金区分といった制度、そして活動の動機や政治的意図がドナーによって異なり、これらは時に人道と開発のリンケージを促進したり阻害したりしていることがわかりました。加えて国際社会から支援する側と現地政府、そして現地の被災者の間で、人道と開発のリンケージの要請の時期や内容に違いがあることも明らかにすることができました。2016年5月の国連世界人道サミットでは、これらのケーススタディーから導いた5つのメッセージを掲載した冊子とリサーチペーパーを配布し、研究成果の一部を発信しましたし、国内外の学会でも発表を行いました。この研究全体の成果は、目下、英文書籍としてまとめており、今年度中に発行する予定です。

新しい平和構築の課題:被害者が助けを求められないのはなぜかを解き明かしたい

—新しく立ち上げた研究プロジェクト「紛争とジェンダーに基づく暴力」についてお聞かせください。

「紛争とジェンダーに基づく暴力(GBV):被害者の救援要請と回復プロセスにおける援助の役割」は私が2017年4月に立ち上げた研究プロジェクトで、紛争下におけるジェンダーに基づいた暴力(GBV)を取り上げます。これまでの研究はどちらかというと国際機関やドナーといった多国間機構や国家による平和構築に焦点を当てていましたが、今回は紛争から平和に至る過程で苦しんでいる「人」に焦点を当てた研究を行います。

2000年に国連安全保障理事会が採択した決議1325(女性、平和、安全保障: Women, Peace and Security: WPS)は、紛争が特に女性と女児に及ぼす不当に大きな影響を取り上げ、GBVを含むあらゆる形の暴力から女性と女児を保護するための特別な措置の必要性を明記しています。各国がそれぞれアクションプランを作成して決議に記載された課題の解決に取り組んでいますが、日本は少し遅れて2015年9月に策定しました。

紛争下でなくてもGBVは取り上げにくい問題で、日本の平和構築研究の中で扱われるようになったのは最近のことです。以前、平和構築に関わる包括的アプローチについて編著した書籍で紛争影響下のGBVの問題を取り上げましたが、日本では新しい研究分野としてなかなか発展していないのが現状です。そこで、事業の中で平和構築やジェンダー主流化を行っているJICAにいる間こそ、良い機会ととらえ、研究プロジェクトを立ち上げさせていただきました。研究成果が日本のWPS政策、施策、あるいはJICAのプログラムやプロジェクトにも何かしらのインプットとなれば素晴らしいと考えています。

—具体的な研究のフォーカスは?

今回、特にフォーカスしているのが2013年12月、そして2016年7月に再発した南スーダンの紛争により、北部ウガンダに大量に流出している南スーダン難民です。「二国間援助機関による人道危機対応に関する比較」研究でも取り上げましたが、南スーダンでの紛争による人道危機は、長年の努力にかかわらずなかなか解決しません。さまざまな人道問題の中でもGBV被害からの保護は喫緊の課題となり、各援助機関による調査や取り組みが始まっています。

難民の中でGBVの被害者は子どもが半数以上、大人の女性が約20%とされています。報告された被害者の数だけ見ると難民人口の1%程度ですが、報告されないものが圧倒的に多いといわれています。そこで、被害者の援助要請(help-seeking)に着目したいと考えています。難民居住地には国際NGOや国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)など、GBV被害者に対応するさまざまな支援組織が入っているにもかかわらず、助けを求められない被害者が多いのです。被害を受けても、誰かに助けを求めたり、医療や心理的支援を受けるというアクションに結び付かないのはなぜなのか。その見えてこない部分をどれだけ調査で明らかにできるかが鍵になると考えています。女性だからこの問題を解き明かすことができるというわけでは全くないですが、インタビューや情報収集は女性でないとできないケースもありますし、女性なりの視点を生かしていければと思っています。また、GBVの被害者は女性や女児だけではなく、男性や男児もいるといわれています。それはもっと解き明かされていません。今回の研究でどこまでできるかは難しいですが、調査などで気づきがあれば言及することが重要だと考えていますし、男性研究者にも協力していただければと思っています。JICAも人道危機と無縁ではなくなっていますので、今後、JICAが難民支援に取り組む上でどういう事業を行えばいいかのヒントを見つけたいです。

ウガンダでインタビュー調査を行う川口研究員(右)

—具体的な調査方法と今後の予定は?

2017年8月にウガンダで1回目の調査、そして11~3月に本格的な調査を行う予定です。ウガンダ内のいくつかの難民居住地でインタビューとフォーカス・グループ・ディスカッションをしようと考えています。この調査ではGBV被害そのものについて聞くのではなく、女性の権利や女性に対しての暴力をどう思うか、どういう対処法があると思うか、もし被害にあったら誰に伝えるか、どのような支援を得たいかなど、救援要請のパスや阻害要因を明らかにしていきます。世界のどこでも、ジェンダーに基づく暴力の被害にあった人たちは誰にも話せない、もしくは家族や親しい友人には話せてもそこから先は話せない、どんな支援があるか知らない、支援にアクセスしにくい、支援者側に問題があるといった課題に直面しています。紛争影響下の状況は平時と同じではありませんが、平時のGBV被害者の援助要請行動の研究がどこまで適用できるのか、紛争特有の状況とは何かを明らかにしていきたいと思います。調査結果はJICA研究所のワーキングペーパーや学術論文として公表していく予定です。

この研究は、紛争の影響や難民、GBVなど、通常の研究とは異なるチャレンジが多く、日々困難に直面します。しかし、難しい部分をクリアしながら、新しい研究を打ち出していく姿勢が大切だと思っています。平和構築は、国家の再建だけでなく、傷ついた人々の心身の回復も含まれる活動です。日本でも「人」を中心とした平和構築の研究が広がることに期待しています。

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