【テクレハイマノト・ソロモン・ハディス研究員インタビュー】エチオピアが抱える課題解決に向けて:子どもに対する紛争の影響、構造転換における土地所有権保障の役割を考察する
2025.07.22
紛争は、子どもたちにどのような影響を与えたのか?土地所有権の保障と産業の構造転換に関連性はあるのか?母国エチオピアが抱える課題から生まれた問いの答えを求めて研究プロジェクトを立ち上げたJICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)のテクレハイマノト・ソロモン・ハディス 研究員に、その成り立ちや意義を聞きました。
—日本で学位を取得されていますが、日本で学ぼうと考えたきっかけは何ですか?
高校時代に、エチオピアの学者ケベデ・マイケルの著書『How Did Japan Become Civilized?(日本はどのようにして文明化を成し遂げたのか?)』を読みました。この書籍は日本の急速な近代化について考察し、日本の経済戦略から学ぶことによりエチオピアが経済発展できる可能性を示唆したものでした。この書籍と出会ったことで、日本に留学したいという思いが生まれたのです。
私は2008~2014年の間はエチオピアで働き、政府機関の企画・調査専門家、アクスム大学においては経済学部講師やビジネス・エンタープライズ・マネージング・オフィサー、また、メケレ大学の講師などを務めました。その後、日本の文部科学省の奨学金を獲得し、来日。開発経済学と公共政策研究分野で高い評価を受けていた政策研究大学院大学(National Graduate Institute for Policy Studies: GRIPS)で2016~2021年まで学び、公共経済学の修士号と開発経済学の博士号を取得しました。
2021年に研究助手として、2023年からは研究員として着任したJICA緒方研究所では、「エチオピア国ティグライにおける子どものウェルビーイング・教育に対する紛争と干ばつのインパクトに関する研究 」と、「構造転換促進における土地所有権保障の役割:非農業活動、国内・国際移住に関する実証分析 」という2つの研究プロジェクトを立ち上げました。土地所有権保障というテーマは、私が来日前から研究していたテーマなので、自身の強みを生かした研究プロジェクトを立ち上げることができたわけです。
— 研究プロジェクト「エチオピア国ティグライにおける子どものウェルビーイング・教育に対する紛争と干ばつのインパクトに関する研究 」を立ち上げた経緯として、このテーマを研究しようと考えたのはなぜですか?
実は、私自身がこの紛争の影響を体験したことから、このテーマへの関心が生まれました。私は、エチオピアのティグライ州出身です。2020年11月にティグライ州で紛争が発生した時、私は日本で学位取得を目指しているところでしたが、紛争の影響で固定電話やインターネット回線が遮断されてしまい、エチオピアの家族や同僚と連絡が全くとれませんでした。その紛争は2022年11月の停戦合意によって終結しましたが、人間の安全保障にもたらした影響は深刻なものでした。人権侵害や性暴力が深い傷跡を残し、子どもたちは2年間学校に通えず、教育施設は略奪と甚大な被害に見舞われました。人々の生活基盤は、大きく損なわれました。さらに悪いことに、紛争に続いて厳しい干ばつが発生したため、多くの地域でさらに荒廃が進みました。こうした“ショック”が重なることにより、特に子どもの教育と人々のウェルビーイングに長期的な影響が生じているのです。こうした状況を何とかできないかという想いから、この研究プロジェクトを立ち上げるに至りました。
ティグライの子どもたちは紛争により学習機会を奪われ、すでに課題が多かった教育環境がさらに悪化した。写真は紛争前の2017年撮影(写真:JICA)
この研究プロジェクトでは、紛争とその後の干ばつという深刻なショックが子どものウェルビーイングと教育に与えた影響を分析します。具体的には、子どもたちの学業成績や、紛争や干ばつの最中とその終了後に被災世帯がとった対処方法について、家計調査データを活用して調査します。当初は2024年11月に現地調査を行う予定でしたが、安全上の懸念により、2025年夏に延期を余儀なくされました。その調査が終わり次第、研究結果を学術論文として発表する予定です。ティグライにおける子どものウェルビーイング、教育、その他の復興活動の改善に向けた効果的なプログラムを立案するために、研究者、政策立案者、JICAを含む開発協力機関が利用できる識見を提供することを目指しています。
紛争、そして干ばつを含む深刻な自然災害は、世界的な課題です。気候変動による異常気象が以前よりも頻発する中、世界各地でさまざまな危機が同時に発生するリスクが高まっています。本研究プロジェクトの成果が、ティグライの復興を支援するだけでなく、同様の危機に直面している全世界の他の地域にも役立つものになることを願っています。
—もう一つの研究プロジェクト「構造転換促進における土地所有権保障の役割:非農業活動、国内・国際移住に関する実証分析 」を立ち上げたきっかけは何ですか?
