【研究の最前線を知る Vol. 3】「公正なグリーントランジションによる人間の安全保障の強化と成長・開発の促進」~ガソリン車輸入を世界で初めて禁止したエチオピアから得られる知見とは~
2026.11.02
JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)では、開発を取り巻くさまざまな課題に対し、問いを立てながら研究を進めています。このシリーズでは、現在進行中の研究を取り上げ、研究者がどのような問いを立て、どのような背景や問題意識から分析を進めているのかを紹介します。今回は、原田徹也 主席研究員とテクレハイマノト・ソロモン・ハディス 研究員が携わる研究プロジェクト「公正なグリーントランジションによる人間の安全保障の強化と成長・開発の促進 (コロンビア大学政策対話イニシアチブとの第6次共同研究) 」について取り上げます。
エチオピアの首都アディスアベバの街並み
電気自動車(Electric vehicles: EV)は、急速に世界の自動車市場に広がっています。国際エネルギー機関(International Energy Agency: IEA)の報告書『Global EV Outlook 2026 』によると、2025年には世界で2,000万台以上のEVが販売され、新車販売台数の4台に1台を占めています。この転換は、単なる気候変動対策にとどまりません。多くの国にとって、EVへの転換は、エネルギー安全保障、産業政策、そしてグローバル・サプライチェーンへの依存とも、ますます深く結び付くようになっています。
こうした課題は、特に低所得国にとって重要です。石油輸入への依存度が高く、外貨確保に制約を抱える国々にとって、EV は環境面だけでなく経済面でも利益をもたらす可能性があります。その一方で、EVが購入可能な価格かどうか、EV向け充電インフラの整備、EVの国内生産能力の育成、EV車両の輸入や海外技術への依存など、新たな課題も生じています。
こうした中で、特に注目に値する事例がエチオピアです。同国は2024年1月、EV関連の制度や市場環境が十分整っていない段階で、ガソリンおよびディーゼルを使う乗用車の輸入を禁止するという異例の措置を取りました。その後、何が起きたのでしょうか?
本研究プロジェクトでは、2024年1月の輸入禁止措置以降、エチオピアの自動車輸入市場がどのように変化したのかを検証しています。具体的には、ガソリン車からバッテリー式電気自動車(Battery Electric Vehicles: BEV)への転換が実際に起きたのか、その規模はどの程度なのか、転換が進むにつれて市場内部ではどのような変化が起きているのかを分析しています。さらに、こうした変化がエチオピアの消費者や国内産業にどのような意味を持つのかについても考察しています。
この輸入禁止という特殊な政策に対し、市場関係者は即時の対応が求められました。例えば、自動車輸入業者は調達ルートの見直しを迫られ、ガソリン車を前提としていた組立事業者はEVへの事業戦略の転換を検討しなければなりません。また、金融機関はEV購入を支援する融資制度を検討していく必要があります。一方で消費者も、移行期間中にガソリン車とEVのどちらを選ぶべきか判断を迫られています。本研究プロジェクトでは、政策導入直後の動向を分析することで、輸入禁止措置によってどのように変化や適応が起きたのかを明らかにできると考えています。
これらの問いを検証するために、本研究プロジェクトでは、月次の車両輸入通関データを国際貿易統計と組み合わせ、さらにエチオピアの政府、企業、金融機関、研究者などへの現地インタビュー調査も踏まえて分析しています。
初期分析の結果、エチオピアの自動車輸入市場では大きな変化が起きていることが分かりました。BEV輸入は急速に増加し、新車のガソリン乗用車の輸入は大幅に減少しました。ただし重要なのは、こうした変化が2024年1月の輸入禁止措置以降に突然始まったわけではないという点です。実際には、ガソリン車の輸入はそれ以前から減少傾向にあり、BEV輸入もすでに増加し始めていました。その背景には、外貨不足やその他のマクロ経済的圧力といった要因がありました。つまり、今回の輸入禁止措置は新たな変化を生み出したというよりも、すでに進行していたガソリン車離れとEV普及の流れを加速させた可能性が高いと考えられます。
新車バッテリー式電気自動車輸入台数(年次)
また、私たちはエチオピアを訪問し、この政策が実際にどのように実施されているのかを調査するとともに、政府関係者、企業関係者、EVユーザーへの聞き取り調査も行いました。これは通関データだけでは把握できないEV転換の実態を理解するために重要でした。その結果、公的機関と民間企業の双方がEV組立事業や充電サービスの拡充を支援していることが分かりました。ただし、充電インフラは依然としてアディスアベバを中心とした主要都市部に集中しており、全国的な普及には課題があります。
インタビューに応じたEV利用者からは、充電ステーションへのアクセスが限られていること、充電時の待ち時間が長いこと、長距離移動が難しいこと、バッテリー交換費用が高いこと、整備・修理ができる技術者が不足していること、保険制度が整っていないこと、車両価格が高いことといった課題が挙げられました。こうした要因は、エチオピアでのEV への転換が持続可能なものとなるかどうかを左右する重要なポイントとなります。
