新たな時代における開発途上国での産業人材育成とは?書籍刊行記念セミナー開催

2021.05.07

2021年4月20日、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、名古屋大学SKYプロジェクト(Skill and Knowledge for Youth Project)と共同で、書籍『途上国の産業人材育成-SDGs時代の知識と技能』刊行記念セミナーをオンラインにて開催しました。2021年2月に発刊された本書は、JICA緒方研究所の研究プロジェクト「日本の産業開発と開発協力の経験に関する研究:翻訳的適応プロセスの分析」をはじめ、異なる学問分野の研究者と実務者が協働し、開発途上国の産業人材育成の課題にアプローチしたものです。このセミナーでは、本書の執筆者がそれぞれの研究テーマを振り返るとともに意見を交わしました。

モデレーターを務めたJICA緒方研究所の大野泉シニア・リサーチ・アドバイザー(左端)

開会にあたり、本書の編著者を務めたJICA緒方研究所の大野泉シニア・リサーチ・アドバイザー(政策研究大学院大学教授)があいさつし、「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)の潮流の中、日本が長年取り組んできた産業人材育成支援は産業、教育、雇用、成長、貧困削減などの多様な目的をもち、またさまざまなアクターが関わっていることから、包括的な視点で捉えることが重要である。さらにWith/Postコロナ時代、グローバル化、デジタル化などの今日的な視点で産業人材育成の課題を考えることも、タイムリーかつ非常に重要」と本書発刊の意義を説明しました。

同じく編著者で名古屋大学SKYプロジェクト代表を務める山田肖子教授が書籍の概要を紹介し、「本書の特徴は、現場と研究、ミクロとマクロの多面的な視点から横断的に産業人材育成の課題にアプローチしていること」と述べました。さらに同書を構想した背景として、開発途上国では雇用は拡大しているにもかかわらず労働者一人一人の付加価値生産(労働生産性)が低く、賃金が低いことを指摘。労働生産性を上げ、個人の所得向上から貧困削減につなげるためには人材育成が鍵となりつつも、企業が求めるニーズ、職を求める個人のキャリアプラン、人材育成機関が提供するプログラムなど、それぞれの立場の願望と実像のずれからスキルギャップが起きているとし、「その解消には、人材育成のシステムを改善し、ニーズの変化に応えられる人材育成を制度的にも機能させる必要がある。産業人材育成は、SDGsのさまざまな開発目標と直接的・間接的にかかわり、開発需要の交差点と捉えられる」と説明しました。

名古屋大学SKYプロジェクト代表を務める山田肖子教授が書籍の概要を紹介

続くパネルディスカッションでは、まずJICA緒方研究所の辻本温史リサーチオフィサーが、第5章「日本の政府と民間による途上国の産業人材育成支援-JICAとAOTSの産業人材育成支援事業の歴史的変遷」についてJICAと一般財団法人海外産業人材育成協会(The Association for Overseas Technical Cooperation and Sustainable Partnerships: AOTS)による人材育成事業の変遷と、第8章「紛争影響国において職業技術教育・訓練の果たす役割-ルワンダにおける元戦闘員の社会復帰に対する日本支援事例」についてルワンダでの元戦闘員を対象とした技能訓練プロジェクトを事例に平和構築において産業人材育成に求められる役割とその特徴を紹介しました。また、「日本の産業人材育成支援は、政策レベルでの支援をほとんど行っておらず成果が限定的、という批判もあるが、現場や学習者の視点を重視した実践的な支援は、現場の多様なニーズに細やかに対応する必要がある産業人材育成においてそれほど的外れでもなかったかもしれない」と語りました。

第5章と第8章を紹介したJICA緒方研究所の辻本温史リサーチオフィサー

国際労働機関(International Labour Organization: ILO)の森純一チーフテクニカルアドバイザーは、第4章「相互依存する産業人材育成政策と産業政策:スキル需要創出の必要性」についてスキル・ミスマッチを需要と供給双方の課題と捉える重要性と、スキル需要を刺激するプロアクティブな産業政策の必要性を、第9章「産業人材育成と経済・社会・地域的要因-ベトナムとエチオピアの比較」については両国での職業技術教育・訓練(Technical and Vocational Education and Training: TVET)の役割の相違と共通課題などを説明。「その国の工業化の段階や社会的な要因によってTVETが担うべき役割は異なる。TVETの卒業生が取得した技術にふさわしいキャリアを形成できる環境を、産官学が協力してつくることが重要」と述べました。

リモートで参加した国際労働機関の森純一チーフテクニカルアドバイザー

次に第11章「途上国の製造の現場における人材育成-ケニア、エチオピアの事例から」を執筆した京都大学の高橋基樹教授が、2国での製造業の現場での研究結果を基に、「両国では、職業訓練は一般労働者やインフォーマルセクターには届いていないのが現状。しかし、ソファや革靴などの製造工程では親方や先輩の労働者から無償で教え、学び、伝え合うという独自の技能学習法があり、一定のスキルを身につけていた。アフリカの産業構造転換に向けた人材育成には、企業規模や社会的文脈に細やかに合わせていくことが重要」と述べ、現地の技能形成の在り方を理解する必要性を訴えました。

第11章を紹介した京都大学の高橋基樹教授

JICA緒方研究所の神公明専任参事は、第7章「カイゼン活動がもたらす価値観の変容-日本の生産性向上モデルがエチオピアの伝統的社会に及ぼす含意」の概要として同国でのカイゼン導入の成功事例を取り上げ、「エチオピア政府関係者が強いカイゼン普及にコミットメントを示し、技術普及において独自の工夫(翻訳的適応)を行ったこと、および自らの予算で普及促進を行ったことに注目すべき」と指摘しました。また、「組織への帰属意識が弱いといったエチオピア人のマインドセットを変えたのがカイゼンの成果。With/Postコロナの時代では、適応力と柔軟性で新しい変化を生み出すカイゼン・マインドセットが重要になる」と語りました。

第7章を紹介したJICA緒方研究所の神公明専任参事

その後の質疑応答では、TVETにおけるカイゼン活動、産業界の定義やそのニーズ、人材育成に必要な連携についてなど、さまざまなテーマで議論が行われました。最後に、JICA緒方研究所の山田実次長/上席研究員が「この書籍ではさまざまな切り口から産業人材育成を捉えており、自分自身も欠けていた視点に気付かされた。今後、JICA緒方研究所の研究でも、より広い視野で成果を創出していきたい」とあいさつし、セミナーを締めくくりました。

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