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ブラジルの工業化と日本の戦後海外移住―なぜ日本の移住行政は技術者をブラジルに送り出したのか―

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戦後の日本からブラジルへの移住は、当初農業移住が中心でしたが、新たな形態として技術者を対象とした工業移住制度が1961~1982年まで存在しました。この制度を通じて3,000人以上の日本人技術者が主に大サンパウロ都市圏へ渡りました。これは日本の高度経済成長下で国内の熟練労働力が不足していた時期と重なり、注目すべき現象でした。

なぜ日本の移住行政は、国内でも貴重な存在である技術者をブラジルへ送り出したのか。まず、日本の実業界や進出企業がブラジルへの工業移住を推進しました。日本ではブラジルブームが巻き起こり、実業家がブラジルへの技術者の送り出しを提唱するようになりました。中小企業のブラジル進出に伴う技術者の送り出しを促進する動きが実業界に現れ、日本商工会議所がブラジルで工業移住者の受け入れを行いました。日本の進出企業も現地で働く日本人工業移住者を募集しました。

また、日本における政治的要素がありました。最初は人口問題の解決策として、やがて国際関係の発展のために工業移住者を送り出す必要性を訴える国会議員も存在しました。加えて、日本政府も移住政策を人口問題対策から国際協力へと位置づけ直し、送出人数が低迷していた移住政策の業績不振を打破する必要から工業移住制度が注目されました。

さらに、その背景には、ジュセリーノ・ クビチェック政権が進めたブラジルの急速な工業化がありました。外国資本の導入による経済成長に伴い、技術者の不足が深刻化していたことから、ブラジル企業は日本に対し技術者を何度も求めたため、双方の利害が一致し、工業移住は制度化されました。

著者
田中 秀一
発行年月
2026年7月
出版社
日本ラテンアメリカ学会
掲載誌
ラテンアメリカ研究年報
言語
日本語
ページ
28
関連地域
  • #アジア
  • #中南米
開発課題
  • #日本の開発協力
  • #人の移動と難民
研究領域
開発協力戦略
ISSN
2436-8431
DOI
https://doi.org/10.51100/annualofajel.46.0_122
研究プロジェクト