2025年2月8～12日、JICA緒方貞子平和開発研究所（JICA緒方研究所）の荒井真希子 研究員と今井夏子 リサーチ・オフィサーが研究プロジェクト「ケニア国ナイロビ市内のスラム地域等の若者に関する研究：社会・経済的孤立および差別に対するコミュニティを超えた収入創出促進政策の効果」の一環で、現地調査を行いました。

ケニアの首都ナイロビには、正式な居住権を有しない住民が流入して形成された「informal settlement」と呼ばれる複数のスラム地域があります。スラム地域は、面積上はナイロビ市のわずか数％ですが、そこには100万を超す人々が暮らすとも言われます。このような地域では、失業率が高く、貧困、衛生、教育、犯罪、暴力といった多くの社会問題を抱えています。また、同地域に住む若者が、市民間の差別に直面したり、警察による暴力に巻き込まれる事例なども報道されています。

そこで同研究プロジェクトでは、スラム地域に住む若者たちの抱える社会的課題を多面的に明らかにし、それらの課題と犯罪化・過激化リスクとの関係、収入創出機会や集団間の交流が、これらのスラムの若者たちの経済的・社会的状況にどのような影響を与えるかについて検証します。荒井研究員は差別や法意識に焦点を置いた法社会学的な観点からの分析を行い、今井リサーチ・オフィサーは、若者が自らの人生や社会に対して主体的に意思決定し行動する力を「エージェンシー」と捉え、その形成と可能性に着目し研究します。

今回、荒井研究員は、質問票を用いた調査とフォーカス・グループ・ディスカッションを行い、スラムの若者たちが直面している差別や不正義に関する経験の詳細な聞き取りを行いました。結果からは、これらの経験が、彼ら／彼女らが、法や正義というものに対してどのような認識、期待や失望を抱くかという法意識にも影響を与えている可能性が示唆されました。さらに、ディスカッションの中では、多くの参加者から、スラム住民の中でも「若い男性」という属性が最も犯罪の嫌疑をかけられやすく警察からの暴力に晒されやすいことが指摘され、ジェンダーによる経験や認識の差異も浮かび上がりました。

今井リサーチ・オフィサーは、スラム地域に住む若者らを対象に、「youth isolation, youth resilience, youth agency」に焦点を当てたフォーカス・グループ・ディスカッションを行い、また、政府機関のNational Youth Councilや、若者たちが地域貢献を目的に結成したYouth Organizationsの代表らにもインタビューを行いました。同地域の若者は、高失業率、薬物汚染、財政支援の欠如、さらには公的な意思決定の場において自分達の声を代弁する代表者の不在といった、複雑な問題に直面しながらも、自ら地域に役立つ活動に参加することで、コミュニティや仲間同士とのつながりを深め、自己肯定感を高めていることが確認されました。

今回の調査を踏まえ、引き続き、現地調査を実施し、関連する学会などで研究の進捗を発表する予定です。

本研究プロジェクトでは、荒井研究員と今井リサーチ・オフィサーの質的研究と並行して、開発経済学研究者チームによるランダム化比較試験（RCT：Randomized Controlled Trial）を用いた量的研究も進められています。同じ研究対象に対して、このように異なる手法による分析と考察を行う研究は、JICA緒方研究所の中でも比較的新しい試みであり、それぞれの知見を生かした研究成果が生み出されることが期待されています。