適応的平和構築は持続的な平和への新たなアプローチにー武藤専任研究員らが国連システム学術評議会年次総会で議論

2023.11.22

近年の地政学的なパワーバランスの変化、新型コロナウイルス感染症のパンデミック、気候変動、デジタル技術の悪用により、武力紛争は一段と複雑化しています。こうした世界的な潮流は、研究者や実務家らにとって、30年にわたり和平・紛争解決の主流を占めてきたトップダウン型、直線型、事前設計型の介入を見直す契機となっています。

国連は2016年、平和と安全保障の課題が交錯する潮流に対応するため、「持続的な平和」アジェンダを提唱しました。これは紛争の根本的な要因に対処するために現地のオーナーシップ向上を促すもので、適応的平和構築は、この国連アジェンダを補完する新たな手法です。現地のアクターが和平プロセスの持続性を自ら高められるように、現地の文脈に合わせて施策の調整を繰り返し、現地のアクターが主体となって参加できるように支援するアプローチを用います。さらに、平和を守り、持続させるために必要なコミュニティーのレジリエンス、適応力、社会的結束力の発展を促すため、社会の制度やネットワークを強化することも重視しています。

JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、2023年3月、オープンアクセス書籍『Adaptive Peacebuilding: A New Approach to Sustaining Peace in the 21st Century』 を発刊しました。適応的平和構築の概念では、和平プロセスを持続させるには紛争影響下の人々の行為主体性(agency)を最大化する必要があると考えます。同書では、参加型、適応型、文脈対応型アプローチに関する実証的エビデンスを重ね合わせ、コロンビア、モザンビーク、パレスチナ、シリア、東ティモールそれぞれの紛争でさまざまな当事者が果たした役割を分析しました。また、中国による南スーダンでの取り組みと、日本によるフィリピン・ミンダナオでの取り組みを中心に、非西欧の主要国である日中の平和構築に関する政策と実務の変遷も精査しています。

2023年6月に米国ワシントンD.C.で開かれた国連システム学術評議会(Academic Council on the United Nations System: ACUNS)第36回年次総会では、同書を題材としたラウンドテーブルが開催され、紛争の管理・解決に向けて文脈に特化した現地主導の適応的アプローチが取り上げられました。このラウンドテーブルには、同書の3人の編者であるノルウェー国際問題研究所(Norwegian Institute of International Affairs: NUPI)のセドリック・デ・コニング教授、宮崎国際大学のルイ・サライヴァ講師、JICA緒方研究所の武藤亜子 専任研究員が参加。平和構築と紛争解決に向けた現在の一連の介入が、事前設計型アプローチと適応的アプローチのどちらに基づいていたかを検証した同書を紹介しました。

まず、サライヴァ講師の発表では、モザンビーク、コロンビア、東ティモールでの事例が紹介され、適応的平和構築の中でも参加型の要素を含む介入が行われたと指摘されました。サライヴァ講師は、紛争影響下の人々の参加を始め、複数のアクターが関与することで、現地コミュニティーのオーナーシップと和平を内発的に生み出すことができたと主張しました。例として、モザンビーク北部のカボデルガド州では、アガ・カーン開発ネットワークの後押しで各地に村開発組織(Village Development Organizations: VDOs)が設立され、それにより地元住民による自己組織化やレジリエンスの向上、和解の促進、プロジェクト評価、「夢の地図(a map of dreams)」を使った現地でのフィードバックの収集が進んだことが紹介されました。またサライヴァ講師はコロンビアの例も挙げ、貧困と暴力に見舞われた170の市での「地域集中型開発プログラム(Development Programs with Territorial Focus: PDET)」の下、JICAやトルコ国際協力調整庁(Turkish Cooperation and Coordination Agency: TICA)といった国際協力機関の支援を受けながら、コミュニティー中心・地域主導の平和構築の取り組みが促進されたことを示しました。さらに東ティモールでは、スコ(村を示す区分)にもともと参加型の性質があり、伝統的な指導者、退役軍人、女性、若者、警察官が伝統的な紛争解決の慣行も取り入れたことで、地域の緊張を緩和する余地が生まれたことも言及しました。

JICA緒方研究所の武藤亜子専任研究員(右)とノルウェー国際問題研究所のセドリック・デ・コニング教授

次に、武藤専任研究員が研究成果を発表し、シリアとパレスチナの事例で見られた適応的平和構築の別の要素、文脈対応型のアプローチを紹介しました。シリアでは、現地のニーズに基づいて設立・策定された「市民社会支援室(Civil Society Support Room: CSSR)」 と「シリアの未来のための国家アジェンダ(National Agenda for the Future of Syria: NAFS)」が、地域的な分断や国際的な支援の分裂、長期の紛争にもかかわらず、人々のプラットフォームとして機能したこと、またパレスチナでは、ヘブロン暫定国際監視団(Temporary International Presence in Hebron: TIPH)による例のない国際平和維持活動が、住民に対する暴力を抑止し、住民の「安心感」を高める成果を上げたことを紹介しました。

さらに武藤専任研究員は、冷戦後の地政学的な変動の中、非西欧のアクターである中国と日本は、世界的な文脈の変化に適応することで平和構築の形をつくりあげてきたことを指摘。中国による南スーダンへの介入時には、南スーダンの官僚制度の複雑さに合わせて平和構築の実務を変化させたことが顕著に見られました。トップダウン型の適応的平和構築アプローチによって紛争当事者間の対話が可能になったものの、事前設計型のアプローチによって人道支援が届く範囲が限定されたとしました。一方、日本はフィリピン南部のミンダナオにおける和平プロセス支援で適応的戦略をとり、日本のODAの基礎である人間の安全保障の原則に基づき、国際監視団の一員として停戦監視に貢献し、包括的な能力開発プロジェクトを推進したことで、紛争当事者間の交渉を促進できたと結論づけました。

最後に、リード編者のデ・コニング教授が議論をまとめ、一連の事例が示す事実として、適応的平和構築アプローチが最大の効果を発揮したのは、紛争影響下のコミュニティーの積極的な関与と参加に依拠したときであるとし、紛争影響下の人々は、自身が平和の形成に関与していると実感したときに、平和維持に必要な制度やプロセスの維持に責任感を感じる傾向があったと指摘しました。

デ・コニング教授は、和平はプロセスであり、政治合意において実現されるゴールではないとし、人々の日常的な経験や言葉、平和と紛争に対する意識こそが、和平協定の内容を現実のものとするため、平和の持続が現地の機関や制度にかかっていることを国際社会は理解しなければならないと主張しました。国際的なアクターは、どのような解決策を実行できるかを考えるのではなく、どのように現地機関を支え、現地のアクター自身による平和の持続というビジョンの達成をどのように支援できるかを考えなければならないと述べ、議論を締めくくりました。

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