【テグー・ダルタント客員研究員インタビュー】学校給食プログラムの展望から見い出す“人づくり”と豊かな国への道
2026.04.22
2025年7月に着任したJICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)のテグー・ダルタント 客員研究員は、研究プロジェクト「インドネシアにおける新たな無償給食プログラム:その財政的持続可能性、経済インパクトと課題について 」に取り組んでいます。本インタビューでは、インドネシアで始まった学校給食プログラムの展望や、「中間層の危機」に関する研究をはじめとしたこれまでの研究、そして共通する研究テーマについても聞きました。
—かつてリサーチ・アソシエイトとして在籍していたJICA緒方研究所に、10年ぶりに復帰されていかがですか?
まるで里帰りした気分です。私はこの10年、インドネシア大学で講師や研究員として活動し、その後は経済経営学部長(2021〜2025年)を務め、新型コロナウイルス感染症のパンデミックをはじめとする困難な時期に、学術的な変革を後押しする役割を担ってきました。2025年6月に学部長の任期を満了した後、管理業務を離れて、今一度研究に集中したいと考えたのです。そのため、JICA緒方研究所に客員研究員として戻ることは、懐かしさと新鮮さの両方を感じられ、改めて自分の研究に向き合う待望の機会だと捉えています。
—もともと日本に来たきっかけは何だったのですか?
私は2005年に政府奨学金で来日し、一橋大学で修士号、名古屋大学で博士号を取得しました。その間に、研究テーマを財政の地方分権化から貧困と不平等へと焦点を移しました。その後、JICA研究所(2020年にJICA緒方貞子平和開発研究所に改称)のリサーチ・アソシエイトとして貧困動態に関する研究プロジェクトに携わり、成果として2本のワーキングペーパー(No.54 、No.117 )を執筆しました。日本での年月は学問やリーダーシップに対する私の姿勢を形づくり、忍耐とチームワークを重んじる姿勢を育んでくれました。インドネシアに帰ってからもJICAと関わり続けていたこともあり、日本とインドネシアの連携という功績を駐インドネシア日本大使から表彰されたこともありました。
—現在はJICA緒方研究所でインドネシアの学校給食プログラム について研究されています。これがどんなプログラムなのか、そしてどのような課題を抱えているのか教えてください。
インドネシアで2025年に始まった「無償学校給食プログラム(Makan bergizi Gratis: MBG)」は、幼稚園から高等学校までの全ての児童・生徒、さらには幼児と妊婦に無償で栄養価の高い食事を提供することを目指しています。発育不全を減らし、学習の成果を高め、最終的には貧困削減を促すという非常に意欲的な目標を掲げています。
プラボウォ・スビアント大統領は、選挙期間中、全ての人に恩恵が及ぶ事業として同プログラムを公約に取り入れました。それまで対象を絞って施行されていたプログラム、例えば小学校の児童への補助給食(PMT-AS)、学校児童向け追加食事プログラム(PROGAS)、妊婦・幼児向け補助給食(PMT Ibu Hamil dan Balita)といった断片的で小規模な介入を脱し、全国統一の栄養支援モデルに方向転換するという大胆な政策です。
全国規模で取り組もうという姿勢は称賛に値しますが、国の社会経済統計では、栄養の問題が所得下位40%の世帯に著しく集中していることが一貫して示されています。ここから重要な疑問が浮かびます。インドネシアは、全ての人を対象に支援することを優先すべきなのでしょうか?それとも、より対象を絞ったアプローチの方が、最も支援が必要な人々により公正に資源を届けられるのでしょうか?全ての人を支援するアプローチにおいては、どうすれば効果的な対象選定や長期的な財務持続性とのバランスをとれるのでしょうか?
