UNDP主催のシンポジウムで「人間の安全保障2.0」について発表—牧野副所長

2021.06.21

2021年6月8〜11日に、国連開発計画(UNDP)人間開発報告書オフィスが、オンラインで開催したシンポジウム「A New Generation of Human Security」に、JICA緒方貞子平和開発研究所の牧野耕司副所長が登壇しました。

UNDPは日本政府と協力して、新たな時代の人間の安全保障を再考すべく、人間の安全保障に関する特別報告書の発行を予定しています。その作成プロセスの一環として行われた今回のシンポジウムでは、①人間の安全保障への脅威の構造的変化:人新世とパンデミックとデジタル時代、②人間の安全保障に対する脅威:暴力的な紛争と犯罪、③人間開発への脅威としてのHuman Insecurity、④困難な時代における新たな期待と今後の対応の4つのセッションで議論が行われました。

牧野副所長が登壇したセッション②では、まずハイレベル諮問パネルのラウラ・チンチージャ共同議長(コスタリカ前大統領)があいさつに立ち、続いて、ジョージ・ワシントン大学のマイケル・バーネット教授とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのメアリー・カルドー名誉教授が基調講演を行いました。続いて、牧野副所長を含む5人のパネリストによるパネルディスカッションが行われました。オックスフォード大学のトビー・オード上級研究員は人間の安全保障を脅かすリスクについて、ブラジルのジェトゥリオ・ヴァルガス財団Center for Applied Research to Public Safetyのジョアナ・モンテイロ・センター長はブラジルにおける武装勢力による暴力について、イリノイ大学シカゴ校のアンドレアス・フェルドマン准教授はラテンアメリカにおける犯罪組織の支配について、国連西アジア経済社会委員会(Economic and Social Commission for Western Asia: ESCWA)のジョアキン・サルド・マルコス・プログラムオフィサーとESCWAで紛争・人間開発分野のコンサルタントを務めるマヌエラ・ネメ氏はESCWAの活動を通したアラブ諸国の人間の安全保障と人間開発について発表しました。

牧野副所長の発表では、まずJICAと人間の安全保障の関わりを紹介。「JICAは故緒方貞子元理事長が導入した人間の安全保障の概念を主たるミッションの一つとしているが、北岡伸一現理事長は改めてその実践を強化している。すなわち、従来から人間の安全保障が重視してきた『恐怖からの自由』『欠乏からの自由』に加えて、『尊厳をもって生きる権利』も注視することを打ち出し、JICAはよりバージョンアップした『新時代の人間の安全保障(人間の安全保障2.0)』を実践している」と述べました。また、人間の安全保障を脅かす紛争が長期化・国際化の傾向にあり、緒方氏の時代には人道支援から開発援助へのスムーズな移行を課題としていましたが、現在は人道支援と開発援助が併存した取組みが必要と指摘。その事例として、難民と避難先のコミュニティーの双方を支援する、国連難民高等弁務官事務所(The office of the United Nations High Commissioner for Refugees: UNHCR)と連携したJICAのウガンダ難民支援プログラムを紹介しました。また、暴力的過激主義がSNSなどによって国境を超えて拡散していることから、「国際社会は協力してデジタルツールを活用するなどして、過激主義の拡散や社会の分断化を防止する必要がある」と述べました。

パネリストとして参加したJICA緒方貞子平和開発研究所の牧野耕司副所長

さらに牧野副所長は新型コロナウイルス感染症の影響についても触れ、「パンデミックによって社会的弱者の人間の安全保障が大きなリスクにさらされており、紛争は一時的に減ったが、現在は社会の不満を背景として再び悪化傾向にある。さらに、各国が感染症対策をとる中で安全と個人の自由とがトレードオフとなり、人権や尊厳の問題が生じている」と指摘しました。最後に、平和構築の新しいアプローチとして、人間の安全保障債の発行や難民の自立に協力する企業への資金援助、難民のスタートアップ支援といった民間セクターとの連携強化と、JICAがフィリピンやウガンダで実施している紛争地でのSNSやビッグデータ、衛星を利用した事例をひもときつつ、デジタルトランスフォーメーション(DX)のさらなる活用という二つのアプローチを紹介しました。

質疑応答では、人間の安全保障の行方や現在の政治状況との関連についてなど、幅広い議論が行われました。「尊厳にフォーカスしたアプローチを具体的にどのように実現するのか?」という質問を受けた牧野副所長は、「確立した手法はまだないが、上からの保護と下からのエンパワメントの組み合わせが重要であり、具体的な領域としては、例えば法整備、ガバナンス、メディア、少子高齢化、脆弱層に焦点を置いた支援などが有用ではないか」と述べた上で、南スーダンでは全国スポーツ大会開催への支援を通じて、対立していた多種多様な民族間の融和や、自己のみならず他者をも尊重する尊厳意識の向上につながった事例を紹介しました。また、本セッションで基調講演を行ったUNDPの主要ブレーンの一人、カルドー名誉教授が牧野副所長の発言をひもとき、JICAによる「人間の安全保障2.0」の取り組みに賛意を表するとコメントする一幕があったほか、参加者から牧野副所長に多くの質問や意見が寄せられました。

牧野副所長はJICAの南スーダンでの全国スポーツ大会開催への支援を紹介(写真:JICA)

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