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書籍『移動の歴史と日系ルーツ―トランスナショナルな経験からみる紐帯と文化』発刊セミナー開催

2026.04.09

2026年1月26日、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、研究プロジェクト「日本と中南米間の日系人の移動とネットワークに関する研究 」の最終成果である書籍『移動の歴史と日系ルーツ―トランスナショナルな経験からみる紐帯と文化 』の発刊セミナー を開催しました。

JICA緒方研究所では、2021年に同研究プロジェクトを立ち上げ、日系人の移動によってもたらされるネットワークの形成、アイデンティティーの多様化という側面に着目し、日系ルーツと移動の歴史を捉え返す試みを行ってきました。同書では、日本から南米への戦前・戦後の移民の実態、戦後における日系人と「祖国」である日本との関係性、日本・南米間を行き来しながら形成されたネットワークやアイデンティティーについて考察しています。

研究を通して人々の移動が生み出す価値に迫る

まずJICA緒方研究所の峯陽一 研究所長が開会のあいさつをし、「100年以上前に始まった日本人の南米移住は、単なる人口移動にとどまらず、世代と地域を横断して紡がれる絆と文化の創発をもたらしてきた。本書の核は、移動を送り出し/受け入れという一方向の枠組みで捉え直すのではなく、国境を越えた経験の連続体として描き出す点にある」と述べ、「本日の議論がさまざまな知見とJICAの現場の実務をつなぎ、人間の安全保障の観点から『移動が生み出す価値』を捉え直す契機となれば」と期待を寄せました。

次に、同研究プロジェクトの主査で、同書の編者を務めたJICA緒方研究所の長村裕佳子客員研究員は、①19世紀末の日本から北米・中南米への移民・移住、②1980年代以降の中南米から日本への帰還、③日本での経験を経て日本から中南米への帰国/もしくは日本に定住、という日本と中南米間の人の移動の連続性を提示。同書が日系人の移動の流れを大きな歴史として捉え、日系人がさまざまな移動過程で参加してきたネットワークに着目し、多様な移住経験やコミュニティーおよびアイデンティティーの形成、文化実践を考察することを目的にしていると述べました。本書の構成のほか、花嫁移民のような女性、石川県のように少数の移民を送り出した県、引揚者の戦後海外移住など、海外日本人移民史におけるマイノリティーの経験に着目した事例や、オーラルヒストリー・インタビューやアンケート調査といったさまざまな研究手法も紹介しました。

写真:開会のあいさつを述べたJICA緒方研究所の峯陽一研究所長

開会のあいさつを述べたJICA緒方研究所の峯陽一研究所長

写真:研究プロジェクトの主査で、本書の編者を務めたJICA緒方研究所の長村裕佳子客員研究員

研究プロジェクトの主査で、本書の編者を務めたJICA緒方研究所の長村裕佳子客員研究員

編者の一人、上智大学のグスターボ・メイレレス 助教は、「従来は、歴史的な視点からの移民史と日本国内の在日研究は別々に語られがちだったが、同書では、相互に深く関連する領域として再配置し、歴史と地域の枠を超えた議論を提示しているのが新しい点」と指摘。さらに、同じく編者を務めた国際日本文化研究センターの蘭信三 客員教授は、「引揚げ研究をしている私が、なぜここにいるのか?」と始め、戦後、旧満洲などからの引揚げ者が実は南米に移住し、南米からまた日本へ移住するという連続した移動があった例を挙げました。「これこそ同書で私が示したかった視点であり、同書では移民研究、引揚げ研究、植民地研究がかなりミックスされている」と補足しました。

写真:同書の編者を務めた上智大学のグスターボ・メイレレス助教

同書の編者を務めた上智大学のグスターボ・メイレレス助教

写真:同書の編者を務めた国際日本文化研究センターの蘭信三客員教授

同書の編者を務めた国際日本文化研究センターの蘭信三客員教授

新しい移民研究で見えてきたものを未来につなぐ

続いて、4人のコメンテーターからのコメントに編者が返答する形で、さまざまなトピックについて議論しました。

まず、アメリカ合衆国を起点とした移民・エスニックマイノリティーを研究する同志社大学大学院の南川文里 教授は、社会学の観点からコメントし、同書の興味深い点として“移動”に強く焦点を当てていることを指摘。「過去の移⺠研究では、移動そのものではなく、移動した後の世代に焦点を当てたり、送り出し国という定点から移住を眺めたりと、意外にも“移動性(mobilities)”に十分に着目してこなかった。そうした中で本書は、日本とラテンアメリカの間で起きた多様で重層的な日系人コミュニティーを取り上げ、その複雑で循環的な移動サイクルを非常にビビッドに描いている」と評しました。また、移動しない/できない多数派が形づくる日系人世界の“非移動性(immobility)”をどう考えるのか、世界の中で日本をめぐる力学が変化する時代に日系コミュニティーをどう考えていくかなどについて質問を投げかけました。

