【佐藤一朗上席研究員コラム】国連持続可能な開発目標(SDGs)の後に続く新たな国際開発目標の指標フレームワークを考える
2024.08.16
JICA緒方貞子平和開発研究所には多様なバックグラウンドを持った研究員や職員が所属し、さまざまなステークホルダーやパートナーと連携して研究を進めています。そこで得られた新たな視点や見解を、コラムシリーズとして随時発信していきます。今回は、研究プロジェクト「2030年以降の新たな国際開発目標における指標フレームワークに関する研究 」に携わる佐藤一朗上席研究員が以下のコラムを執筆しました。
著者:佐藤一朗
JICA緒方貞子平和開発研究所 上席研究員
2015年に持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)が国連で採択されてから来年で10年を迎えようとしています。SDGsが目標とする2030年まで、あと6年余りですが、SDGsが掲げる17のゴールは順調に達成されているのでしょうか。国連が今年6月に発表した「The Sustainable Development Goals Report 2024」(持続可能な開発目標報告書2024)によると、SDGsの達成状況には多くの問題があり、目標に向けた進捗が十分でないターゲットが少なくないばかりか、むしろ以前よりも後退してしまっているターゲットもあるといいます。SDGsの達成に向けた各国の取り組みや国際協力をいかに加速していくかが目下の重要課題であり、今年9月に開催される国連未来サミットでも、その課題が話し合われる見通しです。達成状況の深刻な遅れに加え、同報告書ではSDGsの採択から10年近く経過した現在でもなお、達成状況を計測するためのデータの不足や、タイムリーにデータが入手できていないなどの問題があることを指摘しています。
SDGsは、17のゴールと169のターゲットで構成されています。そして、各ターゲットの進捗を測るために合計で231の指標が設定されています(複数のターゲットに同じ指標が割り当てられている場合に別の指標としてカウントすると計248個の指標が設定されています)。
この指標は、ゴールやターゲットと比べると注目されることが少ないのですが、実はとても重要なものです。各国が、そして世界全体が、設定したゴールやターゲットに向かって、現在どの地点にあり、あとどのくらいの道のりが残っているのか、目標に向かって進んでいるのか、逆に遠ざかっているのかなど、指標のデータから判断することになるからです。そして指標のデータから判断したこれまでの進展や現状の認識をもとに、これからの対策を検討することになります。
さらに、時に指標はターゲットの内容を実質的に規定してしまうこともあります。SDGsでは先にゴールとターゲットが合意され、その後に各ターゲットを計測する指標が検討されました。従って、指標はあくまで既に決まっているターゲットの計測用に設定されるものであって、指標がターゲットの内容を左右することは想定されていません。しかし、ターゲットの概念が広範だったり、曖昧さがある場合、そのターゲットに設定された指標によって実質的にターゲットの内容が定められてしまうケースがあります(Kim 2023)。例えば、ゴール5のジェンダー平等に設定されているターゲット5.bは、「女性の能力強化促進のためICTをはじめとする実現技術の活用を強化する」というものです。このターゲットに設定されている唯一の指標が、5.b.1「携帯電話を所有する個人の割合(性別ごと)」です。女性の能力強化促進のために技術が活用されているかどうか、携帯電話の所有率だけで計測することに無理があることは明らかですが、ひとたび携帯電話の所有率が唯一の指標として設定されると、そこに注目が集まり、女性の携帯電話所有率向上を図る政策が実施されたり、逆にその他の大事な側面に目が向かなくなるなどして、実質的に女性の携帯電話の所有率向上がターゲットのようになってしまう可能性もあります。このように、地味で一部の専門家にしか関係無いように思われる指標が、実はとても大事な存在であることをお分かりいただけたと思います。
JICA緒方研究所では、現在あるSDGsの指標フレームワークが抱える課題を分析し、その結果を基に、SDGsの目標年である2030年以降に新たに設定されるであろう国際開発目標を念頭において、新しい指標フレームワークの在り方を提案する研究プロジェクトに取り組んでいます。このコラムでは、その概略をご紹介したいと思いますが、まずは現在のSDG指標フレームワークの課題について、次の節で概観します。
