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【テクレハイマノト・ソロモン・ハディス研究員コラム】紛争と干ばつが子どものウェルビーイングと教育に及ぼした影響とは?エチオピア・ティグライ州での調査から探る

2025.11.10

JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)には豊富な経験と多様な専門的バックグラウンドを持つ研究員が所属し、幅広いステークホルダーと積極的に連携して研究を進めています。そこで得られた新たな視点や見解を、コラムシリーズとして随時発信していきます。今回は、研究プロジェクト「エチオピア国ティグライにおける子どものウェルビーイング・教育に対する紛争と干ばつのインパクトに関する研究 」に携わるテクレハイマノト・ソロモン・ハディス 研究員が、2025年6~7月にエチオピアのティグライ州で実施した調査を踏まえて執筆しました。

著者:テクレハイマノト・ソロモン・ハディス
JICA緒方貞子平和開発研究所研究員

写真:質問票調査員に向けて行った研修

質問票調査員に向けて行った研修

紛争の爪痕が残る地域を訪ねて

2020年11月にエチオピアのティグライ州で始まった紛争は、この地域に壊滅的な影響を及ぼしました。エチオピア連邦政府軍とティグライ人民解放戦線が交戦し、エチオピア国防軍のほか、アムハラ州特別部隊や隣国エリトリアの国防軍も政府側で参戦しました。2022年11月の停戦まで衝突が続いたことにより、インフラは破壊され、住民の生活は著しく悪化しました。独立シンクタンクであるニューラインズ戦略政策研究所 の報告によると、40万人の兵士や30万人の民間人が命を奪われたとされ、この紛争による死者数は21世紀最悪であり、冷戦終結以降でも極めて悲惨なものとなりました。

写真:フィールド調査中に繰り返し目にした紛争中に破壊された車両(著者撮影、以下同)

フィールド調査中に繰り返し目にした紛争中に破壊された車両(著者撮影、以下同)

写真:エマホイ・ツェガ・グルマイ修道女による人道支援活動で、ティグライのアビ・アディに設けられた国内避難民向けの食料配給拠点

エマホイ・ツェガ・グルマイ修道女による人道支援活動で、ティグライのアビ・アディに設けられた国内避難民向けの食料配給拠点

上の写真は、最脆弱層の支援に深く身を捧げてきたエマホイ・ツェガ・グルマイ 修道女による人道活動を視察するため、ティグライのアビ・アディを訪れた時の光景です。ツェガ修道女は、リスクや不足を抱えながらも、家を追われた人々のために食料や衣類、医薬品を収集・配布する取り組みを現地で進めていました。

国内避難民(Internally displaced persons: IDP)向けの食料配給拠点では、配給を待つ子どもの列の長さに衝撃を受けました。その大半が、両親を失って自宅を逃れ、一時避難所で食べ物と安全を求めている子どもたちでした。配給量は、子どもたちが本来必要とする水準を大幅に下回っていました。この子どもたちは、次世代を担う存在として、本来なら親の愛や教育、栄養を十分に与えられるべきです。しかし実際には、わずかな希望にすがりながら困難に耐えていました。この食料配給の必要性を痛感するとともに、胸が締めつけられるような思いになりました。

壊滅状態となった教育セクター

各地の学校を視察して、教育セクターが紛争によって最も深刻な影響を受けているという事実にも、大きな衝撃を受けました。紛争中に多くの学校が軍に占拠され、基地として使われたため、略奪が横行し、教育用設備が破壊され、建物が大きく損壊しました。その様子を見て、「国を発展させたいのなら教育に力を注ぐべきだ。しかし、国を衰退させたいのなら教育をないがしろにすればよい」という格言を思い起こしました。それこそまさに、ティグライで起こったことなのです。

写真:左から、紛争の影響を受けたマイ・メクデン小学校、シェワテ・フグム小学校、ハゲルセラム小学校

左から、紛争の影響を受けたマイ・メクデン小学校、シェワテ・フグム小学校、ハゲルセラム小学校

ティグライでは、全ての子どもに対する学校教育が2年間中断されました。現在でも、教育に対する紛争の影響は続いており、教育の質と教育へのアクセスに課題があります。子どもたちの心的外傷や精神的苦痛も、依然として広く残っています。さらに、この地域は紛争停戦後に厳しい干ばつに見舞われました。重複して起こったショックは、地域住民全体に長期的な悪影響を及ぼす恐れがあり、子どもたちの学力に対する影響は計り知れません。

研究プロジェクトで目指すこと

こうした背景を踏まえ、研究プロジェクト「エチオピア国ティグライにおける子どものウェルビーイング・教育に対する紛争と干ばつのインパクトに関する研究 」では、以下の2つの目的を定めました。

1)エチオピアのティグライ地域において、子どものウェルビーイングと教育に紛争と干ばつが及ぼす影響のエビデンスと理解を創出する

2)そのエビデンスを用いて、政策決定者であるエチオピア政府、ティグライ州、そして、JICAやその他のステークホルダーと情報を共有することで、子どもたちの心身への傷を軽減または予防するための介入がより効果的に行われるようにする

