進化する「人間の安全保障」の概念と実践:JICA緒方研究所フラッグシップレポートに基づくウェビナー開催

2023.02.08

JICA緒方貞子平和開発研究所の武藤亜子上席研究員は、2022年11月2日に国連平和大学(UPEACE)ジャパンチェアが開催したウェビナー「進化する人間の安全保障——現在の概念と実践」でゲストスピーカーを務めました。

ウェビナーの冒頭、国連平和大学のフランシスコ・ロハス・アラヴェナ学長が開会の辞を述べました。アラヴェナ学長は、ポスト冷戦時代とグローバル化という文脈において、伝統的な安全保障の概念は十分ではないと指摘。気候変動や新型コロナウイルス感染症、民主主義体制の危機など、新たな非軍事的脅威に対応するには新しい概念が必要だと論じました。また、このような新たな脅威と世界的な経済危機のような伝統的脅威の結合が、新しい思考様式やパラダイムを構築するうえで、学術界や政治、社会の大きな課題になっていると強調しました。

ディスカッションの参加者ら

武藤上席研究員は、JICA緒方研究所レポート『今日の人間の安全保障』創刊号に掲載された共著論稿「人間の安全保障研究の歩み-JICA緒方貞子平和開発研究所の取り組みを中心に-」に基づき、人間の安全保障という概念の歴史的展開、人間の安全保障の実践、今後の人間の安全保障研究の展望という三部構成で発表を行いました。

発表ではまず、武力衝突や自然災害といった伝統的な問題が深刻化していることや、新型コロナウイルス感染症のパンデミックなどの新たな世界的脅威が顕在化していることに触れ、そうした状況に適切に対応するには、人間の安全保障の視点が重要である点を強調しました。

「人間の安全保障」概念の歴史的展開

武藤上席研究員によると、人間の安全保障の概念は、国連開発計画(UNDP)が発行した『人間開発報告 1994』をきっかけとして政策レベルで広まりました。それから20年近い議論を経た2012年、人間の安全保障への包括的理解に関する決議が国連総会で採択されました。この決議では、人間の安全保障について、武力による威嚇や武力行使、強制措置を伴うものではなく、国家の安全保障を代替するものでもないと明言しています。同決議は、今日の国際社会において、広義の人間の安全保障に対する共通理解とみなされています。決議はまた、気候変動や自然災害、感染症、金融危機、差別、不平等、国内紛争といった幅広い脅威を対象として特定することで、人間中心の視点から安全保障を再考するよう提案しました。

人間の安全保障の実践

武藤上席研究員はこうした歴史的展開を説明したのち、人間の安全保障を達成するには、学問領域や職種、専門分野、国境を越え、さまざまなアクターが協同することが重要だと強調しました。また、その理由として、一つの原因に対処するだけでは連続的、連鎖的な脅威に対応できないことを挙げました。

さらに、人間の安全保障を推進する予防志向の視点を紹介しました。例えば、自然災害の発生を阻止することは困難ですが、想定される被害に備え、損失を抑えることは可能です。自然災害から人々を守る措置に加え、参加型の取り組みやコミュニティーの啓発は、人々のエンパワメントにつながります。

イベント告知のフライヤーで紹介された武藤亜子上席研究員

人間の安全保障を達成するもう一つの手段は、脆弱な人々に焦点を合わせることです。例えば、貧困は不足や欠乏の一形態とみることができます。そのため、政府や地方自治体を通じて貧困層の実情を明らかにすることは、人間の安全保障の推進に欠かせません。さらに、直接支援だけでなく、災害リスクの軽減や教育機会の拡大といった協力もまた、貧困層の状況悪化を抑える手段になります。

武藤上席研究員は、国とコミュニティー、両方のレベルで支援を実施することが重要だと強調しました。JICAは国レベルだけでなくコミュニティーレベルの支援も拡大させ、人間の安全保障の概念に基づき、人々をより直接的に協力の中心に据えてきました。さらに、脆弱で取り残された人々の状況を理解するには、とりわけ地方レベルにおいて、細分化されたデータを収集・活用することが重要だと指摘しました。

ウェビナーでは、JICA緒方研究所の梶野真由奈リサーチ・オフィサーも発表を行い、ホンジュラスでのJICA海外協力隊の活動で得た経験を共有しました。梶野リサーチ・オフィサーは、人間の安全保障の概念を現場で実践する方法を説明し、この概念は異なる視点を理解することや、異なるアクターによる連携を促進することに役立ちうると強調しました。

人間の安全保障研究の展望

最後に武藤上席研究員は、人間の安全保障研究における今後の展望として、「政府間を中心とした協力」「地方レベルにおける人間の安全保障の浸透・統合」「尊厳を守る人間の安全保障の実践」を挙げました。

また、UNDPが特別報告書「人新世の脅威と人間の安全保障~さらなる連帯で立ち向かうとき~」を2022年2月に発行したことにも言及しました。人間の安全保障に関する報告書をUNDPとJICAがほぼ同時に発信した事実は、現在の先行き不透明な世界で人間の安全保障を促進することの重要性を示しているとの見解を示しました。

発表後、ロハス学長がウェビナーを総括しました。その中で、児童兵を利用する最近の組織犯罪の傾向を指摘し、児童は裁判の対象とならないため、保護策を見いだすことが重要だと強調しました。

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