EVに関する実証研究は数多く存在しますが、その大半は高所得国を対象としています。それらの国々では一般的に、政府が補助金や税制優遇措置、燃費規制、充電インフラの整備などを通じて需要を刺激し、その結果としてEVが普及してきました。
しかし、エチオピアのアプローチはこれとは大きく異なります。多くのアフリカ諸国が直面している課題は、消費者の選択や車両技術だけではありません。高額な初期購入費用、消費者向け融資へのアクセス不足、不安定な電力供給、不十分な充電インフラ、車両整備・修理能力の不足、バッテリー交換への懸念、アフターサービスの不足なども挙げられます。そのため、高所得国で成功した政策モデルをそのまま低所得国に適用することは容易ではありません。
エチオピアでは、EVを支えるインフラがまだ十分に整備されていない段階でガソリン車の輸入禁止措置が導入されたという特に興味深い事例です。充電インフラや関連サービスは現在も整備途上です。エチオピア政府関係機関との議論によれば、2024年1月の政策導入の背景には、石油輸入コストの削減、深刻な外貨不足への対応、EV の促進といった複数の要因があったとされています。
また、エチオピアは2027年の国連気候変動枠組条約第32回締約国会議(the 32nd United Nations Climate Change Conference: COP32)開催国に選定されており、この事例はアフリカにおける気候変動分野でのリーダーシップをいかに強化していくかという議論にも貢献するものです。多くの開発途上国は、グリーントランジションが単なる環境政策にとどまらず、製造業、インフラ、サービス産業の発展を促す機会になることを期待しています。
ただし、エチオピアの事例は開発途上国が直面する課題を早い段階で示しています。BEV輸入は急増したものの、その大半は完成車であり、国内での製造に必要な部品の輸入が増えたわけではありません。この政策は国内生産体制の変革よりも先に、輸入の構成そのものを変化させました。そして、この転換はより大きな問題も提起しています。EVへの転換によってエチオピアの石油輸入への依存を減らせたとしても、国内生産能力や技術の発展が伴わなければ、今度はEVそのものやバッテリー、充電設備・技術の輸入への新たな依存が生まれる可能性があるのです。
エチオピアの経験は、輸入規制によって自動車市場の構成を比較的短期間で変化させることができることを示しています。しかし、ガソリン車を規制するだけでは、持続可能なEV普及を支える仕組みは実現できません。長期的な転換には、充電インフラ、整備・アフターサービス、金融アクセス、国内での生産能力の育成が不可欠です。
また、この転換は乗用車だけにとどまりません。エチオピアのバイク市場では依然としてガソリンエンジンのバイクが主流ですが、電動バイクの輸入も増加し始めています。バイクは安価な移動手段であるだけでなく、配送サービスや雇用の面でも重要な役割を果たしていることから、電動バイクの普及、充電・バッテリー交換システムの整備、資金調達制度、整備サービスの発展は、今後の転換戦略において重要な要素となる可能性があります。
さらに、EV輸入が急増しているからといって、エチオピアの車両全体が一夜にして電動化されるわけではありません。現在走行している車両の大半は依然としてガソリン車です。またエチオピアでは、自動車は伝統的に長期間使用される価値の高い資産と見なされており、中古車市場での取引も活発です。年数が経過しても車両価値が比較的下がりにくい傾向があるため、既存のガソリン車は今後も長く使用され続ける可能性があります。
このため私たちは、新車の輸入動向だけでなく、中古車市場で何が起きているかにも注目しています。EVは依然として購入価格が高い一方、運用コストはガソリン車より大幅に低くなる可能性があるため、一部の消費者にとってはEVへの乗り換えは魅力的な選択肢となるものの、多くの消費者にとっては依然として高額の初期費用が大きな障壁です。また、充電設備が十分整備されていない地方へ頻繁に移動する人にとっては、ガソリン車の方が依然として高い価値を持つ可能性があります。
一方で、この輸入禁止措置によって既存のガソリン車は徐々に希少な資産となりつつあります。こうした相反する要因が作用するため、中古車価格の動向は特に興味深い指標となります。なぜなら中古車価格は、エチオピアの消費者が電動化への転換に伴うコスト、利益、不確実性をどのように評価しているのかを示す有用なシグナルとなり得るからです。この研究プロジェクトの次の段階では、エチオピアの中古車市場に関する詳細なデータを用いて、こうした変化をさらに分析する予定です。
■プロフィール
原田徹也
国際協力機構(JICA)、国際協力銀行(JBIC)、海外経済協力基金(OECF)で、東南アジア、サブサハラ・アフリカのインフラ開発事業や政策支援借款、企業向け融資審査業務などに従事し、世界銀行エコノミスト、JICAインドネシア事務所、審査部などを経て現職。主な研究領域は、開発経済学、応用計量経済学、政策評価、途上国の産業構造変化、インフラ開発など。
■プロフィール
テクレハイマノト・ソロモン・ハディス
東京国際大学での非常勤講師を経て、2023年から現職。主な研究領域は、開発経済、公共経済、インパクト評価、農村貧困ダイナミクス、土地所有権、移住、人的資本投資。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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