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【瀧澤郁雄主席研究員インタビュー】グローバルヘルスに向き合い誰もが健康に生きられる世界を

2024.10.07

「グローバルヘルスとは、世界の健康問題にみなが協力して取り組むという行為そのもの」と語るのは、長年JICAでこの分野の最前線で活躍してきた瀧澤郁雄主席研究員 。グローバルヘルスの近年の課題や、2024年11月に初めて日本で開催されるシンポジウム「The 8th Global Symposium on Health Systems Research 2024(HSR2024) 」に向けた意気込みを伺いました。

地球上のどこに生まれても健康に生きることができる世界をつくりたい

―「Mr.グローバルヘルス」と呼ばれるほど、この分野に継続して関わってきているそうですが、そのきっかけを教えてください。

グローバルヘルスとの出会いは、ある意味、偶然でした。国際協力事業団(当時)に入団して二部署目の基礎調査部にいた当時は、日米両国が連携し、NGOなども巻き込んで人口やエイズといった課題に取り組んでいく「地球的展望に立った協力のための共通課題(日米コモン・アジェンダ)」が立ち上がったタイミングでした。その一環で、アジアやアフリカなどでの保健分野のプロジェクト形成調査に関わることになったのです。

大学で開発経済学を専攻していた私にとっては、保健やグローバルヘルスは全くの畑違い。だからこそ勉強したいとハーバード公衆衛生大学院での研修も経て、知れば知るほど、人の命に直接関わるこの分野こそ、開発の原点だと実感しました。まずは生き残ることができなければ、その先はない。地球上のどこに生まれても、健康に生きていける世界をつくっていく。そこに開発協力の意義を強く感じ、この分野に携わりたいと思うようになりました。

グローバルヘルスへの開発協力は、科学と人文科学の両方での取り組みが一体化して、初めてうまくいくものです。例えばポリオを世界中からなくそうという取り組みを例に挙げると、サイエンスの領域として安全で効果的なワクチンがありますが、開発途上国の人々にもそのワクチンを届けるには、政治・経済学、社会学、人類学などノンサイエンスの領域で仕組みをつくっていく必要があります。これが私にとっては新鮮でした。

これまで、フィリピン事務所やケニア事務所の駐在時にも医療分野の協力に携わり、出張を含めて世界中の現場を訪れてきました。そこには、困難を抱えながらも人々の健康に寄り添って活動する医療従事者の姿があり、大きく心を揺さぶられました。また、グローバルヘルスをけん引する第一人者の方々とも出会い、彼らの深い見識から学ぶことも多かったです。アフリカの保健医療で功績をあげた人をたたえる野口英世アフリカ賞のケニアのミリアム・ウェレ博士やウガンダのフランシス・オマスワ博士とは親しくさせていただき、多くを学びました。世界共通の課題に取り組むグローバルヘルスに関われていることに大きなやりがいを感じています。

エチオピアのプライマリーヘルスケアを支える地域保健普及員と瀧澤主席研究員(左)

―コロナ禍にはJICA新型コロナウイルス感染症対策協力推進室長を務め、2023年12月にJICA緒方研究所の主席研究員に着任されました。どんな取り組みをしていますか?

新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の世界的な拡大、しかも多くの海外要員を引き揚げざるを得ないという危機の中でも、開発協力機関として責任を果たさねばならない、という危機感と使命感のもとに設立されたのが、新型コロナウイルス感染症対策協力推進室でした。多部門との協力で、病院や医学研究所などへの協力やワクチン普及の協力など多岐にわたる協力をスピード感をもって展開する、チャレンジングな業務でした。しかし嬉しいこともありました。ガーナの野口記念医学研究所やベトナムのチョーライ病院など、JICAがこれまで協力してきた各国の機関が、各国の対策において実に大きな役割を担っていたことでした。これこそ、JICAが掲げる相手国の能力強化の成果だと実感しました。

現在は、JICA緒方研究所でCOVID-19対策に関連した研究 のほか、ウガンダを対象にした若年層の望まない妊娠を防ぐアプローチの検証 や、ブルキナファソを対象にがん患者や家族の経験からがんの診断・治療における課題を明らかにする研究 などに関わっています。今後は、開発途上国の保健政策システムに関する研究も進めていきたいと考えています。

各国の保健システムの強化とグローバルヘルス・アーキテクチャーの構築へ

―グローバルヘルスの第一線で携わってきた視点から、グローバルヘルスの近年の課題とは?