財務の持続可能性も懸案です。同プログラムの費用は、年間400兆〜450兆ルピアにも上る可能性があり、それは国家予算の13%超に相当するのです。また、運営上の不安もあります。同プログラムでは、数千もの島々への安全かつ安定的な提供体制を確保し、食品の品質を維持し、廃棄を防がなければなりません。また、栄養失調の影響を最も受けやすい幼児と妊婦への食事は、地域保健活動「ポシアンドゥ」や地域保健センター「プスケスマス」を通じて届けるか、学校以外の地域の調理施設で用意することになります。安全かつ効率的で、柔軟に規模を調整できる仕組みを設計することは、依然として重要な課題です。
安全に学校給食を提供するため、給食室に掲示された衛生に関する注意書き
調理後に盛り付けられた学校給食
インドネシアでは、発育不全が依然として深刻です。該当する子どもは全体の21〜22%を占め、健康や教育、将来の所得に長期的な悪影響をもたらしています。マクロレベルで見ても、発育不全がもたらす長期的影響は国内総生産(Gross Domestic Product: GDP)を2〜3%押し下げる恐れがあります。栄養の改善は、健康上の優先課題であるだけでなく、経済的にも喫緊の課題なのです。私の研究では、産業連関分析アプローチとミクロシミュレーション・アプローチを採用し、シミュレーションモデルを通じた財務面での実現可能性の評価と、GDP、雇用、貧困、格差といった広範な経済的影響の分析をします。それによって、包摂的かつ強靭で、財務持続性のあるモデルを設計できるように政策立案者を導き、同プログラムが着実に人的資本を強め、長期的な繁栄を支える基盤となることが目標です。
学校給食を調理するスタッフ
学校給食の調理施設を視察したテグー・ダルタント客員研究員
—学校給食に関する日本の経験のうち、インドネシアに応用できそうな点は何ですか?
日本の経験は多くの示唆を与えてくれます。日本の学校給食は、1889年に山形県で始まりました。当初は小規模な取り組みでしたが、特に第二次世界大戦後、1954年の学校給食法の施行を受けて着実に進歩してきました。それ以降、学校給食は全国へと拡大し、単に「児童・生徒に食事を提供する」という取り組みだけでなく、食育 として知られる総合的な栄養教育の取り組みへと変貌を遂げています。
私は、2025年10月13〜16日に三重県で開催されたJICAの課題別研修「学校保健・栄養」に参加しました。日本のアプローチへの理解を深めるだけでなく、12ヵ国から参加した研修員との交流を通じて各国が子どもの栄養をどのように位置づけ、取り組んでいるか、アプローチの違いを比較することもでき、有意義な経験でした。
研修中、2ヵ所の学校を視察しました。1校は農村部に、もう1校はより都市部にある学校でした。どちらも全国共通の原則を共有しつつ、地域の文脈を取り組みに反映していました。特に印象深かったのが、給食室での調理から教室での配膳、みんなで一緒に食べるところまで、各工程がとても体系的で、規律正しく行われていたことです。また、食育プログラム が単純に食事を提供するだけではなく、それをはるかに超えていることは、一際目を引きました。児童は給食のプロセスに直接参加することを通じ、協力する姿勢や食べ物への感謝、栄養と健康への意識を学んでいました。その意味で、学校給食はまさに「生きた教室」と言える存在です。
日本の学校給食の経験からは、インドネシアにとって重要な教訓を得ることができます。第一に、地域の状況に応じながら、段階的に実施し、少しずつ拡大することです。第二に、中央政府、地方自治体、保護者が費用を分担することで、財政的な持続性を確保することです。第三に、地方分権型の体制を生かし、地元の文化を反映した献立作りや食材調達を学校ごとに行えるようにすることです。第四に、効率と食の安全性を両立させるため、学校の給食室での調理とセンター方式(共同調理場)の両方を組み合わせることです。第五に、給食を教育と結び付け、食べ物や生産者、環境への敬意を教えることです。そうすれば、インドネシアの無償学校給食プログラムを、単に子どもに食事を提供するだけでなく、将来世代の健康的な習慣を養う基盤へと発展させることができると考えます。
—ダルタント客員研究員は、学校給食に関する研究のほかに、「中間層の危機」という概念を提唱したことでも有名です。この概念にはどんな意味がありますか?