エチオピアでは、土地は全て国有です。歴史的に何度も土地の再分配が行われてきたため、人々の間では“土地所有権”というものに対して不信感や不安感が広がっています。私はエチオピアで生まれ育ちましたから、明確な土地所有制度がないがために、農家の人々が農業生産性の向上ひいては貧困削減を目指して土地に長期的な投資をすることが容易ではなく、貧困から抜け出せないという実情を目の当たりにしてきました。また、土地所有権が不安定なことにより、農家は土地に関する争いで非常に脆弱な立場に置かれていました。
エチオピア政府は、農村地域の農家全員に土地証明書を発行して土地所有権の保障を強化するため、1998年、ティグライ地方で大規模かつ低コストの土地証明書プログラムを開始しました。現在、このプログラムでは、最新技術を活用し、土地所有の明確化を進めています。このプログラムが農家にもたらしたメリットは非常に大きく、もし政府から土地の返還を求められた場合は補償を受けられる権利も与えられました。私はこうした大きな変化が起こったことを知り、農業政策と農業プログラムに関心を持つようになりました。
—具体的にどのように研究を進めるのか教えてください。
この研究プロジェクトでは、エチオピアで土地所有権の保障を強化する土地証明書プログラムを導入することにより、農家の世帯員が農業以外の仕事に就く可能性が高まるかどうか、に焦点を当てます。土地証明書を得ることが、農業と非農業に対する労働力の分配にどう影響するか、また、国内および国外への移住にも影響があるのかどうかを調査します。さらに、土地証明書が世帯主(通常は男性)にのみ発行された場合と、世帯主と配偶者の共同名義で発行された場合の差異についても研究します。
過去の干ばつの経験を踏まえ、作付けの戦略を話し合うエチオピアの農家たち(写真:テクレハイマノト・ソロモン・ハディス)
東アフリカでは、農業は主要な経済活動であり、人口の約70%が農業を主な生計手段としています。しかし、農村地域では信用や保険の面で大きな課題が残ることに加え、土地市場の整備が進んでいないため、経済的機会は限られています。農業を市場主導の技術集約型ビジネスに転換していくには、まず、土地所有権の保障が不可欠であり、土地証明書の発行は農村開発を進める重要な政策手段だと考えています。本研究プロジェクトでは、土地所有権の保障が労働力の非農業部門への移行を実現し、同時に土地生産性などへの投資を促進することで、構造転換に貢献できるかを見定めることを目的としています。私は、土地所有権が保障されている農家世帯ほど、土地に投資し、新技術を導入し、生産性を向上させられる可能性が高いのではないか、という仮説を立てています。こうした投資は、異常気象に対する耐久力を高めるだけでなく、農作業の負担を軽減することにより農業以外の仕事から追加収入を得る機会も生み出す可能性があります。さらに、土地証明書があれば、それを担保として農業以外の活動のための融資を受けることもできるでしょう。
また、土地証明書とジェンダーとの関係性にも関心があります。地域によって、土地証明書に世帯主と配偶者の両方の名前が記載される場合もあれば、世帯主の名前だけが記載される場合もあります。やはり世帯主は男性のことが多いので、もし女性がその土地での労働に従事しているにもかかわらず、証明書に名前を記載されない場合は、自分が土地を所有しているという意識は低くなってしまうのではないかと考えています。反対に、夫婦両方の名前が記載されている世帯は、土地への所有意識が高くなる可能性があります。こうした違いが、経済活動や意思決定に影響を与えるかどうかを研究したいと考えています。エチオピアでは、農作業を含め、日常生活において、女性の決定権が弱い傾向があります。一般的に、労働力の分配や消費の選択について決めるのは世帯主(の男性)です。ジェンダーインクルーシブな土地証明書のインパクトに関する研究はこれまでほとんどありませんが、土地所有を通じて女性のエンパワメントを図ることで、女性の経済参加が進み、全体的な生産性を高めることができるのではないかと考えています。男性優位のエチオピア社会ですが、本研究プロジェクトからは、土地所有における男女平等について考える貴重なヒントが得られると思います。
主に世界銀行の二次データを活用する本研究プロジェクトの研究成果が、エチオピア政府にとって、土地所有プログラムの有効性を評価する上で役立つことを目指します。そして、政策決定に役立つ情報を提供することで、近代化を促進しながら、開発途上国の地域社会の復興と成長に貢献できることを願っています。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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