SDG指標については、多くの課題が指摘されています。まず挙げられるのが、指標の数が多すぎるというものです。重複を省いて231の指標があると書きましたが、実はひとつの指標の中に複数のサブ指標が設定されていたり、性別、年齢層別、地域(都市部、農村部等)別など、細分化したデータの提出が求められている指標もあることから、それらを含めると千を上回る種類の指標データが必要とされています。しかも、一度出せば良いわけではなく、頻度は指標にもよりますが、同じ指標のデータを数年おきに提出する必要があります。200余りある国連の加盟国で一カ国たりとも全てのデータを提出できている国はなく、多くの指標でデータの充足度が極めて低い状況にあります(Dang and Serajuddin 2020)。行政資源の制約が厳しい途上国にとってはデータ収集の負担が重く、低・中所得国が全てのSDGs指標のデータを揃えようとすると2030年までに合計で450億ドルかかるとの試算もあります(Global Partnership for Sustainable Development Data 2016)。さらに、提出されているデータも、正確性、信頼性、比較可能性などに問題があると指摘されています(Biggeri et al. 2019)。
他方で、現在のSDG指標は数が十分ではない、という一見すると上記とは相反する指摘もあります。SDGsのターゲットの中には、ひとつのターゲットの中に複数の異なる要素を含むものや、広範な内容を含むものがあるにも関わらず、上述のとおり一部の側面を図る指標しか設定されていないターゲットが少なからずあります。その背景には、SDGsの指標を検討する過程で、指標の数を極力減らすよう政治的なプレッシャーがあったことがあるようです(MacFeely 2020)。そこで、SDG指標は全ターゲットの重要な側面を捕捉できるよう、数を増やして拡充すべきと提案する研究者もいます(Kim 2023)。
指標を減らすべきか増やすべきか、相反する意見がある中で、SDGsに続く国際開発目標の指標フレームワークをどのように改善していけば良いのでしょうか。
JICA緒方研究所で取り組んでいる研究では、次のような提案を考えています。提案は、現在のSDG指標フレームワークをもとに作っていますが、SDGsの目標年である2030年より後に設定される国際開発目標に活用されることを想定しています。
ひとつ目の提案は、グローバル指標を、全ての国が定期的にデータ提出すべきコア指標と、それ以外の指標の2つのカテゴリーに分けて設定することです。コア指標については各国から提出されるデータが同じ定義・方法に基づいて整備され、提出されたデータが各国間で比較可能なデータとなることを保証するため、当該指標を担当する国際機関によるチェックや、データ整備キャパシティが不足する国に対する国際支援を強化・集中することを想定しています。各国のデータ整備の負担や、統計能力向上に投入できる国際支援の規模などを考慮すると、コア指標の数は50程度以下が適切ではないかと考えています。コア指標以外のグローバル指標は、各国が自国の開発戦略やモニタリング・ニーズに応じて選択的に用いることができるオプショナル指標として整備することを想定しています。オプショナルなので、数を絞る必要はなく、各ゴール、ターゲットが持つ多様な側面をカバーできる十分な数の指標をリストアップすることが期待されます。
JICA緒方研究所の研究では、現在のSDG指標をもとに具体的なコア指標セットの案を検討しています。まず現行のSDG指標の中から、指標の定義やデータ整備方法が国際的に確立されており、既に多くの国が提出できていることなどの条件で絞り込み、さらに指標間の相関関係を利用して絞り込んでいくことを検討しています。既存研究(例えばShuai et al. (2021))において、SDG指標間の相関関係を利用して指標の数の絞り込みが可能であることが示唆されており、本研究ではこのアプローチを採用しています。こうして絞り込んだコア指標セットの候補は、そのままではバランスを欠いていたり、重要な側面の指標が抜けている可能性があることから、いくつかの指標を補足的に追加することを検討しています。例えば、SDGsが採択された2015年当時には重要と認識されていなかった課題が、現在は重要な課題となっている(例えばパンデミック対策や人工知能(AI)の活用等)場合があり、そうした新たな課題に関連する指標の追加も検討しています。
ふたつ目の提案は、国別、及び国内の地域別のターゲット・指標設定を一層促進することです。これは新しい提案ではなく、現在のSDGsにおいても推奨されています。そのことは、SDGsを含むかたちで2015年に国連で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ
」のパラグラフ75に「目標とターゲットは、グローバルな指標によってフォローアップされる。これらは、国レベルや全世界レベルでのベースライン・データの欠如を埋める取組とともに、各国や地域レベルで策定される指標によって補完されるものである。」と書かれていることからもうかがえます(ただし、ここでいう「地域」は国内の地方ではなく複数国を内包する地域を指しているものと思われます)。ところが、実際には、SDGsのグローバル指標と異なる独自の指標を設定している国や国内地域は多いとは言えないのが現状です。しかし、それぞれ異なる状況に置かれた各国・地域にとって、SDGsのグローバル指標は実情にそぐわないものも多いはずであり、各国の優先開発課題や文脈に合致した独自の指標を設定するメリットは大きいはずです。