私は過去8年間、インドネシアの中間層の危機について研究してきました。JICA研究所での貧困動態に関する研究成果である「ワーキングペーパーNo.117 」を土台にしています。この研究では、「インドネシア家族生活調査」5回分のデータを用い、1993〜2014年の間に貧困率が86%から20%へと劇的に低下し、同時に中間層が9倍近く増加したことを明らかにしました。貧困層の約3分の1が中間層への上昇に成功したのです。私はこれを見て、インドネシアの将来の発展は、ますます中間層の強さとレジリエンスが形づくるものになっていくと確信しました。これらの研究成果は2020年に「Bulletin of Indonesian Economic Studies」で発表しています。
しかしその一方、懸念も浮かび上がりました。いまや多くの世帯が中間層の中で停滞し、その先には移行できなくなっているのです。見方によっては、国家レベルの議論でしばしば言及される「中所得国の罠(middle-income trap)」によく似た現象です。それと同様の傾向が今、世帯レベルで見られているのです。
私たちは、この問題を多面的に考察し始めました。例えば、「中間層の危機」をどう適切に測定するか、政治参加とどのような関係があるのか、そして経済的移動性が健康やウェルビーイングとどのように相互作用するのか、といった点です。2023年にはインドネシアの中間層に関する共著論文を発表し、中間層の生活水準が2019〜2023年に実際には減退していることを示しました。私たちが用いた成長発生曲線(growth-incidence curve)はシンプルでありながらも強力で、国内で大きな議論を呼び起こしました。その後、私が所属していたインドネシア大学経済経営学部経済社会研究所(LPEM FEB UI)は、2024年に報告書を発表し、この下降傾向を裏付けました。さらに、まもなく発表されたインドネシア政府の公式統計でも、中間層が約950万人減少したことが示されました。こうして、もともとは技術的な観察として始まった研究でしたが、「中間層の危機」はインドネシアの経済政策論議の主要テーマへと押し上げられることになったのです。
私にとって、メッセージはとても明確です。インドネシアの繁栄には、力強く、拡大する中間層が不可欠だ、ということです。中間層は、消費やイノベーション、生産性、民主制の安定をけん引します。もしインドネシアが2045年までの開発目標達成に向けたビジョン「Indonesia Emas 2045」を実現したければ、より強靭かつ包摂的で、先見性のある中間層を形成する政策が必要です。中間層は経済成長の受益者であるだけでなく、成長そのものを支える柱でもあるのですから。現在、私は東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国間で中間層の力学を比較し、インドネシアが近隣諸国から得られる教訓を明らかにする取り組みを進めています。
—ダルタント客員研究員の研究分野は、保健、貧困、格差、中間層など多岐にわたりますが、共通するテーマは何ですか?
一見すると私の研究分野は多様かもしれませんが、全てに共通する根本的なテーマがあります。それは、人的資本の発展、つまり“人づくり”です。開発というのは多面的なもので、その進捗は人々の能力の構築にかかっています。インドネシアの無償学校給食プログラムを研究しているときも、中間層の危機を分析しているときも、最終的に私が問いかけているのは、「どうすれば、人々がより良く、より生産的で、より安心して暮らせるのか?」ということなのです。
最近、私たちは、21年分の長期データを用いた研究により、貧困世帯を中間層(あるいはそれ以上)に押し上げる最も強力な要因は、教育と保健への投資であることを明らかにしました。この2つの要素が、社会移動性と長期的な強靭性を一貫して形成するのです。これは、私が無償学校給食プログラムに強い関心を向ける理由でもあります。学校給食はただの栄養改善に向けた介入ではなく、低所得世帯の子どもをはじめとする“人”への直接的な投資だからです。良好な栄養状態は認知発達と学習能力を高め、それにより将来の経済的移動性の増大を促すことにつながるからです。
私の包括的な目標は、幼児期から成人期に至るまで、人的資本を強化する政策の設計において、インドネシアなどの開発途上国に役立つエビデンスを生み出すこと。自分の研究が、より包摂的で、より公正で、そして人々の幸福を真に中心に据えた開発の道筋を支えられることを願っています。強固な人的資本こそが、強い中間層と豊かな国の基盤だからです。お聞きいただき、ありがとうございました。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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