次に、小原学JICA国際協力専門員(元JICA中南米部長)は、日系ネットワークやJICAの海外移住事業・日系社会連携事業の変遷を紹介。戦後の人口問題対策として始まったJICAの前身組織による移住者送出事業が、移住した人への支援や日系人支援事業へと変化し、現在では日系社会の持続的発展を後押しすると共に、開発協力における共創のパートナーとして連携を強化していること、さらに日系社会との連携を通して日本国内の課題解決も目指していることを説明しました。沖縄県とのネットワークを活用したボリビアでの日系ネットワークとの連携事業なども紹介し、「日系ネットワークや本研究を今後のJICA事業にどうつなげていけるか?」と問いを投げかけました。

写真:コメントした同志社大学大学院の南川文里教授

コメントした同志社大学大学院の南川文里教授

写真:コメントした小原学JICA国際協力専門員

コメントした小原学JICA国際協力専門員

続いて、ブラジルの外交史を研究する上智大学の子安昭子 教授は、「つながり」「ネットワーク」が本書を貫く重要なキーワードだとし、「日本人が移動したからこそ編まれた歴史、双方から人が動く中で起こった変容が多層的・多面的であることを知る上で重要な1冊」と本書の意義を語りました。また、日本の中南米外交の中で日系社会がどう位置付けられたかを示し、近年、日本はブラジルをはじめとする日系社会を外交上で重要視する姿勢を見せていることから、この研究をどう日本の外交政策に生かせるか、という問いを投げかけました。また、日系をルーツに持つ学生も多いことから、日本人がグローバルに世界を移動していた歴史を若い世代に考えてもらう重要性も指摘しました。

最後に、サハリン残留日本人問題など、国境が接している境界地域に生きることを研究する北海道大学大学院経済学研究院の中山大将 准教授は、分断の時代である現代における人文社会科学の意義を説明し、「我々はまだ〈近代〉を生き続けている」という認識から、本書の価値を「現在と地続きとしての〈近代〉叙述の実践」とし、特に移民の主体性に着目している点に特徴があると評価しました。また、本書で扱っているのが成功事例に偏っている点や、今後の移民研究として日系側の人々が同書のような書籍を作ったらどうなるか、という点も提起しました。

写真:コメントした上智大学の子安昭子教授

コメントした上智大学の子安昭子教授

写真:コメントした北海道大学経済学研究院の中山大将准教授

コメントした北海道大学経済学研究院の中山大将准教授

各コメントを受けて編者がレスポンスをし、長村客員研究員は「移住した人たちだけの経験が移住史ではなく、その周囲にいる人たちによる日系コミュニティーやネットワークへの関わりをいっそう見える化して議論を重ねたい。JICAは、もともとは移住者との関わりが強かったが、今後は、世代交代が進む日系社会とどうつながっていくか考える必要がある」と語りました。

グスターボ助教も、「日系人コミュニティーの研究はいろいろな要素が交錯しているため、世代交代とライフコースの多様化を視野に入れたり、アイデンティティーやコミュニティーも固定的な概念ではなく、可変的な実践として息づいていることを認識したりする必要がある」と強調。さらに、現代の日本社会とのつながりを考え、少子高齢化や多文化共生といった日本社会が直面している課題を照らし出す未来志向の研究として位置付けられるべきとの見解を示しました。

蘭客員教授は、最近の移民研究では「克服」としてのストーリーが増えている背景として、オーラルヒストリーという方法論の限界も指摘し、「自分の人生を振り返って語るときには、昔は苦しかったが今はこうだ、自分の人生は無駄ではなかった、と語りたいもの。辛い体験を克服したという語りの背景にも、自分の歴史を隠しながら、もしくは抑え込みながら生きてきた姿があることを知ってほしい」と訴えました。

参加者との質疑応答の後、JICA緒方研究所の阿久津謙太郎上席研究員が閉会あいさつを行い、「多面的な指摘があり、本書が扱うテーマの厚みをさらに実感する時間となった。歴史を振り返るだけでなく、これからの日本社会と中南米との結びつきを考える上でも、大きな示唆があった」と述べ、セミナーを締めくくりました。

写真:閉会あいさつを行ったJICA緒方研究所の阿久津謙太郎上席研究員

閉会あいさつを行ったJICA緒方研究所の阿久津謙太郎上席研究員

JICAによる海外移住事業について知りたい方は、以下からご覧ください。

このセミナーの動画は以下からご覧になれます。

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動画:【セミナー】移動の歴史と日系ルーツ―トランスナショナルな経験からみる紐帯と文化

【セミナー】移動の歴史と日系ルーツ―トランスナショナルな経験からみる紐帯と文化

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