本研究では、国及び国内の地域で独自の指標を設定する意義や、設定のノウハウについて、具体的な事例を参照しつつ示すことを検討しています。日本は独自SDG指標を設定している地方自治体の事例が多いことから、まずは日本の事例を中心にレビューを行い、続いて他国の事例をレビューし、独自指標設定の経験・教訓を抽出して体系的に示すことを目指しています。 日本の自治体の独自指標設定の事例として、例えば、石川県金沢市では同市が作成した「金沢ミライシナリオ(金沢SDGs行動計画)」の達成状況を測るために、市民の声も取り入れながら45の独自指標と各指標に対応する指標データリスト
を選定したそうです。その中には、歴史的な街並みが残る古都・金沢らしい独自指標として、「文化・景観の保全・継承」という指標があり、関連する指標データとして「歴史や文化に触れる機会が身近にあるまちだと感じる市民の割合」や、「特定金澤町家件数」などが挙げられています。
SDGsが目標年とする2030年より後の国際開発目標をどうするか、近い将来、議論が本格化することが予想されますが、次の国際開発目標の指標フレームワークに関する国際的な議論に貢献できるよう、2024から2025年度にかけて中間的な研究成果を発信していく計画です。
Biggeri, Mario, David A. Clark, Andrea Ferrannini, and Vincenzo Mauro. 2019. “Tracking the SDGs in an ‘Integrated’ Manner: A Proposal for a New Index to Capture Synergies and Trade-Offs between and within Goals.” World Development 122 (October):628–47.
https://doi.org/10.1016/j.worlddev.2019.05.022.
Dang, Hai-Anh H., and Umar Serajuddin. 2020. “Tracking the Sustainable Development Goals: Emerging Measurement Challenges and Further Reflections.” World Development 127 (March):104570.
https://doi.org/10.1016/j.worlddev.2019.05.024.
Global Partnership for Sustainable Development Data. 2016. “The State of Development Data Funding 2016.”
https://opendatawatch.com/wp-content/uploads/2016/09/development-data-funding-2016.pdf.
Kim, Rakhyun E. 2023. “Augment the SDG Indicator Framework.” Environmental Science & Policy 142 (April):62–67.
https://doi.org/10.1016/j.envsci.2023.02.004.
MacFeely, Steve. 2020. “Measuring the Sustainable Development Goal Indicators: An Unprecedented Statistical Challenge.” Journal of Official Statistics 36 (2): 361–78.
https://doi.org/10.2478/jos-2020-0019.
Shuai, Chenyang, Long Yu, Xi Chen, Bu Zhao, Shen Qu, Ji Zhu, Jianguo Liu, Shelie A. Miller, and Ming Xu. 2021. “Principal Indicators to Monitor Sustainable Development Goals.” Environmental Research Letters 16 (12): 124015. https://doi.org/10.1088/1748-9326/ac3697.
※本稿は著者個人の見解を表したもので、JICA、またはJICA緒方研究所の見解を示すものではありません。
■プロフィール
佐藤 一朗(さとう いちろう)
JICA緒方貞子平和開発研究所上席研究員。1997年に国際協力事業団(当時)に入団。メキシコ事務所、ブラジル事務所、防災グループ、気候変動対策室などを経て、2022年より現職。2018~2020年にWorld Resources Instituteに出向。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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