TICAD8サイドイベント「アフリカの開発課題に対するエビデンスに基づく政策立案」を開催

2022.11.28

2022年8月25日、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)とアフリカ連合開発庁(AUDA-NEPAD)は、第8回アフリカ開発会議(TICAD8)のオンライン・サイドイベント「アフリカの開発課題に取り組むためのエビデンスに基づく政策立案(EBPM)」を共催しました。TICADは、日本の主導で始まったアフリカ開発に関する首脳級国際会議です。JICA緒方研究所の清水谷諭上席研究員は本サイドイベントで発表を行い、特にアフリカでエビデンスが果たす重要な役割を取り上げました。

最初に、JICA緒方研究所の牧野耕司副所長が開会の辞を述べ、開発に対するEBPMの重要性を強調しました。牧野副所長によると、具体的には、計量経済学を用いた実証的分析など、厳密な研究手法を用いて政策やプロジェクトのインパクトを評価することが肝要です。新型コロナウイルス感染症や気候変動、デジタル化、最近の食料・エネルギー難など、さまざまな開発課題に対応するため、今後のアフリカ支援の政策立案やプロジェクトづくりでは、EBPMの重要性は一層増しています。EBPMはアフリカの課題に対応する大きな可能性を秘めるものの、成果を上げるには、研究に基づく政策・プロジェクトの実施に向け、資金、ロジスティクス、制度・枠組みの障害を克服することが求められます。

JICA緒方研究所の牧野耕司副所長

EBPMを補強する取り組み

JICAなど諸機関でのEBPMの現状に関する議論の冒頭、清水谷上席研究員は、EBPMがまだ標準的な取り組みとして広く浸透していないことを説明しました。また、EBPMを実践する上での一般的な誤解や課題として、対照群(介入群の対照となるグループ)のデータの収集不足や、リソースや人的能力の制約、連携不足、科学的評価に対する理解不足などを挙げました。

また、同上席研究員はザンビアでの井戸づくりやケニアでの農業普及、モロッコでの地方道路改善のインパクトに関し、自身の研究で得られたエビデンスを提示しました。

JICA緒方研究所の清水谷諭上席研究員

ザンビアでは、JICAによるプロジェクトの結果、新しい井戸が使用されるようになると、下痢症例が減って成人の生産性が高まりましたが、水くみの時間的負担は軽減されないことが示されました。また、ケニアでの調査結果によると、小規模園芸農民組織強化・振興(SHEP)計画は園芸農業の所得を2年間で平均70%押し上げ、当該世帯の過去の園芸農業の経験にかかわらず、脆弱層のグループに対して効果的でした。モロッコでは、 530キロメートルにわたる地方道路の改善に向けたJICAによるプロジェクトのインパクトを調べた結果、道路の建設・修繕によって中等教育課程の女子の早婚が減少し、男子の賃金雇用が増加したことが分かりました。全体として、プロジェクトの便益は貧困世帯よりも高・中所得世帯で顕著でした。

同上席研究員は、発表の締めくくりとしてEBPMの重要性に関する自身の見解をまとめ、EBPMは科学の進歩につながる新たな知見を生み出し、プロジェクトのインパクトに関する定量的エビデンスを提供して政策立案を改善し、利害関係者への説明責任を担保する仕組みをもたらすと論じました。そして最後に、特にインフラ改善でエビデンスとリソースの両方が限られているアフリカで、インフラプロジェクトの便益に関するエビデンスの重要性を強調しました。

社会的保護が気候変動への適応に寄与

次に、エチオピアのアディスアベバ大学でアフリカ・アジア研究センター長を務めるゼリフン・ベルハン准教授が発表を行いました。同准教授は、サブサハラ・アフリカ最大の社会的保護計画「プロダクティブ・セーフティネット・プログラム(PSNP)」に対する自身の評価について議論しました。