これらの目的に向けてデータ収集を行うため、2025年6月20日~7月29日に定量的手法と定性的手法を組み合わせた調査を実施しました。私はフィールド調査の一環でティグライを訪れ、データ収集プロセスを監督するとともに、家庭事例調査、キー・インフォーマント・インタビュー、フォーカス・グループ・ディスカッションに立ち会いました。

定量的調査は、家庭用、児童・生徒用、学校用、教員用の4種類の質問票を使って、9つのウォレダ(郡)にまたがる15の小中学校で実施しました。定性的調査では、主な手法として家庭事例調査、キー・インフォーマント・インタビュー、フォーカス・グループ・ディスカッションを採用しました。キー・インフォーマント・インタビューはPTA会長や学校長を対象とし、就学率や教育の質についての深い知見を得るために行いました。フォーカス・グループ・ディスカッションは、紛争と干ばつが生計や時間の使い方、意欲にどのように影響を及ぼしているか、子どもや地域住民と共に話し合うために行いました。計75回(1校当たり5回)の実施を通じて、地域の代表者や子ども、学校長、PTA会長、学校に通わなくなった子どもの家族から話を聞くことができました。

写真:ティグライ州教育局長とのディスカッション

ティグライ州教育局長とのディスカッション

写真:地域住民や生徒とのフォーカス・グループ・ディスカッション

地域住民や生徒とのフォーカス・グループ・ディスカッション

紛争地からの声を聞いて

ティグライは、人々の勤勉さや誠実さ、敬虔さ、文化・歴史の豊かさ、教育を重んじることで長く知られてきました。しかし、宗教的・歴史的に重要な場所はこの紛争で標的となり、一部は損壊しました。学校も攻撃され、多くの建物や設備が破壊されました。例えば、シェワテ・フグム小学校は全壊し、教員や児童は別の学校に移ることを余儀なくされました。その結果、子どもたちは今、長距離の通学に多くの時間を費やさなければなりません。

さまざまな調査対象地で、児童・生徒、教員、地域住民と話す中で、胸が痛むような言葉を多く耳にしました。彼らの多くが「未来への希望を失った」と語り、電気のない暮らしを2年近く送る中で、孤立し、見捨てられたと感じていたのです。紛争は、人々の生きる意味や希望を根底から揺るがしました。

教員らは、1年5ヵ月にわたり給料を受け取っておらず、路上で物を売って生計を立てざるを得なかったと語りました。児童・生徒らは学校の図書館や実験室が破壊された様子を目の当たりにし、多くが学ぶ意欲を失ったと話していました。ある生徒は「紛争の後、学習への意欲が大きく低下した」と語り、別の生徒は「明日がどうなるか分からないし、安全だと感じられない」と話しました。紛争後、就労や児童婚、移住など、さまざまな理由で多くの児童・生徒が退学し、就学率は著しく低下しています。

グループディスカッションでは、紛争がほぼ全ての世帯に影響を及ぼしたことが分かりました。家畜などの資産を失った上に、改良種子や肥料、殺虫剤といった必須の農業資材へのアクセスを含め、連邦政府によるサービスは全て停止されました。右の写真のように、畑を耕すのにロバを使っている農家を多く目にしました。これは自主的な選択ではなく、牛などの家畜を失ったことで、代わりにロバに頼らざるを得なかったのです。

写真:牛などの家畜を失った農家は、代わりにロバに頼ることを強いられている

牛などの家畜を失った農家は、代わりにロバに頼ることを強いられている

終わりに

紛争は、命と暮らしを破壊します。それでも、住民らは最も困難な時期においても地域内で支え合っており、荒廃の中でも驚くべきレジリエンスが見られました。本研究プロジェクトでは、定量データに加えてフィールド調査で収集した定性的データを分析し、以下の問いに答えることを目指します。

① 紛争と干ばつという複合的な影響に対して、最も脆弱な世帯がとっている主な対処手段は何か?

② それらが子どもたちや教育成果にどのような影響を及ぼしているか?

この問いに答えることで2年間の紛争と干ばつが子どもと教育に及ぼす直接的な影響を分析することができると考えます。そして、エチオピア政府やティグライ州、JICAなどのステークホルダーによる今後の介入がより効果的なものとなるよう、政策的な示唆を引き出すことも目指していきます。平和の実現に向けて、協働していくことが求められます。

※本稿は著者個人の見解を表したもので、JICA、またはJICA緒方研究所の見解を示すものではありません。

■プロフィール
テクレハイマノト・ソロモン・ハディス
東京国際大学での非常勤講師を経て、2023年から現職。主な研究領域は、開発経済、公共経済、インパクト評価、農村貧困ダイナミクス、土地所有権、移住、人的資本投資。

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