「アメラジアンという視点」開催:「移住史・多文化理解オンライン講座 ~歴史から「他者」を理解する〜」2022年度第6回開催

2023.04.17

JICA緒方研究所とJICA横浜・海外移住資料館が共催する「移住史・多文化理解オンライン講座~歴史から『他者』を理解する~」のシリーズ第6回のテーマは、「アメラジアンという視点」。2023年3月7日にウェビナー形式で開催され、琉球大学の野入直美准教授が講演しました。移民移住研究から取りこぼされてきたアメラジアンの問題を通し、多文化共生における「マジョリティ」と「マイノリティ」の関係性を改めて問い直す視点を提示しました。

琉球大学の野入直美准教授

研究からも取りこぼされてきた「軍事化された移動」

アメラジアン(Amerasian)とは、アメリカ人(American)とアジア人(Asian)の両親を持ち、特に米軍派兵と基地駐留を背景として生まれてきた子どもたちを指します。日本のほか、ベトナム、タイ、ラオス、カンボジア、フィリピン、台湾、朝鮮半島で生まれています。1982年に、カンボジア、韓国、ラオス、タイ、ベトナムで1950年12月31日から1982年10月22日の間にアメリカ人を父親として生まれた子どもをアメリカに移民させる法律として、アメラジアン法が成立しました。これにより、ベトナムでは約8万人のアメラジアンのうち7万7千人が渡米しました。

しかし、フィリピンと日本は同法の対象になりませんでした。野入准教授はその違いについて、「『戦争』と『軍事』のはざま」という言葉で説明します。「戦争」が始まりと終わりのある特定の出来事であるのに対し、「軍事」とは安全保障を担う分野として平時にも持続的に存在する社会領域です。「アメラジアン法はあくまで、朝鮮戦争やベトナム戦争における『戦争の落とし子』の救済措置に過ぎません。そのためフィリピンと日本は対象外なのです」。

フィリピンでは1992年に米軍が撤退しましたが、日本には今も駐留を続け、在日米軍基地の7割が集中する沖縄でも、今もアメラジアンが生まれ続けています。沖縄には2011年時点で米軍人・軍属とその家族をあわせて4万7,300人が暮らしており、そのうち4割が家族です。そうした家族たちは、軍人・軍属の異動に伴い、非自発な「軍事化された移動」を繰り返すことも多いのですが、その移動は移民移住研究から取りこぼされてきました。通常、兵士が国境を超えて移動することは、移民とも移住ともみなされないためです。

「ダブルの教育」を実践するアメラジアンスクール

日本に生まれたアメラジアンの子どもたちは、1985年の国籍法改正によって初めて日本国籍を取れるようになりました。1960年代の国際養子縁組による子どもの渡米支援を経て、1972年の「本土復帰」が近づくにつれ、日本国籍取得による社会的包含が目指されるようになった経緯がありました。

アメラジアンスクールがある宜野湾市人材育成交流センターめぶき

ただし、国籍取得が叶ったからといって、まったく平等に処遇されるようになったわけではありません。そこでアメラジアンの子どもを持つ5人の母親たちが1998年、教育機会の保障を求めて「アメラジアンスクール・イン・オキナワ(AmerAsian School in Okinawa = AASO)を設立しました。AASOのミッションは肯定的な自尊感情を育むこと。「アメラジアン(AmerAsian)」の2つの大文字のAには、アメリカとアジアの文化を等しく尊重する「ダブルの教育」の理念が込められています。主要科目を日英両言語で学び、両国のバックグラウンドに誇りが持てるよう、多様な学校行事も行っています。

設立から約四半世紀、現在はNPO法人による運営で、幼稚園から中学校課程までの59名の子どもたちが学んでいます。学齢期の子どもたちは地域の公立学校に在籍し、AASOへの通学を公立学校の出席とみなすことで卒業・進学できる仕組みです。高校進学率は、県平均や全国平均よりも高い98.8%(2017年度)、大学進学率も43.7%(同)と、学校法人を持たないコミュニティ・スクールとしては、非常に高い水準を維持しています。

野入准教授は、AASO設立まもなくから母親たちのミーティングに参加し、運営に関わる中で、AASOには日本語指導が必要な児童などへの教育弱者支援だけではなく、社会実験の意味があると言います。「多様な背景の子どもたちが「ダブルの教育」を受けられ、官民連携による進路保障がなされている点でほかに類を見ない先駆性があります。限定的ながらも、異なることを認めた上での平等な処遇が実現できています」。

「多様性」と「自己責任」

しかし、なぜ「限定的」なのでしょうか。それはAASOについてよく投げかけられる問いを通して野入准教授が感じてきたことです。例えば、「AASOの生徒は、公立校へ行けないの?行かないの?」。「行けない」なら官民連携による教育支援がふさわしいが、「行かない」となると話は別だ、というわけです。また、「AASOのお母さんたちは、米軍関係者とやむをえず結婚したの?」と聞かれることも多いそうです。進んで結婚したのなら、その子どもに対する支援は必要ないだろう、という思いがにじむ問いです。

野入准教授が問題視するのは、マイノリティの意向を聞いているようで、実はマジョリティが考える「望ましい回答」があらかじめ想定されている点です。「こうした問いは、社会包摂への従順さを確かめる『踏み絵』のようなものです。マジョリティ側が理解できる範囲内だけで『多様性』を称揚し、そうでないなら『自己責任』という発想には違和感を覚えます」。

そして最後に「盛んに多文化共生社会が言われますが、『共に生きる』ことは本当に難しい」と率直に明かします。「気の毒だから社会包摂を行ってあげる、ではなく、マイノリティを平等に処遇することで、マジョリティも葛藤や困難を引き受け、変化していくことが本当の共生だと考えています」と締めくくりました。

関連動画

2022年度移住史・多文化理解オンライン講座 ~歴史から「他者」を理解する~ 第6回 アメラジアンという視点~「多文化共生」を批判的にとらえなおす~

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