この計画は、エチオピア地方部における食料不足世帯・地区の830万人を支援するものです。同准教授は、「エチオピア地方家庭調査」で得られた長期的な世帯データセットを用い、社会的保護が気候変動への適応に寄与しうる条件を分析しました。

エチオピアのアディスアベバ大学でアフリカ・アジア研究センター長を務めるゼリフン・ベルハン准教授

その結果、短期的には、農民が世帯レベルで始める気候変動への適応にPSNPが好影響を及ぼすことが分かりました。また長期的には、各世帯が気候関連のショックに対する脆弱性を低減させ、商品・サービス需要を増大させ、地域の生計変容を支えられるようにするため、PSNPが農民の収入向上を支援する必要があることが示されました。

同准教授は発表の締めくくりにあたり、今後のさらなる研究の必要性を述べました。また、アフリカでEBPMを実践することの重要性を論じ、データとリソースが不足していることや、政策立案者にエビデンスを求める姿勢が乏しいことを課題に挙げました。

コンゴ民主共和国におけるEBPMの課題

続いて、コンゴ民主共和国の元副首相でもある、キンシャサ大学経済学部のダニエル・ムココ教授が発表を行いました。同教授は、コンゴ民主共和国のように政治システムが不安定で、ガバナンスの構造が弱く、データが乏しく、統計能力が低い国でEBPMを実践する上での課題を取り上げました。

キンシャサ大学経済学部のダニエル・ムココ教授

1990年代以降のコンゴ民主共和国では、主に国連児童基金(UNICEF)や米国国際開発庁(USAID)のような援助機関の後押しと資金により、限定的ながらデータ収集が行われてきました。しかし、人口や農業、事業所に関する国勢調査や標本抽出の枠組みが不十分なため、データ収集の精度に影響を及ぼしています。世界銀行の資金による統計能力開発戦略が2009年から導入されているものの、適切に実施されていません。

同教授は、政府がデータ収集に政治的にコミットしておらず、政治目的でデータが歪曲して使われることが、上記の試みがうまくいかない原因になっていると指摘しました。そして、コンゴ民主共和国のように安全保障上の懸念により政治システムが弱体化した脆弱国家では、より多くの研究が必要だと論じました。さらに、国際資金援助によるプロジェクトを国が主体的に支援する重要性を強調するとともに、プロジェクトの実施に携わる人々に対し、説明責任を構築する手段として、国民との対話や議論に一層関心を向けるよう呼びかけました。

政策立案における予測モデルの役割

アフリカのシンクタンク、安全保障研究所(ISS)のアリゼ・ルルー上席研究員はまず、EBPMにおいて予測を活用することの課題を概説しました。そのなかで、政策立案者が信頼できる予測モデルを確立する必要性や、特にデータ収集・蓄積・管理が政府機関間で連携していない国での予測モデルづくりに要する時間と労力、さらには政策立案者の現在の思考様式と異なる考え方のモデルを示すことの困難を取り上げました。

安全保障研究所(ISS)のアリゼ・ルルー上席研究員

同上席研究員は、予測モデルの構築と活用に伴うこれらの課題を議論したのち、ウェブサイト「アフリカン・フューチャーズ(The African Futures)」を紹介しました。このサイトは自由にアクセスできるプラットフォームで、一連の課題の多くに対応し、アフリカ54カ国それぞれや大陸内の地域経済圏ごとに予測モデルを用いたエビデンスを提供しています。以下の「関連情報」のリンクからご覧下さい。

プレゼンテーションに続くパネルディスカッションでは、AUDA-NEPADのシンクタンク部門であるポリシー・ブリッジ・タンク(Policy Bridge Tank)のシニア・プログラムオフィサー兼リード・コーディネーター、パムラ・ゴパウル氏がモデレーターを務めました。発表者らは、インフラの質の重要性やEBPMにおける現地研究者の役割、政策立案者がプログラムや政策のインパクトに関するエビデンス収集への支援を拡大する必要性、データ収集に関する課題を克服するための方策について議論を深めました。

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