2022年に日本政府が発表した「グローバルヘルス戦略 」にまとめられている2点が中心的な課題です。まずは、各国の保健システムを強化し、誰もが必要な保健医療サービスを負担可能な費用で受けられるUHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)を実現すること。そして、パンデミックのような危機に際しては、国際社会が協調して対応できるようにグローバルヘルス・アーキテクチャーを強化することです。

JICAは、この2点いずれにも貢献しています。前述のように、JICAが協力してきた医療機関の多くが各国の保健システムを支える拠点として機能していますし、最近では医療保障制度の拡充などにも協力しています。さらには、この各国の医療拠点が、感染症の早期発見などにかかわるグローバルなネットワークの核としての役割をも果たしているのです。また、パンデミックを経て創設された新しい円借款制度も、開発途上国の公衆衛生危機への予防・備え・対応を支える資金の流れとして、グローバルなアーキテクチャーを補完することが期待されます。

実は、COVID-19に関連した2020~2021年のODA額は、G7の中で日本が最大でした。日本も大変なのになぜ開発途上国を支援するのか、という逆風もありました。しかし、パンデミックが示したように、世界の健康課題は対岸の火事ではなく自分ごとでもあります。各国の保健システムを強化し、グローバルヘルス・アーキテクチャーを整えることは、世界のためでもあり、めぐりめぐっては日本のためにもなります。国際益と国益が合致するのです。そのメッセージを発信し、多くの人の理解を得ることが重要だと考えています。

長年の日本の支援により、国内各地から送られてきた検体の検査体制が整っているガーナの野口記念医学研究所(写真:JICA/今村健志朗)

日本そしてアジアからの発信強化でグローバルヘルスに貢献

―2024年11月には、JICAと長崎大学を共同ホストとして、保健政策やシステムの研究を議論する世界規模のシンポジウム「The 8th Global Symposium on Health Systems Research 2024(HSR2024) 」が開催されます。この機会をどう生かしていきたいですか?

日本は、長年G7などで保健分野を主要課題として取り上げ、グローバルヘルスの分野で政治的なリーダーシップを発揮しており、JICAも現場での協力を続けています。それに加え、知的な発信を通じた世界への貢献を強化したいとの思いから、このシンポジウムの日本での開催を誘致した経緯があります。HSR2024は、2024年11月18~22日まで長崎で開催され、約2,000人の研究者や政府関係者が集い、低中所得国の保健政策システムについて広く議論される予定です。

これを1回限りのイベントで終わらせるのではなく、開発途上国を視野に入れた保健政策・システム研究を日本でも盛り上げていくキックオフにしたいと思っています。さらに、アジアからの発信も強化していきたいです。アジア太平洋地域では、医療保障制度の整備が加速していて経験値が高く、世界に貢献できる知見があると考えているからです。各国が自立的に保健システムを強化した上で、それを補完するグローバルなアーキテクチャーが機能することが、次のパンデミックへの備えとして重要です。UHCを達成しつつ、健康危機対応にも備えることの重要性を訴えていきたいです。

―グローバルヘルスの課題解決に向けて、今後、JICAはどのように取り組んでいくのですか?

ODAでできることには限りがあります。民間資金は重要ですが、市場経済だけに任せても、医療費を払える人だけが良い医療を受けることができる不平等が生まれてしまい、うまくいきません。相手国政府によるコミットも引き出す必要があります。必要な医療サービスを、誰もが平等に受けられるUHCを、世界中の全ての国で、その国の状況に合った形でつくっていく―。そのための方向付け、触媒となるような役割を目指して協力することが必要と思います。

グローバルヘルスとは、世界の健康課題の羅列やあるべき理想像ではなく、世界の誰もが健康に生きられるよう、みなで取り組むアクションそのもの。JICAもそのアクターの重要な一員です。

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